木々の陰に腰を下ろし、荷物の袋を開ける。
　するべき準備はそう多くはない。槍の手入れは、食事のあとの方が良いだろう。
　食事は、いつもどおり栄養を考えて。けれど、いつもより随分手間が少ない。余った時間で、書を二周読めるだろう。
　いっそ簡単に済ませてしまおうかと思ったが、そうもいかないわけがあった。

「出来たら呼びますから。あちらで遊んでいなさい」

　まっしぐらに近づいてきた白虎の頭を、やや押すようにかき撫でる。この子虎に関してはこのくらい強いちからでちょうど良いようだと、調査隊の青年に懐く様子から学んでいた。現に今、白虎はいかにもご機嫌そうに目を閉じ、尻尾をゆらめかせている。
　意識の片隅で思うと、すぐにゆらりと影が立ち上り、狼の輪郭を成した。
　それが首根っこを咥えるように虎を引きずってゆくのを見送って、ようやく火を起こし、材料に手をつける。
　幻の騎士兜から漂ってきた霊が、火の中に飛び込む。原理はよくわからないが、それは人間で言うところの『顔を洗う』に相当する行為らしい。炎に一撫でされた後、気が済んだように再び幻に戻ってゆく。

　二種類の羽音が、上空を舞っている。ひとつはごく軽く、気をつけなければ気付かない。もうひとつは、鋭く叩くような音と、引いていく潮のような音を交互に繰り返す。焚き火から昇った煙を避けたのだろう。蛇と鳥は、それぞれ別な場所で再びくつろぎはじめる。

　いつものような会話はない。自分と契約したエンブリオたちは、言葉を使わないものが多い。例外も、今は狼に付き添われて葉っぱとじゃれていたり、白虎に絡まれないように木陰に隠れていたりする。
　ひとつ、呼吸をする。
　まず、きちんとした食事を摂る。そして、戦いに備えて装備を確認する。周辺の警戒は上空の二体に任せておく。出来る限りの準備。他愛のない我侭を聞いて貰ってここにいるのだから、成果を持って問題なく帰りたい。
　蜂蜜酒を傍に持ってきて、鍋を火にかける。
　ほどなく、周囲の空気が暖められる。それを肌で感じながら、口に出さずに数を数えて、湯が沸くのを待った。