魔法。

このテのファンタジー世界に必ず現れる、よくわからない技術。
ニスイ自身、魔法を理解しているわけではないが、エンブリオとの契約でその技を使える。
この世界の文化レベルが中世程度で止まっているのは、「理解せずとも扱える便利な技術」が存在するため……
科学の発展は、必要なかったのだろう。

普段はそんなもの、意識するまでもなく使えるのなら理解する必要なしと切り捨てるであろうが、
いま、自分が住処としているタンポポ荘もまた、おそらくその魔法によって活動・維持されている代物だ。
確かにタンポポ荘での快適さは、現代の暮らしと比べて遜色ないであろう。
いや、むしろそれ以上に快適と言っていいかもしれない。
そのタンポポ荘が、何やらヤバいらしい。

それが何であるか、理解せずに利用することに恐怖を覚えた。
それが動機だ。

ただし、タンポポ荘に関してはそこまで問題があるとは思っていない。
本当にヤバければ逃げ出せばいいし、野営でもなんでも生き延びることはできる。
タンポポ荘を訪れるまで、そうしていたように。

問題は、「よくわからないまま」に契約したエンブリオ。アニマの”カムイ”についてだった。
実際にその後に副作用によって死にそうになった経験もある。
今でこそバッドボーイに憑依させ、間接的に力を得ることで副作用が出なくなったが――
それは表にでていないだけで、じわじわと蝕まれているのではないか。
そんな不安がよぎったのだった。

アムフェイから貰った魔法の本、『一億ページの辞書』を使い、魔法について自室で調べながら、
何気なく訊いたのだった。
リビングの窓際、日当たりの良い場所がバッドボーイのお気に入りだ。
横になり、まどろみに漂っていた狼は、その一言で飛び起きてしまった。

頭と尻尾を垂れ、耳を寝かせてそう言うバッドボーイは、まるで捨てられた仔犬のようだった。

本当に、今にも泣き出しそうなくらいに情けない顔だった。
なんだかんだでタンポポ荘の暮らしを一番気に入っているのはこいつかもしれない。
お気に入りの場所でまどろんでいる間だけは、撫で回しても文句は言わないし、何より幸せそうな表情を見せるからだ。

意思が伝わらないからこそ、自力でカムイの暴走を止めることは出来なかった。
解約にも意思を伝えなければならないとすると、まずい。

やけにそわそわしているバッドボーイを放っておいて、本に視線を戻した。


――魔術。


その単語が、いやに目を引いた。
魔法と似たような言葉だ。だが……魔術は。
元いた世界にも、あった。
そして、それはとても身近なモノだ。

すぐさま『一億ページの辞書』で魔術と薬物の本を転写する。
この本はあらかじめ魔法処理を施した原本から遠隔で、かつ瞬時に文字を転写できる代物だ。
一億ページあるわけではないが、同じかそれ以上の情報を得ることができる。

オオサカでは合法だったマリファナもその起源は魔術の道具だ。
アルコールやマッシュルーム、サボテン……。
シャーマンなどと呼ばれた魔術師は、儀式であらゆるドラッグを使い、”精霊との対話”などの魔術を行った。

ただハイになるだけでは意味が無い。サイケデリックスが必要だ。
幻覚作用のある毒をもつベニテングタケは手元にいくらかあるが、対話の深度までトリップするには量が少なかった。
もっと数を揃えるか、自ら増やすか。それとも、別の強力なドラッグを買い求めるか……。

揃いも揃って、深刻な面持ちで不安を訴えていた。
どうやら、エンブリオたちにとって契約はそれほどに重要なものであるらしい。
この世界の人々がエンブリオと契約して何かを得るように。
エンブリオもまた、人と契約することで何かを得て、それに執着しているのかもしれない。

とりあえず、こいつらの前でこの話はするべきではないということはよくわかった。

先ほどまでの乱暴な口調とは打って変わり、
青年の丁寧な挨拶とお辞儀に思わず面食らう少女。

そう思ったのもつかの間、突然青年が元の乱暴な口調に戻り少女の頭の方へ手を伸ばそうとした。
少女は身構える！！

青年は三角耳に手を伸ばし、もふり始める。

予想外の行動に少女は驚いたようだ。

本物であることを見せる為、少女はひょこひょこと耳を動かしてみせた。

　微妙にアクセントが違う

　しかし、即座に「……あ、いや待てよ？」と付け加え、自身のあごひげをつまんだ。社長が何かを考える時に取る仕草だ


　――しばし間が有り、社長は、ぽつりぽつりと語りだした

　社長には、元の世界で生活していた記憶と、メルンテーゼで一揆以前に生活をしていた記憶を２つ持っている。それは時系列的におかしい話ではあるのだが、感覚的にそれが正しいと認識しており、また納得もしていた。

　しかし、なにぶん感覚的な理解であるため、そのことを伝えようとしても上手い言葉見つからないようだ。

　「他人の空似の可能性も当然あるけどね？　むしろ、そっちの可能性のほうが高いと思うんだけど」と、社長は付け加える。

　普段なら全裸の男の話など無視するところだが、この空白の期間に関しては、社長も思うところがあったようで、

　ニスイの話に、少し興味を持ったようだ。

顎に手をそえて思い出すようにして考え込んでいる。
やはりこの人もどこかずれているようだ。
覗きはロマンよねぇなどと聞こえるところがコワイ。