私を呼ぶ、アナの声。
戦いのない日常は、不慣れの連続であっても、穏やかなものでした。
アナに仕える多くの従者の中で、同じように仕事をするだけの日々。

私は失敗ばかりしました。私なりに頑張っていましたが、
『兵士』の私にとっては、あまりに当然のことだって、
何だって知らないことばかりなのです。

アナも、従者たちも、そんなことはわかりきっていたことで、
注意することはあれど、強く叱りつけるようなことはありませんでした。

深々と頭を下げて、寝室を後にします。
言われた通りに手紙を伝令の者に渡し、ダンスホールに向かいます。
今夜のパーティに向けての準備は着々と進められており、手際よくその支度をする様は、
一つのダンスのようにも見えました。その指揮をするのが、メイド長のフレミングでした。
アナの話を引き継ぐと、指揮の仕事を副長に引き継いで、私と共にアナの自室へと向かいます。

長い廊下を歩く間、フレミングは私に言います。

そのような場は、何度かありました。
『兵士』たちの前で喋ったり、あるいは、アナと頻繁に関わる貴族達との食事会において、
私が紹介され、また給仕をする機会はいくらか存在しました。
しかし、恐らくそのような大きな場は初めてで、とても、緊張したのを覚えています。

……気が付けば、木のテーブルに突っ伏していました。
頭の内側から、強い力で外へと押し広げられているような、そんな頭痛がありました。
重たい頭を持ち上げると、視界はふらついているものの、そこは変わらぬ律法騎士団の拠点でした。
今では住み慣れた、我が家でした。

腕に巻いた包帯を解くと、そこに現れるのは人ならざる手。
鋭い爪に厚い毛皮に、いわゆる肉球と呼ばれる、クッションの役割となる肉。
指は人の形を模して問題なく握り込むことが出来、細かい作業は不得手であるものの、
斧の柄を持つくらいのことならば、差し障りなくできる、手。