あのときは泓はたぶん、泓じゃなくなっていたんだと思う。
ぼくが表に出た訳でもない。
かといって、多分。巻き込んじゃったもうひとりでも、ないと思う。

あれはきっと泓じゃないけど、泓なんだろう。
ぼくがこうやって、意識をはっきりさせて行くほど泓はおかしくなっていくんだろう。
‥‥いや、おかしいというのは悪いかな。
あれはあの子が元々持っていた一部だから。
魔力を満足に扱えない身体は、鎖だった。
泓という竜としての意識は、枷だったと思う。

今のこの身体はそのどちらをも緩めてしまう。
外からの意識だけでも、ぼくらはその色に染まるように出来ている。
今までは辛うじて、それを堰き止めるような意識がいくつかあった。
――それが故にぼくらは、ぼくらでいられた。
泓は泓で在りつづけることが出来た。
発現せずに済んでいた。
けれどそれがもし表面上が其の儘でも、想いの堰に寄り掛かる形だったなら――
‥わからない。
ただ、もう未然に出来る事はなくなってしまった、という事実があるだけ。
泓だけが消えてしまうような未来をぼくは選びたくなかった。
だからしがみついて、つよく願ってそれを阻んだ。
結果として、泓が消えつつある。
厳密には泓の中で育まれていたものが、緩やかに、確実に、芽吹きつつある。

精霊に属する竜が持ちえないもの。
父から継いだ本能がただ、形を帯びようとしている。
けれどそれはもう、足音が聞こえるくらい近くだ。
――意識から外れたそれは、もう独立した食餌を始めてしまった。

今からぼくが、ぼくらの持ち得る力に願えば、傾いた秤を元に戻せるだろうか？
仮にもう一度堰が築かれたら、ぼくらは持ち直すことが出来るだろうか？

‥‥無理、だろうな。
どうしようもなくなる前に、解決する方法は見つかるだろうか。

首からさげた、一枚のコイン。
此処に身を放るようになった偶然で、ぼくがぼくであることを取り戻せた一因で、泓が泓を失おうとしている元凶。

ぎゅっと握ると一枚のコインはぎりり、と歯を食いしばるように、鳴いた。

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