青天の霹靂というものは、突然にやってくるものだ。
例えそれが僕達に何かを与え、糧になるのだとしても、そこは大きな混乱で包まれる。

だいぶ暖かくなってきた春の夜、
僕と我が君……コトブキさんとで忙しい合間に花見でも行こうかという話をしていた時だった。
夕飯を終えた空間を縫って、赤いコウモリが一匹飛んできたのである。

コウモリは僕等の目の前に手紙を落とした後、誇らしげに飛んで行った。
あまりに予想外だったので警戒する暇もなかったが、
非常にダレた雰囲気からすると、元々攻撃する気はなかったのだろう。
しばらくして、コトブキさんが地面に落ちた封筒を拾い上げた。

「我が君、それ一体誰からなんでしょう？」
「……あの赤い蝙蝠、闘技大会で見覚えがあるな。」

コトブキさんは封筒の裏側を見て、険しい顔つきになる。
無言のままペーパーナイフを用意して、一気に封を切った。

闘技大会でコウモリ……もしかして、いやまさか。
僕の中では嫌な予感しかしないが、コトブキさんの続報を待つことにする。

「我が君、何が、書いてあるんです？」
「ハハ、ワロス。」

生暖かく笑ってるんですけど。
とりあえず絶望的な雰囲気ではなさそうなので、一旦は安心する。

「それ、先日闘技で当たった人狩りからだと僕思うんですが、
　何が書いてあるか教えてくださいよ。マナー違反だとしても心臓に悪い。」
「ああ、別に大した事じゃないよ。
　『直接吸血してもいいから歳を教えろ』って書いてあるだけ。」
「えっ！？歳！？」

なんでそんな面倒な事聞くの？馬鹿なの？
思わず心の中で突っ込んだが、実際本人に会うと怖いので表には出さない事にする。

「しかし最近になってこの手の話が増えたなホント。
　きっかけは恐らく、新しい肖像画が出来たので大本営に申請し直したあたりからだろうか。
　美麗語句はいろいろあるが、結局外見ということかね。」
「ああ、最初のやつは我が君が短時間で超適当に描いてたやつでしたし……。」

良くも悪くも見栄えを優先しなかったあたり、女子力の低さが伺える。

「何が笑えるって、この手紙の当人と闘技大会で相対した時には、
　『強いて言やぁ年上で胸デカいのがいいけど、30過ぎたら無しだな』
　って聞きもしないのに吐いた言葉をここに来てきれいに掌返したところか。」
「止めてあげてください……思春期は気まぐれなんです……。」

いたたまれなくなったので、気づけばフォローを入れていた。
コトブキさんは静かに開いた手紙を封筒に入れている。

「ちょっと不思議なんですけど、我が君こういうの興味ないんですか？」
「興味がないとは？」
「ほら、好きとか嫌いとか。
　今回のこれっていわばラブレターでしょう？全然嬉しそうじゃないし。」
「嬉しそうにしていたら問題だと思うがな、相手の年齢考えると。
　ただまぁ、そういう話が全く無かったわけではないよ？」
「そうなんですか！？」

今日一番驚いた部分かもしれない。
銃を撃ってるか書類読んでるかのイメージしかないので、
そんな浮いた話とは無縁かと勝手に考えていた。

「そうだなぁ、折角の機会だし春らしい話でもしておくか。
　食後の紅茶はフレーバードでいい？サクランボのものが手に入ったんだ。」
「一揆の市場には何でもありますね、大丈夫ですよ。」

『サクランボ』って食べたことあるような気がすると思考を巡らせながら、
僕は熱い湯を沸かす準備に入った。

◇◇

美味しい紅茶を飲むためには、少しの時間が必要だ。
湯で満たされたポットを眺めながら、コトブキさんが口を開くまで待つ。

「もう20年近く前になるかなぁ。」

どこか視線を逸らしながら、コトブキさんはその場に座り込んだ。

「その頃、私はまだまだお前と同じく半人前の学生でね。
　軍人を志しはしたものの、中身は子供で夢ばかり見ていた。」
「今の我が君と同じような冷淡な子だったら、僕、同世代の友達として嫌ですけど。」

僕の一言に、目の前の女性は苦笑した。

「私の世界にも軍隊の士官学校のようなものがあって、
　私はそこに入学するためにいろいろ勉強してたんだ。なんせ夢は壮大だからな。
　そこで長期間の避暑休みの時に、
　進路に理解を示してくれた親が、士官学校現役生を家庭教師につけてくれた事があった。」

コトブキさんの言葉は軽やかだ。
彼女の過去などあまり聞く機会はないので、僕も腰を下ろすことにする。

「もともと彼は幼馴染だったんだけど、いつも私の一歩先を行く人でね。
　士官学校の制服姿が本当に格好よくて、ずっと憧れていたんだ。
　だからとても嬉しかったし、時間も気にせずいろんな事を話した。」

砂時計の砂が全て落ちたのを見計らって、
コトブキさんは用意していたタンブラーに紅茶を注ぎ始める。
独特な甘酸っぱい香りが広がった。

「相手も仲良くしてくれてね、とても楽しい時を過ごしていたんだ。
　だけど何回か外で一緒に遊ぶようになって、外野がざわつき始めてね。」
「外野？」
「家の関係で、私達が仲良くなると困る連中というのがいるんだよ。」

注がれたお茶を丁寧に冷まし、少しだけ飲みこむ。

「当時はあちらの家が宰相で、うちの家は財相だったか。
　『血族主義の陰謀が』『時代錯誤の政略結婚が』『子供の人権が』
　そんな事を騒ぎ立てる奴等に、ほとほと嫌気がさしてしまってね。」

コトブキさんも一口お茶を飲んだあと、大きく息を吐いた。

「私の家がもともと権力者の外戚として地位を確立してきたためか、
　日の出の勢いの相手の家との繋がりを避けたかったんだろう。
　良くある話だ、この時に限ったわけじゃない。」

気が付くと、紅茶から湯気が消えていた。思った以上に冷めるのが早い。

「私達も親族の仕事に差し障るのが怖くて、
　避暑休みが終わったら、なんとなく疎遠になってしまったな。
　別に連絡が途絶えたわけじゃないんだけど。」
「……そんな事があったんですか……。」

想定以上に重い話だったので、僕はかける言葉に詰まる。
コトブキさんはタンブラーに残った紅茶を一気に呷った。

「……という話を脳内で脚色してみたわけだが感想はどうだ？」
「創作なんですか！？
　真面目に聞いた僕の時間を返してくださいよ！！」

コトブキさんのドヤ顔に僕は渾身の力で突っ込んだ。
前振り長すぎだろ……。

「しいて言うなら、もう少し浮き立つような春らしい話にしてください。
　これじゃ日の当たらない冷夏の話ですよ！」
「人間ちやほやされないと幸せな話は描けないのでな、
　まぁもう少しジョークのセンスを磨くべきか。」

これで終わりとばかりに、コトブキさんは肩を回し始める。
僕は迫真の演技に騙されたと思いつつ、タンブラーに残った紅茶を胃の中に流し込んだ。

◇◇

「それで、これからどうします？
　何かしらリアクションしないと怖いですよ、いろいろと。」
「手紙が届いたなら返事を書くのが礼儀というものだろう、少し待ってろ。」

壮大なネタ話を聞いた後で少し面倒だったが、
相手の顔と素性を思い出し、僕は慌てて話を振る。
コトブキさんは文箱から簡素な便箋を取り出した、ルリアンナさんにも使うやつだ。

「我が君、確認までに聞くんですけど。」

滑らかに手を動かすコトブキさんを見て、少し不安になった。

「まさか乗り気なんじゃないでしょうね？」

普通はあり得ない話なのだが、この人は男に極めて縁遠そうだし。
最近仲良くやりとりしている、喫茶店のメイドさんの顔も少し脳裏によぎった。

「小僧、ひとつヒントをやろう。」

コトブキさんは手を止めて、まっすぐに僕を見る。

「私の住む世界では、未成年との淫行は条例違反で懲役刑だ。」
「は？」

あまりの聞き慣れない言葉に思わず変な声が出た。

「条例だから地域によって罰則はまちまちだが、1〜2年の懲役またはわりと多額の罰金だな。
　まぁ社会的には抹殺される事は間違いないし、破廉恥系の罪状は勘弁願いたいね。」
「なんというか、ストイックな世界なんですね……。」

食い扶持がなく幼い娘を身売りしたら犯罪になる世界。
生きていけるなら理論上は良い選択肢のひとつかもしれないが、
あまりに斬新すぎて頭の中がクラクラする。

「とりあえずそんな世界で育っているもので、乗り気云々の前に、想定外だな。
　21歳以上なら違った捉え方をするのかもしれないが、
　あの子は多分お前と同年代だろう？」
「同年代なんですかね……そう言われると僕、凹むんですけど。」

僕は後ろでエンブリオ召喚するのみだけど、
あちらは最前線で人狩りをやっている。見習う気は全くないけれど。

「ぶっちゃげ私は、相手の親の方が歳が近いだろうに。」
「近いというか母親と同年齢でも違和感ないですね。」

突如脚に小石が飛んできた。コトブキさんの足癖は相変わらず悪い。

「まぁ、私としてはあのコウモリさんを手に乗せられたら十分だな。」
「……ええ可愛いですよねあのコウモリ……。」

結構な数の人を襲ったりしているらしいですけど。
そう心の中で思ったが、言われなくても知っているだろうから口に出すのは止めた。

「よし出来た！小僧、郵便係を頼むよ。」
「ええぇ！？僕が持っていくんですか！？嫌ですよ怖いし。」
「何かあったら威嚇するから安心しろ、500mくらいなら射程範囲内だ。」

相手も小競り合いするほど暇ではないのは、頭では分かっている。
コトブキさんが直接渡しに行くのも揉めそうだし。
事実上の選択肢の無さに頭を抱えながらも、僕は力なく頷いた。


To Be Continued......

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※存在だけEno1429さんとEno1383さんをお借りしました。
　25更新回のEno1429さんの日記と合わせてご覧になると楽しめそうです。

――目の前の扉が、今、開かれる――。

手の甲が煌めき、光の束が天に昇ってゆく。

後方からかすかに散弾銃を構える音がする。

天井に向かって一発の銃声が、この静寂な空気を切り裂いた――。