ひどい飢餓感に苛まれる。

原因は、自明だ。
ここ数日でぼくらは、『イース』で在りつづける為に必要な要素をいくつか零した。
いや。‥それはもしかすると、在るべきに戻っていっているのかもしれないけれど。

マァムブに集った者のうち、既に３人の欠員が出ている。
獣を装い、その実で簒奪を図った男のことは、ぼくは、良く知らない。
彼は獣である振る舞いを見せながらも、実際の獣にはあまり興味がないように見えたから。
実際にぼくも、此方から関与することは終ぞなかった。
‥食べられるものを、ということだったのか、"イース"が肉を運んだことがあったくらいだ。
その損失はそれほど大きくない。
寧ろ、去り際に残していったものの方が、ぼくらにとっては影響が甚大だ。
倒れ臥してしまった主人に代わり、フョードルが共に在る事を望んではいる。
それはぼくらを抑止する力だろう。
発露が遅かったのはその想いに因る処が大きかったのだと今は思う。
けれどそれも――あの娘がいよいよ容すらも消えて様相は変わった。
無意識のうちに、ぼくはあの娘が居るうちは獣に堕したくない、と思っていたのもあるのかもしれない。
せめて話相手にはなってやりたい。
庇護したい、問題をなんとかいい方に運んでやりたい。
それはすべて押しつけがましい感情ではあったろう。けれど、現状でぼくが染まらない為には必要な感情だったのだ。
対象を失ってしまえば。それはもう、維持していくのはとてもとても無理な話だ。

ぐらり、と揺れた。

‥ぼくらはそもそも食餌の要も、ふつうの竜種と比べれば薄いのだ。
それなのに、いま、こうしてひたすらに空腹に耐え、思うままに動いてくれない身体を引き摺っている。

留め金をほぼ一度に二つ失った。
その余波が来ているのだろう。
疑いなく思う。
奇しくもぼくらの身体は、戦うように、襲うように、喰らうように。
それだけのことを繰るにはまったく支障ない程の体躯を蓄えてしまった。
この体躯ももしかしたら、一枚噛んでいるのかもしれないな。

しんしんと降る雪。
踏みしめてみれば軽快とも、耳障りともいえない音がした。

――外に出れば気が紛れるかと思ったけれど、やっぱりそんなことはないな。

ため息をひとつ吐こうとして――



その雪の上で牙を剥き、息荒く四肢を張り。
見覚えのある――いつか共に在ったエンブリオだ――残滓を白い白い雪の上にまき散らして、満腹感を抱えるぼく自身と。
彩を添えるように散った赤い幾枚の花弁。
舌鼓を打つように鋭く尖った牙を舐めた処で、己が今何をしていたかを理解した。

互いにもふもふしあって、もふもふぬくぬくっ

額を指で押さえてそう言った。

自分の足元をつけまわしていた竜が目線の高さと
同じ位になっていて驚愕する黒虎。

手に引っ張られるがままだったのはつい先日の事。
なにやら呆けている黒虎に、愉快な事ができなくなって
いいんじゃネェかと続ける銀狼。

自分達をしっているけど、知らないと云った言葉を思い
結局あの水色の竜の縁かと、頭に咲いた花を見やる、と

その花を黒虎がつついていた。

ごぶり、ごぼりと小さなエンブリオから泥が溢れ、見る間に大きな泥人形に変異する。