「世界は常に更新されて然るべきなのだ」
右腕を振り上げて声高に言い放つ。
「停滞などは無味乾燥。敷いては過去に囚われるなど無知蒙昧の極みなのだ」
昭和時代を思わせる決めポーズを取りながら、その男――和紙墨(ワシズミ)は涼夜に熱弁を振るっていた。
一方の涼夜はいつもの無表情であったが、頭の上に乗ってるミケが退屈そうにあくびをしている様子を見るに興味がないことが伺える。
なおも熱く語る男を前に涼夜は飽きて立ち去ることもなく、退屈で無意味な、けれどサボると後々内申に響く学校の授業のようにその話を聞き続けていた。
(特にすることもないしな…)
あくびを繰り返す猫の主の心境としては、その一言に尽きた。
この男も内心溜まっていた鬱憤を吐き捨てるように喋り続ければその内飽きて終わるだろうと。でも、それを聞き終えずに自分が立ち去ってしまったら他の誰かがこの念仏のような言葉を聞き続けなければならない。そう思うと、涼夜は未来に生まれるであろう宗教勧誘めいた被害者のため9割、目の前にいる男に1割の気遣いを持ってその場に留まっていた。
話しかけられたきっかけは些細なことだった。ぶらぶらと街中を散歩している途中、道を行き交う人の中でその人物はなぜか涼夜の方を見ながら向かい側から歩いてきた。その視線に気付いて相手の顔を見るが、知らない顏だった。涼夜は物覚えが悪い方ではない。むしろ仕事柄相手の人相については国籍、人種、果ては動物に至っても見分け、記憶する術に長けていた。けれどその男の顔には見覚えがなかった。しかし全く見覚えがない、というわけでもなく、どこか見たような顏であるのに、記憶の中にあるどの人物とも違う。あるようで無いような、平々凡々にして前代未聞な人相だった。けれど涼夜にとってはただの記憶に無い赤の他人。軽い会釈だけしてその横を通りすぎようとしたのだが、それが良くなかった。軽く頭を下げたこちらの、強いて言えば頭を動かしたことによって身体を揺らした子猫の姿が相手の興味を引いたようだった。気が付けば路上の客引きが如く付き纏われており、かれこれ15分ほどが経過しようとしていた。
「あーーーーっ！居たーーーー！！」
不意に甲高い声が街道に響いた。
明らかに涼夜が居る方へと浴びせかけられたその女性の声に、涼夜は行動を共にしている仲間の声かと一瞬疑った。少年の仲間といえば猫のように身軽な少年だったり、お菓子をくれる優しいお兄さんだったり様々だ。その中でも甘えたロリ声をしている人物といえば一人しか居ない。そう、ショウケン＝タツガミだ。けれど、涼夜の知るその人物の声とは違い、ズンズンとこちらに迫ってくる少女の声からは気の強そうな印象があった。
「もー！こんな所で時間を潰して！
　そんな格好で出歩かないでって言ったじゃん！
　髪もぼさぼさのままだしあー！もー！」
男に人差し指を突き付けて喚き、続けて頭を抱えて絶叫している。
「それにまたそうやって一般人(モブ)に絡んで！意味ないから止めなって……って何この子！！？かわいいーー！！」
突然に抱きしめられた。
涼夜は抱きつかれたまま首だけでその少女を見た。
年の頃なら15,6歳くらいか。まだ幼くあるが、生命力に溢れた瑞々しさがあるように見えた。服装は派手すぎず地味すぎず、クラシックな給仕服を身にまとっていた。
「もしかしてこの子が例のアレなの？」
少女が男にそう聞くと、男は黙って頷いた。その表情は喜色満面といった風情だったが、それとは逆に少女の顔は沈痛な面持ちで「そう…」と俯いた。けれどその間も涼夜から身体を話さず、背中とかふとももだとかを撫で回されていた。そうして次第に元気を取り戻したように明るい口調で、
「私は法華津 桜楽々(ほけつ　さらら)って言うわ。あなたのお名前は？」
身体を拘束して散々涼夜をもてあそんだことには無頓着に、自己紹介を行ってきた。遠くで男の方も自分の名前について熱弁を振るっていたが、特に構うこともないだろう。
「私ですか。私の名前は――」




「おっと、それには及ばないよ。
　どうせ君の名前はあと少しで消えるんだからね。
　そうだね、あとネコネコポイント3点分といった所か。なんとまぁご愁傷様なことだ」