「アキトォォォォ！！！お前コラァァァァァァ！！！！！！！」

　ふーみんに頼んでユーグリットを呼んでは貰ったが、出てくるまで時間がかかった。
　やっと出てきたと思ったらこの叫び声である。

「アキトォ、お前な！なんてことをしてくれたんだ！！ぁあ！？？！」
「いきなり怒鳴られても話が見えんぞ。どうしたんだ」
「どうしたってお前……お前のせいだろうこれは……！！」

　ランタンからはみ出る勢いで激しく燃え上がる青い炎。
　以前にユーグリットに言われて見たときには何もなかった炎の奥に、何かが見えた。
　ランタンの中央部にふわりと物体が浮かんでいる。
　それは手の平に簡単に収まる小ささの、膝を抱えた少女の像だった。夜空に少し白を混ぜたような青み混じりの灰色で、陶器のようにつるりとした表面。いや、よく見ると少女が抱えているのは膝ではない。剣を抱えている。いやいや、剣を抱えているのではない。その剣は少女に抱えられているのでなく、少女の腹部を貫いていた。そして少女はその剣を抱えるように、抱くようにしていた。

「なんだ、この少女の像は…剣が刺さっているのか？」
「見るのはそこじゃない、そこじゃねぇよ！！背を見ろ！！」

　言われて見ると、少女の像の背中にヒビが入っていた。

「お前のせいだよアキト！！！！！！！」
「お前が怒っているのは十二分に分かった。分かったから、順を追って話してくれ」

　怒り狂うランタンの炎を前に、なんとかなだめすかしながら辛抱強く言葉を待つ。もうしばらく罵倒が続いた後、やっと炎の揺らめきに落ち着きが戻り始めた。

「ったく……仕方ねぇな。どこから話そうか。そうだな、まずはこの少女の像についてからだな」


　仕方ねぇから紹介してやるよ、アキト。
　このお方はな……やっぱ名前は教えてやらねぇ。我が君としよう。
　我が君はな、尊い方なのだ。我が国に混乱をもたらす魔剣を封印するために、自らの身と命を自分から差し出されたのだぞ。
　いつもどこか物憂げで儚い佇まいであられた我が君は、女王様の命じるままにしか生きることができなかった。女王様の一番のお気に入りであったが故に飼い殺され、嫁ぎ先は妹たちによって一通り埋められた。
　我が君は修道院で神に仕えたいと願い出たが、女王様は何を思ったのか、彼女をとある騎士団の団長に任命された。剣を握ったことすらない、馬に乗るのがやっとの彼女をだ。恐らく女王様は我が君に飽きていたのだろう。騎士の戦意高揚に役立てばそれでいいと、そんな噂話を耳にしたことがある。
　魔剣…このことを話せばまた長くなるから詳しくは置いておくがよ、とにかく、我が君は生きているのが辛いご様子だった。この魔剣のためなら死ぬことを許されると思ったのだろう。
　なぜそんなところまで知っているかって？そりゃぁ、俺は我が君のお側にお仕えしていたんだ。俺はまだ騎士見習いだったが、侍女もろくに連れてこられなかった我が君の身の周りのお世話をさせていただいていたんだ。
　我が君はときどき目元を赤くされながらも気丈に微笑んでおられた。その様子がまた儚げで、風前の灯火のようなあのお方を、俺は守りたいと思ったんだ。……守る方法は、最後までわからないままだったけどさ。
　……おっと、すまないな、我が君のこととなると、つい熱くなってしまう。
　何の話をしていたんだっけ。そうだな、この少女の像についてだったな。
　我が君は自ら魔剣をその身に刺し、聖女の血で魔剣を清めたらしい。……らしいとしか言えん。俺はそのとき一足先に死んでいたから、詳しいことは知らんのだ。
　今ここにある少女の像は、たしかに我が君と魔剣だ。魔剣の最後の暴走によりこのような姿になったらしい。ただ、姿かたちはここにあれど、ナイトスピリットとして力を発しているこの物体は最早我が君でもなく、魔剣でもない。それぞれの魂や意思はもうここに存在していない。我が君と魔剣のものが混ざったその力だけが、ここに残っている。混ざり合ったこの力がナイトスピリットの根源だ。だだ漏れになっているこの力を、今まで魔剣を手にして身を滅ぼした者たちが青い炎となってランタンを覆い、なんとか調整を行っているんだ。
　まぁ、お前と契約してからは段々と調整も楽になったんだが……いやそうだよこら、それだよコラ！


「お前が必要以上に力を引き出そうとしたから！我が君の背にヒビが入ったんだろうがコラ！」
「……なぁ、我が君って言ってもさ、もうお前が仕えた人物の魂は消えてるんだろう？
　それでもまだ我が君我が君ってくっついているのか」
「我が君の願いを俺は知っている。この魔剣が起こす悲劇を終わりにしたいとおっしゃっていた。
　その終わりをちゃんと見届けるまでは、俺は我が君に仕え続ける。
　たとえ主がもう居なくとも、そこに主の願いが残っているのであれば、忠誠心も残るだろう」
「それは、立派だな」
「立派じゃねぇよ、騎士として当たり前のことだ。馬鹿にしてるのかコラ」

　この忠誠心の厚い騎士(見習い)は、誘導しないと話題があちらこちらへと揺れるらしい。
　少年もそろそろそれに困り始め、話の主導権をはっきりとることにした。

「いや、そういうつもりじゃない。本当に立派だと思ったんだ。
　で、我が君の背にヒビがはいったんだよな」

　少年が軽い気持ちで指先でその背に触ると、ヒビがいよいよ大きく入り、ボロボロと表皮が割れはがれるように

　ﾋﾟｷﾞｬｱｧｧｧｧｧｧｧｧｧｧｧｧｧｧｧｧｧｧｧｧｧｧｧｧｧｧｧｧｧｧ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

　ユーグリットが発狂した。最早何の音なのだかわからない。
　奇声の後に何やら言葉が続くも、少年に対して怒り狂っているということしか聞き取れず。
　少年もどう反応していいのやら困るが、そうしている間にも少女の像のヒビは全身へ及ぶ。最早騒ぐ要素しかこの場には無く
　
　ガコン。

　何の前触れもなく、何かが落ちる音がした。
　少年が反射的に音の方に視線を向けると、空っぽのただのランタンが転がっているのが目に入った。
　ランタンの中身は探すより先にその存在感をあらわにして、ただならぬ雰囲気をかもし出している。見なくてもそこにいるのが少年には分かった。
　見ずとも分かる、が、見ないと始まらない。気がする。
　少年はゆっくりと、気配のする方へ身を向けた。

「…………」

　手の平サイズの少女の像が、ふよふよと浮いている。先ほどまで少女を匿うように燃えていた青い炎たちは花びらのように散り散りとなって少女の周囲で舞っていた。
　変化を待つより先に、少女の像がぴくりと動く。身に深く突き刺さっていた剣が、ズズ、ズズ、とゆっくり引き抜かれていった。それって封印が解けてやばいんじゃないの、という少年の心の声はもちろん無視されるし誰にも届かない。
　誰も止めなかった為、その魔剣はついに引き抜かれた。
　一瞬の弱い光の後、そこには120〜130cmくらいにまで大きくなった少女の像が。体長こそ子供だが、その体が成すラインはやや控えめであるもののはっきりと女性と分かるものだ。
　引き抜かれた魔剣はその右手に握られている。灰色だったその全身は、先端から徐々に白くなり始め、灰色は追いやられていくように魔剣へ寄り、その剣身を黒曜石のように染め上げた。
　真っ白となった少女の身は相変わらず陶器のようにつるりとしているが、ゆるりと身を動かすことができているので、陶器ではないらしい。真夜中の空のように黒い魔剣にはいつの間にか青い炎がまとわりついていた。
　さて、なんと声をかければいいのか。少年もなんとか言葉を選ぼうとするが、少女のアクションはまだまだ続く。

「――、――――……」

　少年より先に少女が口を開いた。何かを喋っているらしい。が、音が出ていない。
　さっきユーグリットが「もう魂はない」と言ったばかりではないか。少年は少しずつ混乱に飲み込まれそうになっていた。
　少女の顔の造りはマネキンのように瞳も眉も描かれず真っ白の無表情であったが、どこか悲しみを帯びていた。少年をまっすぐ見つめる目元から、つつ、と光る筋がのびていく。ただの涙にしてはキラキラしすぎるそれは、よく見ると銀色の涙だった。
　その輝きに少年は寒々しい美しさを感じ取った。いつかどこかで同じ感覚に襲われたことがある。

「――……――……」

　少女は音にならない言葉を紡ぎ続けた。何やら同じ言葉を繰り返しているように見える。
　無表情のまま痛々しい程に涙をこぼす少女に、少年は最後まで成す術がなかった。

「……え？」

　いつの間にか少年の腹に、宵闇色の剣が





　自分の腹部を見てから、もう一度少女を見やる。
　少女も少年を見上げながら、はらはらと銀の涙を流していた。

　少年の記憶は、ここで途絶えた。