先生に声を掛けられ、読んでいた本から顔を上げる。

森林道に沿って備えられている 木陰のベンチは、
程好く木漏れ日が差し込んでいて、文字を読むにも快い場所だった。

小隊の同行者達と合流し、今日の行軍を始めるまでには、まだ いくぶんか間のある時刻。

暇を持て余した先生が、『 待ってるの退屈だからお散歩に行ってくる！ 』 と言い出したので、
ついでに偵察よろしく 辺りの様子を伺って来て貰ったのだ。

グリーンパレスでの探索も、3日目に入った。
しかし… いままでのところ、王の行方を知る手がかりになりそうなものは 見つかっていない。

先生の言う通り、この宮殿に 王は居ないのかもしれない。
新王が逃げ込んでいるやも との推測は、当て外れだったのかもしれない。

パレス発見の報に浮き立っていただけで、此処に来たのは見込み違いの無駄足だったのか…

………。　気落ちしたのが伝わってしまったのだろうか？
先生は慌てて、誤魔化すような 慰めるような言葉を 続けた。

励まされて、少し 心が軽くなった。
消沈したところで、王の居場所が判る訳でもないのだ。落ち込むよりも、次の手を探さなければ。

先生の心遣いに感謝しつつ、気持ちを切り替える。


さて。　王が居ないとすれば いつまでもここに留まっている訳にはいかない。

あるかどうか判らない王の足跡を求め 更にパレスの奥へと進むか、
それとも、一旦 本陣に戻って、再度情報を集め仕切り直すべきか？

思案していると…

先生が、腰の辺りを差して訊ねる。
そこには、一筋の光芒を煌かせた 猫睛石があった。

それは、先日の探索の折、彼から渡された小箱に入っていた装身具。
意匠が施された銀縁の留め具に、大ぶりの宝石をひとつ 嵌め込んだ品。

雅やかに輝くそれは、コートを留めるベルトを 品良く飾っている。

彼は、私が箱を受け取ると すぐに去っていってしまったので、礼を伝える間も無かった。
今度 会った時に、お礼を言わないと。




　今度、会ったときに…










……彼とは また、逢えるのだろうか？

　いつになく 取り乱していた彼。





別れ際には いくらか落ち着きを取り戻していたようだけれど…
彼を、あのまま一人で行かせても よかったのだろうか？



気掛かりではある。 けれども…







彼は、言っていた。


　抑え切れない悪魔の力が、周りの人達を不幸にしてしまうかもしれない… と。
　自分と関わった人達を不幸にしたくない。だから、皆と別れ 独りになるのだ… と。


それが、彼の選択だというのなら、彼の決断だというのなら、
私は 彼を引き留めることはできない…

彼が、考えた末に出した答えなのだから…




彼が、そう 考えたのだから…

　本当に、そうなのだろうか？



涙を堪えながら 自らの境涯を書き綴った、あの時の彼の顔が 脳裏に浮かぶ。







　………。



　………。



　………。




彼が、そう '' 考えた ''





関わった者を不幸にしたくないから、独りになる。





そう、彼は考え、独りになる決意をした。





それが、彼の '' 答え ''





　………。



　………。



　………。





では。





では、彼の心は？





彼の '' 心 '' は？





その '' 答え '' は、彼が心から望んだ答え？





近しい者を不幸にしたくないから、独りになる。















'' それ '' は、彼の 本当の……？

その声で、思考が引き戻される。
先生は、膝の上に乗せていた本を覗き込んでいた。

答えながら、開いたままだった本に 栞を挟んで閉じる。

金色の王子の像と、一羽のツバメが描かれている本の表紙を見せる。
あらすじを話し始めると、先生はすぐに内容を思い出したようだ。

皆まで言うなとばかり、先生が途中で口を挟む。

傷が付かないよう 本を丁寧にブックケースへと収め、鞄に仕舞う。

腰掛けていたベンチから立ち上がり、森林道の先を見据える。
所々に立っているオブジェが、舗装された綺麗な道に その影を落としていた。

（あくまで淡々と口にする少女。年頃を思えば諦観しすぎである。大人になりたいかと問われればこくりと頷き）

（同行者について問われれば、少女の分かり難い表情にも明らかに困惑が見てとれる）

（口にしてからおしとやか云々にはきっぱりと首を振り）

（さらっと怖いことを相変わらずの淡々とした表情で言った！）