「人間になりたいって？」

シルウィアの顔を見ると、真剣な眼差しでこちらを見ていて、冗談ではないようだった。そもそも、あまりそのような冗談をいうような娘でもない。

「どうして人間になりたいの？」

人間になれる方法よりも、シルウィアが人間になりたいと思うこと自体が、僕にとっては関心ごとであった。魔法の生物が、人間になりたいと望むことは、それほど珍しいことではない。ただ、彼女は何を考えて、ただの変哲もない人間になろうと思ったのだろう。ユニークで代わりようのない魔法生物のほうが、よっぽど素敵だと僕としては思うのだけれど。

「わたしは、わたしのこのおぞましい脚が嫌なんです。クレーさんには、いえ、誰にもお見せしたことはありませんが・・・。もっと普通の、人間の足になりたいのです。みんなと同じ、二足歩行をしてみたいかな、って。あと、ついでにこの大きな目も頭もヒレも、綺麗サッパリになったらもっといいなって思います」

シルウィアの脚は、長いスカートに覆われて誰も見たことがない。だが、彼女が歩く動きをみていれば、ある程度の想像はつく。二足歩行では頭が上下に動くが、彼女のそれは水平で全く上下運動がない。おそらくは、そう、タコやイカか、逆さのイソギンチャクか、多数の触手が這っているような歩き方なのだろう。みな、それとなく気がついてはいたが、本人が嫌がるならと、そのことには触れないでいた。目やヒレも、誰もとくに気にしては居ないのだが、本人にとっては普通と違うというだけでコンプレックスになっているのだろう。

「そう、それでリトセラとの水浴びを避けていたの？」
「聞いていたんですね・・・。そうです。リトセラさんには、申し訳ないのですが・・・。リトセラさんもまた2足の脚を持たない種族です。一緒にいると、わたしと同じなんだなって、安心していたんです。でも、最近は安心ではなくて、こころがざわついてしまうんです。わたし、嫌な子ですよね・・・。わたしがおぞましいと想っているこの脚と、リトセラさんの綺麗な脚部を、同じように考えてしまうなんて・・・」

少なくとも、みなシルウィアの脚を見たところで、彼女をおぞましいものだとは思わないだろう。だが、本人がおぞましいものだと思っている以上、それを拭い去るのは本人の問題で、外からなんといっても用意に変わるものでもない。さて、どう答えたものだろうかと悩んでいると、

「あの、やっぱり無理ですよね・・・すみません。変なこといって」
「・・・いいや、無理・・・とも言い切れない」

個人的な思いとしては、シルウィアには下手に人間になってほしくはない。人間になるということは、エンブリオでもなくなるということだ。それに、シルウィアにとっても人間になることが幸せとは限らない。下手に期待をもたせるよりも、ここで「無理だ」といってしまえば、彼女は諦め、これから淡い期待を抱くこともなく、まるく収まってしまうだろう。だけれども、研究者として、僕は正確な回答をすることにした。

「魔法の生物がふつうの人間になるということは珍しいが、事例はある。ただし、それには相応のリスクやコストがかかる場合が多い」
「いったい、どうすれば・・・？」
「残念ながら、いまの僕達にはあてはない。ある者は徳を積み人間になったり、またある者は魔女の薬をのみ人間になったりもする。だけれども、徳を積めば必ず人間になれるというものでもないし、そんな特殊な薬をつくる魔女も知り合いには居ない」
「そう、ですよね・・・・。あはは、そんなもんじゃないかっておもっていましたよ」

シルウィアは平静を保っていたが、明らかに狼狽していた。変に少しだけ期待を持たせてしまったからかもしれない。だが、それが事実であり、僕には事実をやわらかに伝えられるような器用さは持ちあわせていなかった。

「そうだね。僕には力になれなさそうだ。でもきっと、いま教えてくれたシルウィアの気持ちを、リトセラにも伝えるといい。彼女はそんなことで、シルウィアを嫌いになるような子じゃあない。知っているだろう？」

根本的な解決にはならないだろうが、リトセラとシルウィア、2人の悩みを解消するには、もっとお互いのことを知り合えばいいのだという、至極当たり前の結論に至ったのだった。

＜ベルン

準備も実際にやるのも。
考えてみたら至極当然の事なのだが。

此処のお茶会は楽しいし、と続けた。

枕元に触角を置いておきたいとか言われたら、いけない想像しかできないのでした。

とりあえず一息をついてから。

フードをかぶってるのは、触角を守るためというのもあるようです。

ズバーッと言い切った

ドヤ顔でなんか言い出した。