――龍。
　まさか自分が『同種喰い』になるとは思っていなかったが、あくまでここは『別の世界』である。
　目の前の龍が自分と同種とは限らない。
　いや、間違いなく『異なる』存在だろう。

　―――ならば、喰らうか。
　―――ああ、喰おう。

　迫る『死』に、小さな竜は喚いていた。
　火を司るようだが、もてる力も全てねじ伏せた。
　抗う術はもう、あるまい。
　『死』に抗うのは人間も竜も同じかと身を乗り出したその時だ。

　――――　や―――だぁ――――！！！！

　―――！！？

　ビクリと身が震えて、牙が止まる。
　内側から堰き止められるように進む事を止められた。

　―――…………。

　龍が目に見えて苛立っていく。
　毛を逆立て、風を生み、振り払うように天に啼いた。

　直後に『彼ら』が飛び降りたのは、いつもの空間であった。
　身体を管理する三つの『人格』が一堂に集える精神世界――その中で、ソレは居た。
　ぶるぶると震えながら、自らの体を堰き止めている張本人――キーである。
「なにが嫌なんだい、キー」
　統括者――つまり、元々の人格が問い掛ける。
　ひどく臆病なキーは、今だって怒られる事を怯える子供のように耳も尻尾も丸めている。だというのに、堰き止めようとするその手は離そうとしない。
「キー」
「ぴえっ……！」
「黙って居てはわからない。僕は、問い掛けてるんだ」
「………」

　龍に『怒り』は存在しない。
　けれど、まるで叱られたようにキーは感じていた。
　だからこそ怖くてまた言葉を失ってしまう。悪循環だ。

　―――何故、こうなってしまったのか。
　―――『知識』のせいか。『役割』のせいか。
　―――いっそ、再構築をするか―――

　黙って居る間、統括者は考える。
　いつもの事だ。
　キーが話し出すまで時間が掛かるのはいつもの事。
　その度にキーエはリセットを考える。
　まるでキーはそれを知っているかのように、そのタイミングでいつも言い訳の言葉を吐き始めるのだ。
「キ、キーエ！　ま、待って欲しい……のっ」
「………」
　キーエは頷かない。
　ただ、続きを、と理由を求める。
　キーはモゴモゴと口籠もりながらいつものように、ぽつりぽつりと話し始めた。

「あ、あのね。食べるのは……やだ。だって、あのちっちゃな同胞……と、ともだちとか……で、一緒にたたかうのも、できるかも……かもだし」
「言葉を持っていたからかい」
「……え」
「言葉を持っていたから、友達になれると思ったのかい」
「………え、えと…」
「ならば、言葉を持たなければ同種喰いを止めなかったのかい」
「…………」

　この、ヒトを観察する為に、ヒトの思考パターンをなぞる為に創り上げた人格は、創り上げてから随分経つというのにこの有様だ。
　あまりにも、幼い。
　しかし統括者にとってはそれもまた大事な要素であった。
　子供の方が隠し事をせず、また、隠し事を出来ない。
　もっとも、同一個体という観点から見れば、隠し事をしようとしまいと統括者には変わりないのだがそれでも、率直な意見を聞ける。

「……難しいか。まあ良い。しかしこの世界で朽ちる気は無いんだ。ちからを回収しないとこの世界を観測するにもままならないよ」
「……う」
　キーはびくりとまた身を丸めた。
　まだこの世界に落ちて間もない頃の事だ。
　川に行けば魚に襲われ、人影を見つければ襲われた事を思い出したのだろう。
　この世界に落ちて元来のちからを失った今、こうしてエネルギーと共にちからを得なければあの魚にすら喰われてしまう事くらい、キーも理解はしている。
「………」
「だっ、だったら！　キーやってみる、からっ。その……か、からだ貸して？」
「…………それさ、なんか変な風に聞こえる」
「ええ！？　あ、なに、ええとええと……ぞ、ぞくてき、な！？」
　キーの精一杯の『お願い』に、統括者はとても面倒そうな顔をしてそう宣った。
　慌てたのはキーである。
　全身の毛を逆立ててぶんぶんと否定に首を振り、ばさばさと尾を振って。
「いや、冗談だよ。じゃあ任す」
「えっ、あ―――……」

　そして、意識が途切れた。
　ぷあ！っと、いつものように思い切り顔を上げる。
「あ、あー……」
　すごく微妙な顔をしたのは、統括者からの冗談だよと声のせいだ。
　なにが冗談なのか、そもそも『龍』である統括者が冗談など言うのか、考えても考えてもわからない。
　自分の一部だというのにわからないというのはおかしな話だが、それも仕方ないとキーは思う。
　一部なのは自分の方で、自分には何の権限も無いからだ。

　しかし今、機会を与えられているのはわかっていた。
　だから目の前で威嚇する小さなドラゴンに、キーはそっと手を差し伸べたのだ。


「ごめんね、こわいの」
「あのね」
「キーと　おともだちになって、ほしいな」


　―――と。

何故かガイドみたいな事をしている。

二人から少しはなれたところを歩いている。
…必要以上に馴れ合うつもりは無い、と全身で語っている。

可愛らしい掛け声と共に相手の毛が逆立つと、大きく歓声を上げた。

はしゃぎながら相手の周りを回り、様々な角度からその変化を楽しんでいる。

挙げた片手に相手の指先が触れると、斑兎はその指先をじっと見つめた。
一旦離したかと思うと再び ちょん と相手の指先に片手を添える。
どうやらその行動が気に入ったらしく、繰り返しちょんちょんしている。

ぶんぶんと首を横に振って否定している。必死だ。

明らかに雰囲気の変わった相手にも、軽く目を細めるだけで表情は崩さない。

>「もし仮にそうであったとしてもこの地は異界、元来のちからを放てるかは、わからぬがな」

>「我らが同等だと――自惚れを」
>「『才覚』を持ち得ぬ故『得ること』に『喜』を感じ、
>『得た力』に溺れ『悦』に浸る。それこそ限界を知る矮小らしき考えではないか
>――なんと――なんと『人間』らしき考えか」
>「我らがそのような思考をするとでも――？」

マフラーで隠れた口元から、ぎり…と噛締めるような音が微かに聞こえる。
が、表情には出さない。

普段なら口が裂けても言わないだろう、自らの才能を否定する言葉を淡々と放つ。
他者には知られたくない、その事実を伝える。

何故か。
この場で即座に目の前の相手を抹消すると既に決めたからだ。
事実を知る者が居なくなれば何も問題は無い。

薄く、歌声が響く。
手の甲の宝石が光を放つ。魔力を纏った風が、金髪の少女を起点として渦を巻く。
破壊的な魔力の流れが周囲に満ちる―――！

友人からの手紙に顔をほころばせながらこちらも一通の手紙をしたためた。

キーくんへ

お手紙ありがとう！お久しぶりです。僕は元気にやっているよ。
なんと！念願の執事と契約できたんだ！これで夢に一歩前進な気持ちかな。
今までと違ってミステリアスだけどそこまで変わっていない気がするので一安心している所さ。

僕も以前よりほんの少し強くなれた気がするよ。エンブリオとの絆が深まったのか、
いろいろな力を貸してもらえるようになったんだ。弓の練習もしているんだよ！
キー君はずっと砂漠にいたんだね。同じ所ばかりだとやっぱり飽きちゃうよね･･･。
僕はお城に行ったり、最近は平原を冒険していたのだけど、
アルラウネとは契約できないかもしれないから次の目標を立てようと思う。

もし力が必要だったらいつでも呼んでね！
僕はリリスに挑めるようになるまでは結構自由だから、
またキー君と一緒に戦ええる日を楽しみにしているよ。
その時に少しでも強くなった僕を見せられるようにもっと精進するね。
キー君のいた世界かぁ･･･もしも行けるのなら一度見てみたいなぁ･･･。

それじゃあこの辺で。またね！



――そっと手紙を風に乗せて飛ばす。
再会できる日を心待ちにしながら少年もまた歩を進める――

目の前の相手を殺意の滲む視線で睨みつける。

拾ったものをまじまじと眺めている。