俺様は猫である。
名は無い。
俺様に用があるなら猫さんでも猫にゃんでも好きに呼べばいい。返事くらいはしてやろう、ニャー。

[前回の粗筋]
猫が二度と逃げ出さぬよう、腹に収めるべく大口開けて襲い掛かる大蛇！
Ａ子嬢の頭の上へ避難した黒猫の運命や如何に！？

A子嬢の頭部諸共に猫を呑もうとした、その瞬間。

A子が動いたっ！

猫を両の手で掴み上げ、力の限り、遠くへ投げーる！

猫の悲鳴がドップラー現象を起こしながら遠ざかり…やがて

はい、無事に逃がしましたと胸を張るA子嬢。

逃がしてどうすると言いたげな視線をA子嬢へ向ける羊執事。

その後、
只広い草原のど真ん中で迷子になった黒猫一匹を探して一悶着はあったものの。
大声で「ねーこーさーーん！」と呼べば遥か遠くから風に乗って「ニャー」と鳴き声が聞こえ。
それを頼りになんとか無事合流できた模様である。
呼べば反射的に返事をする習慣がある猫でよかったね。

一見すればごく普通の農村であり鎮守の杜に囲まれた里山であり。
だがその地に踏み込めば即、違和感に気付くであろう。
人の住まう気配が一切無いと。
決して荒れた土地では無く、むしろきちんと手入れなされた豊かなる田畑と河川と山林が広がり。
それ故に人も人の住まう家屋もまったく見えぬこの土地一帯の違和感は薄ら気味悪くさえ感じる。
人の手による建造物は
村入口脇から伸びる石段の上。鳥居とその奥に建立された社殿のみ。名の刻まれているはずの石塔はとうに摩耗し何が書かれていたのやら。

「やあ、来たよ。」
石段上がりを無精し鳥居目前に出現した着流し姿の男性は、勝手知ったる他人の家に上がり込むかの気軽な挨拶をし鳥居を潜る。

鎮守の主は男が現れた時点で気付いたらしく、参道まで迎えに出ていた。
「これはまた…珍しい御人が来られましたな。」
「珍しいはお互い様。引き籠り、止めたようだね。」
「引き…？」
「ひきこもり。知らない？君みたいに自分のテリトリーに立て籠もって周囲との接触を拒絶してる人を、最近はそう呼ぶらしいね。」

白帷子に浅葱袴の取り合わせの神主装束を纏い、日焼け知らずの肌と白く色の抜けた髪を長く伸ばし緩く背で纏め、伏し目勝ちで気怠げな雰囲気の青年は、色味の薄い中で唯一の鮮やかな色彩…緑掛った明るい青の瞳を細め、心外だと言いたげに顔を顰めた。
「拒絶はしてません。…人と積極的な関わりを持たぬようにしていただけで。」

来訪者は、似たようなもんだろと言いたげに肩を竦める。

「そうおっしゃられる貴方こそ、常日頃、結界を張り巡らせた里の更に閉じた屋敷奥に籠っておられるではありませんか。
…本日は引き籠りの称号を張り合う目的で出て来られたのですか？」
「私は籠る気ないのだがね。周囲が出してくれないのさ。…私が出歩くと碌な事をしないと怒る子がいてね。」
出してくれないから勝手に出てきた。君が面白そうな事してるみたいだし？旧知の仲だし、たまには御年配の御方とゆっくり茶飲み話をしたくてねと。
手土産の和菓子詰め合わせを掲げ見せ。
うちの自慢の料理人の作だよと笑みを浮かべる。笑顔の無表情と云うものがあるならば、正にこれだろう。

「勝手に出歩き、滅びた旧家の追放された生き残りと態々再交流を図りますか。
かづい殿は、動かなさっぷりに業を煮やし離別する者も現れる、昼行燈と揶揄すらされる御当主であると伺っておりましたが。
噂とは当てにならぬものですな。」
あえて[かづい]と幼少時の名で呼ばれた男は、御年寄りは言い方が卑屈だねと今度は本当に楽しそうに笑い飛ばし。
「懐かしいねえ、昼行燈。いささか古い情報ですがその噂は合ってますよ。私が動かぬ方が周囲が積極的に働くので、ついね。
だから動く時は黙ってこっそり。」

本当に黙って出て来られたのなら、今頃常陸の隠れ里は大騒ぎでは…と思わなくもないが。まあ、他家の事情だし己の知った事では無いかと、社殿の主は問題を流し。
道の途での立ち話は切り上げ
「奥へ…社務所へどうぞ。人が寛げる家屋はそこしか御座いませぬ故。
今、茶を用意させ……ああ、いや、茶を淹れてまいります。」
鴨に命じようとして、こちらでは鴨に特に力を与えておらず、当然ふざけたメイド姿の鴨もおらず、
何か行動をするなら自身でやらねばならぬのだと思い出した。
客人を座敷へ案内した後、一度楽を覚えると後が面倒臭くていかんなと一人ごちながら水屋へと向かう禰宜さんでした。

掴まって以降、おとなしくはしてるものの猫は不機嫌そうだ。

何を言ってるんだこの下僕は？可愛い声で威厳が出せるか。

猫サイド

なんとなく、同じ苦労人を見つめる生暖かい目で、黒猫と毛玉を見つめる。
だが、黒猫と毛玉はそんなこと関係なく遠くで転がっているようだ。

キョンのおでこに貼ってある、黄色い護符を指差した。

剥がしてみたくなりません？　と、レーンはネギとヒツジに唐突に無茶ぶりをした。

そんな物騒な自体はそうそう起こらないでしょうけれど。

あっという間の出来事。
春はあけぼの…かつ、ぼんやりの季節でもあった。
彼はぼんやりと羊毛のことについて考えていた。

ぼんやりワゴンセールのことが頭に浮かぶ。

プツッ…ピー・・・・・・・・

俺様に続け、下僕共。

　　――しっぽがぴくんと跳ねた。