次元竜には『理性の竜』と『本能の竜』の二層がある。

　曰く、『理性の竜』は次元と時空間を自在に操る力を制御する要。
　これを制することが出来れば少なくとも半人前の次元竜の証。
　精神が強くないと手懐けられないけれど、一度従えれば絶対に自分を裏切ることのない力になる。

　曰く、『本能の竜』は自己の存在に危機が生じた時に目覚める最終防衛機構。
　精神を壊さないための最後の切り札。
　その目覚めは必ず自分を生かしてくれるけれど、全てが終わった後に長い眠りについちゃう諸刃の剣。

　……そう話してくれたのは誰だったっけ。
　思い起こしてみればそれは多分『兄貴』だったと思う。


　というよりも、オレにモノを教えたのは大体が兄貴だった。
　とーさんは『匠乃司』の頭領で忙しくて滅多に一緒に過ごせないし、かーさんは身体が弱くて寝込みがち……他の”母さま”や”兄さん”や”姉さん”はオレには極力関わりたがらないし、ソレ以外の里に済んでる次元竜達だって『姉貴』と呼んでオレが懐いてた一頭以外は全部オレのことなんて”存在しないモノ”として扱ってたぐらいだから、自然とそういう形になっちゃったんだろうと今ならわかる。
　だから多分、さっきの言葉も教えてくれたのは兄貴だった筈だ。



　その兄貴が、オレに遂にこの『世界』で追い付いてきたのが先日の事。
　それまでは何とかギリギリ逃げ切ってたのに、ココに来て追いつかれるなんて予想外なんだぜ。正直悔しい。本当なら、追いつかれる前に全部終わらせちゃうつもりだったからな。……でも仕方ない。だってオレには探しものがあるんだから。

　この『世界』は何だかとっても騒がしくて、探知能力じゃ兄貴に劣るオレではどうしても時間がかかってしまうけどもう少しで全部を調べ終える所まで来ていた。探知が終わって、それでもオレの探すものがココにないのなら……もうこの『世界』にオレは用なんて無いから飛び出そうって思ってた。
　それなのに。

　事態は予想外の方向にきっと転がりだしてたんだ。
　何時からなんて、わからないけど。







　それはついさっきの事。
　凄い力の流れだったから、寝てたオレは無意識のままに飛び起きた。

　震える身体は感じ取った力が凄すぎたからだ。激しい命の力が燃え上がる気配。今まで感じたことがないほどの規模のエネルギーの波動。オレの触角は兄貴のに比べるとどうしてもまだまだ能力が発揮しきれないけれど、あんなものすごいモノを逃しちゃう程鈍くはない。慌てて身支度を整えてオレは空に舞い上がった。
　さっきの変な力は、森の方からのものだ。オレは移動しながら触角で改めて現在の状態を確認した。やっぱり強い強い力を感じる。これはタダ事じゃないのぜ……きっと何か、大きな騒動が起きたんだ。


　大急ぎで到着した森では既に騒動が殆ど終わってる感じだった。
　アチコチで木が倒れていたり、地面に大穴が開いていたり、魔物とか野生の動物っぽいのがぶっ倒れてたり。何があったんだろうって上空からオレはその現場を見下ろした。まるで嵐でも過ぎ去った後みたいなひどい光景に動けなかったってのもあるんだけど。

　その時だった。オレの触角が生命反応をキャッチする。おっきいのが一個、中くらいのがニ個、ちっこいのが一個。その内の中くらいの反応は、あっという間に遠ざかっていく。見回しても姿は見えないのは、多分隠れながら逃げたからなのかもしれない。追いかけても良かったけど……ソレよりオレは、大きな反応に駆け寄った。

　オレの目の前で竜の姿（白金色だし、なんかいつもと全然格好が違うけど兄貴で間違いない。オレにはわかる）が霞んで、ヒト型に戻った兄貴が倒れているのが見える。その服も身体も前に逢った時からするとあちこちボロボロで、怪我をしていて、しかもぐったりとしてる。一体何があったのかオレはわからなくて倒れた兄貴の側に駆け寄ると投げ出されたままの触角にオレ自身の触角を絡めた。
　意識を、研ぎ澄ます。

　兄貴の保持する『記録』と、オレの保持する『記憶』を同時間軸の中で重ねあわせる。これは次元竜独特の知識の共有方法の一つだ。触角を使えばこうして言葉を使わなくてもたくさんの事を正確に教えあうことが出来る。まだまだ、次元竜としては子供で力を殆ど使えないオレだけどこのぐらいならまだ簡単に出来るから。
　そうしてわかったのは、兄貴は何だかよくわからない黒尽くめの男にものすごい量のエネルギーを強引に送り込まれて暴走しちゃったという事だった。

　次元流は他の生き物の生命エネルギーを食べる事があるけど、ソレにはたくさんの前準備が必要だ。生命エネルギーを食べるのと同時に流れこんでくるその生き物の『記憶』に対する抵抗の準備とか、一気に流れこんでこないように調整する術式を用意したりとか。
　ほんとは無理やり食べれなくもないけど、ソレをしちゃうと消化しきれなくて逆にダメージを喰らっちゃう。生き物が薬を摂り過ぎると毒になっちゃうのと同じ事。次元竜にとっての生命エネルギーってのも、必要な量を手順に従って食べるなら身体にいいものだけど、無理やり流し込まれちゃうと身体や精神がゴリゴリ削られちゃうものなんだ。


　次元竜の本質は精神にある。流れこんでくる膨大な情報に耐え切れない兄貴の精神が、自分を守るために『本能の竜』を引きずりだしちゃったのは当然といえば当然の事だったのかもしれない。『本能の竜』は生き延びるために自分のリミッターを外しちゃうものだ。さっき読み取った『記録』からしても、多分兄貴の『本能の竜』は自分の中に流れ込んだエネルギーを効率よく消費する為に精神の入る器である身体を改変して大暴れしちゃったんだろう。でもそれだけじゃ逃しきれなエネルギーが器をアチコチ壊しちゃったものだから、さっきの兄貴はあんなにもボロボロになってたのだ。
　ただ、問題はその後にある。

　既に『本能の竜』は眠りについて、兄貴の意識は完全に落ちてしまってる。こうなってしまうと、次元竜は程度ダメージが回復するまで眠り続けるしかない。完全に意識を閉じて身体の中の力を全て治癒に費やす深い眠りだから、そう長い時間かかることはないだろうけれど。

　早くて一晩。長くてソレ以上の時間がかかる筈だ。
　その間、こんな状態の兄貴を放っておくなんてオレに出来るわけがない。

　……それが、自分を捕まえるために追いかけて来ている存在だとしても。

　オレは覚悟を決めた。倒れ伏す兄貴へと尻尾を伸ばす。ふさふさとした毛並みが自慢の尾が、バクン……とまるで花の蕾が開くように割れた。次元竜の第二の口。尻尾の先にどの個体も持ってるものだけど、オレの場合はこんな感じだ。兄貴から前に「大口開けたイソギンチャクみたい」とか言われたのは、地味にちょっと気にしてるところだけれど。
　その尻尾の口で、兄貴の身体をゆっくりゆっくり、飲み込んでいく。

　尻尾の口は、次元流の『本体』のある場所に繋がる秘密の入り口だ。ちょっとした亜空間みたいなのが中には広がっていて、特に入り口付近ならちょっとした生き物程度なら軽く飲み込んで運んだり出来る程度の余裕はあったりする。違う次元に他の生き物を運ぶ時なんかに良く使われる方法なんだけど……暫くココになら、兄貴をかくまっておける筈だ。
　飲み込み終えてオレは尻尾の口を閉じると翼を開いた。とりあえずどこか安全そうな場所に移動しよう。兄貴は仲間と一緒に行動してたみたいだから、ソイツらを探してみるのもいいのかもしれない。そんな事を思いながら舞い上がる。





　だから気付かなかった。

　その場に、他にヒトがいた事も。
　兄貴の仲間が連れてた、喋れるオオカミがいた事も。


　その時のオレには、気付くことができなかった。

そう言うと彼は一息ついたように空を見上げた。そして、更に言葉を紡ぐ。

思い出したかのように、そして、真剣に。

青年は、少しの沈黙の後答えた。

数千年を生きる竜の血族には関係ないだろうが、と小さく付け加え、青年は続ける。

調べていることに関して特に疑問をおぼえてはいない、
だがその直後、金の鎧の足元が妙に光っているのに気づくかもしれない。

まるで下からのぞき込むかのように様子をうかがっている。
どこぞの部屋で出会ったかもしれない。

　活発という程度ならば良かった。
　そう語る竜殿の表情はどことなく、これまでの苦労話とは異なるものにも見えた。
　それも当然だろうとトカゲは考える。血の繋がった身内を心配しない者などそうは居まい。

　どんな理由であれ、やはり竜殿へと無礼は働きたくはない。

　何しろ世界を自由に渡る種族。兄上の来訪を察知した途端に別の世界へ飛んでいく可能性は十二分と思えた。

　ことそれが、翼を広げ空を飛ぶことくらい普通だと言うのであれば尚更である。


　しかし、時間は気にしなくてもいいと、数年や数十年なら些細なことという旨の言葉には驚きを隠せず目を丸くする。

　さすがは竜殿、と呟く。ただ心中では定期馬車のようだとも思ってしまう。誠に失礼な話だが

　そこで何かを思い立ったらしく、不意に言葉を切る。

龍は少しうつむいた様子で、口端をつり上げた。
その目は、どこかここではない世界を見つめているかのようだった。
小さく吐息を漏らした後に、クライのほうに目を向ける。

龍はクライの肩をすくめる様をみて、表情を崩し

と冗談めかして言った。

龍は、それほどまでに必死でクライが妹の捜索をしているのがわからない、といった様子で訊ねた。

その後、クライの竜についての説明を、龍は最初は素直に聞いていたが・・・

主、という単語を聞いたときに、急に笑い出した。

この高空での会話。
声が届いているかはわからないが、できる限り声を張り上げる。

空を飛ぶのは初めての経験。
大丈夫なわけはなかったがとりあえずやせ我慢をしておく。

ベルは俺にしがみついてるので落ちる心配はひとまずないと思う。
いざとなればこいつは空中に浮けたと思うので大丈夫だろう！

ベルに言われて下を見てみる。
ああ、確かに小さくなっている。

しかし、あらためて空からみても思うがやはりこの城でかすぎないだろうか。
こんな高空からでもはっきり見えるぞ。

俺が鳥だったら、怖すぎて地上で暮らすと思うんだけどな。

動物の背中に跨ることに憧れているらしい。
知らないことは、何でも経験してみたいのだ、この少年は。

こくりと頷く。
事情を深く聞くつもりはないようだ。

　仮面の者は360度どう見ても怪しい小袋を荷袋から取り出し、
　クライカリオスの前で吊り下げて見せた。
　……ニコッと唇に笑みをのぼらせるも、余計胡散臭さを助長させているだけだ。

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