「あのね、友達が……できた」
　の、と、語尾が消えて無くなる程の音量で、俯いてしまいながら仔は言った。
　――意外だ、というのが白の正直な感想。
　仔が酷く臆病な事を、誰より知っているのは白だったからだ。
　そもそもこの仔は自分が創り上げたもう一人の自分にして、別の人格。
　ただ、無知のまま放り出してしまったから。だからこんなにも臆病になってしまったのだろうと分析していたが、その仔がまさか「友達」など創り上げるとは――。
「……で？」
　だが、自分の反応は至って平坦だった。
「それだけを言う為に、僕を呼んだの？」
　苛立ちも無いが咎めるような声に変わる。仔は慌てて顔を上げた。
「違っ…聞いて！あ、あのね――」
　仔は慌てて続ける。
　友達が出来てとても嬉しい事。楽しい事。ほんの少し、怖さが薄れる気がする事。そして。
「それに……ね。こないだね、キーは、キーのまま、敵を咬んだよ」
「―――……」
　最後の一言で、白はその動きを止めた。
　予想外だ――という反応。
　それは当人である仔も同じであるらしい。それ以降言葉を発しない。
　あまりに臆病な仔であったから。
　それに、仔に課せられたのは「人のように」「取り入り」「敵意を持たれない」事。
　決して「暴虐」ではない。
　そう言ってしまえば言葉が悪いが、元々は龍である白は、正に暴虐と名を付けて元来の龍の姿をまた別の人格に管理させていた。
　この臆病な仔に、敵を屠るのは無理であろうから。
　身を守ることすら危ういならその時に、彼を起こせと。
「……友達と冒険してたんだ。そしたらお魚達が襲ってきて、キー、頑張ったよ」
「でも、お魚は友達にも攻撃するの。……キーは、やだな、って、…思ったよ」
「だから」
「……だから、君が、君の意思で、咬んだのか」
「…………」
　仔は臆病である。
　だから自分のその変化にすらびくついて、怯える。
　主人格である自分に伺いを立てるように、――役割から逸れる事を畏れるようにも見える。
「―――別に」
　そんなに怯える必要は無いだろうに、どうしてこうなったのだろうかと、白は仔の頭を優しく撫でた。
　慰めるという感情には値しなくとも、それは相当する行為に値し、同時に許可を仔に与える事となる。
「……好きに過ごすと良い。君にギィの権限は与えないけど、君が『人のようになる事』もまた、束縛しない。
　―――自由にやってご覧」
　そう言えば白はすくっと立ち上がった。
「あ……待って」
　この空間に居れば落ち着くのに。
　誰も来ない自分達の空間で安寧に浸っていたいのにと縋る仔を、白は無慈悲に拒絶する。

　――それは、君の役割として与えていない――

「ぷあっ！」
　気が付けば鼻先を思い切り地面に殴打していた。
「痛いいいいい！」
　精神をあの空間に寄せるだけで、肉体としての実体は眠ったようにしていたままだったのである。
　船を漕げば当然、そのまま地面にダイブする。
　じたばたとしても辺りは静まりかえり、主人格の声も誰の声もしない。
　今迄はそれはそれで安らぎだと思っていたのに、どこか、寂しいと思ってしまっていた。
　多分、人に近付いているのだろうと思う。
　主人格はそれを止めないけれど――
　龍で無くなったら自分は何になるんだろうと、そんな不安も少し抱えながら。
「…………ん、寝よ」
　翼を縮めて、仔は眠る。
　ややこしいモノにされたと、ほんの少し主人格を恨んで、ほんの少し、感謝しながら。

（其の二）（了）

白黒兎を撫ぜながら自作の歌を歌う青年。
…と、自身が気付くよりも先に長い耳がピクリと動いた。

――ちゃいろ――うさぎにんげん
耳に届いた言葉が自分のことだと解ると、声の方向へと顔を向けた。

エッダの隣でトキサメを食べるとか食べないとか一匹で騒いでる白いのであった。

拾ったものをまじまじと眺めている。

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