アイツと最後に交わした言葉はなんだったか。

　思い出そうとしたけれど、その記憶は遠すぎた。
　もう、十年以上前のほんの一瞬のことだ。
　間に色々ありすぎて、記憶が溢れすぎていて、思い出せないのもある意味当然なんだろうか。


　嗚呼、でも一つだけ思い出せるものはある。

　アイツはその時なんでか笑っていて。
　そして、止める俺を前に言ったのだ。




「心配しなくてイイから、待ってろよ兄貴！　オレ、ちゃんと見つけてくるから！！」

「――…兄貴の、■■■■をさ！！」











　ミクネ達と無事に合流し、俺達は目的としてたエンブリオ『ケツァルコアトル』の撃破と契約に成功した。なかなか強敵が多くて危うく負けるところだったんだけどな……一部のモンスター共の攻撃が、何だか全力ではなかったみたいだったし。とはいえ、勝負は時の運。運も実力の内、とは有名な言葉だ。無事に目的達成を出来たことを素直に祝うとするかね。

　その日の夜は久々にミクネの料理を堪能した。アルコルもステフも、上手い上手いって舌鼓を打ってたぜ。何だかんだ言っても、安定して美味い料理を数少ない材料からひねり出してくれる存在って有り難いもんだよな。こう、やる気にもつながるじゃん？　美味い飯ってさ。
　飯を食いつつ色々話を聞いたぜ。どんな奴と冒険したのかとか、どんな敵に出遭ったのかとか。ミクネの、大冒険してきたッス！……と食事中なのに身振り手振りを加えつつ説明する様子は無邪気なものだ。アルコルは逆に、訥々と静かに言葉を綴っての報告で、性格によって格差ってこんなにも出るんだな、と改めて再認識させられた。



　ステフは……いつもどおりだった。あんな光景を見せた後で、流石にこう……避けられるかなって、ちょっと思ってたんだけどな。でも全然いつもどおりっつーか……うん。有り難い反面、何だか落ち着かないっつーか……気まずいものはある。なるべくあいつらの前じゃ、そういう風にならない様に気を使いはしたけどもな。居辛い気分はどうしても抜け切らない。
　俺が小心者なだけなのもあるんだろうが、正直、嗚呼いう捕食の光景なんて同族以外には見せたことがないからさ……どうしていいのか、わからないって気分だ。同族同士ならそりゃ普通の食事光景みたいなもんだけど、他種族からしたらどう感じるのかってのが俺には今ひとつわからない不安もあるんだとは思う。俺は竜で、あいつらは人とコカトリス。どっちが捕食者かなんて考えなくてもわかるだろ？　羊の群れ（ってほどあいつら、か弱くも繊細でもないんだけどな）に狼が一匹紛れ込んでたら落ち着かないんじゃないのかね、普通は。どれだけその狼が大人しくてもさ。


　ちょっと、一旦、あいつらとは距離をとって色々考えるべきなのかもしれない。
　少なくとも、今後どう行動するべきなのか考える時期が、俺には来たんだろう。

　こんな穏やかな、たまに騒動はあるけど優しい空間に慣れすぎちまったツケなのかもな。



　そう思って、その後でミクネ達に一旦の別行動を申し出た。ちょっとした用事もあるから、ココに残りたいってね。ちなみにこれは嘘じゃないぞ。ちゃんと用時はそれなりにあるんだからな？　話を聞いたあいつらもそれなりに考えがあるみたいで無事に別行動の許可が出た。お互いに同じ道を行く同行者をちゃんと募って見付けられたしな。これなら、大丈夫だろう。きっと。今度は平原で落ち合うことを決めて、その日はとりあえずお開きとなった。







　夜の見張りは俺がやる、と手を上げたので皆はもう眠りについている。今頃仲良く夢の中って所かね。……まあこうして見張りに付く前にステフには一度詰め寄られたけどな。その上でちゃんと約束はした。もしも俺があいつらに（不可抗力とかではなく自分の意志で）本気で何らかの害意を働く時は……遠慮なく石化でもなんでもして殺していいと。なかなかに思い切った事を、とステフは流石に呆れてたけどな。とはいえ、実際の所、そのぐらいの保険を渡しておくほうが安心出来るんじゃないか……って思ったもんでね。効果の程は如何程かは、俺にはわからねぇが。




　見張りをしながら、俺は意識を研ぎ澄ます。体の隅々にまで自意識を染み渡らせる。自分の内に普段は封じている次元竜としての感覚を浮上させる。そうしてやれば、目に見えない周囲の様々なものが見えてくるのだ。――…この、頭の触角を通じて。

　アルコル辺りが「アホ毛？」なんて言って来ていたが……俺の頭から伸びる二本のコレは実は触角だ。アホ毛とちがってちゃんと神経通じてるし、切られたりしたら血も出るような体の一部だったりする。これは次元竜にとっての感覚器官の一つで、眼に見えないような魔力の流れや空間の状態だとか、色々なものを感じ取ることが出来るモノだ。どこかの世界の人間達が似て異なるモノを開発してたっけね。レーダー……とか？　言ってたっけ？　まあ似てはいても全然別物だが、雰囲気としてはソレに近い。俺を中心に一定の範囲の解析情報を得られるって点ではね。
　最も、この触角を通じて得られる情報は実に膨大で処理落ちしちまうから今までの俺じゃ全部を全部拾えなかったんだけどな……今なら、なんとかなる。一応、力は戻ってきてるからな。とはいっても、まだ全然万全じゃないんだが。言うならば、ようやっとかさぶたが剥がれて包帯を外せた……ってレベルで、奪われた分までの力を取り戻すにはもっともっとエンブリオを喰わないと足りないのが現状だ。

　……まあ、エンブリオの捕食に関してはそう問題は無い気もするけどな。
　程度長い時間この世界で過ごしてジワジワと色んなエンブリオに関しての情報はこの身体に蓄積されてる。それに、この世界に存在するエンブリオの種類からすると一部とはいえ昨日何体か取り込んだしな。その経験でどうやれば早く分解吸収できるかも学習できた。次からは時間を取らずに喰えるんじゃないかね。……後で試してみるか。



　ともあれ、俺は意識を澄ませた。
　自分の中に流れこんでくる情報の中から必要な物を探りだす。
　これまで全力で処理できなかったけれど、今なら出来る。


　俺は焚き火の側から立ち上がった。
　行かないといけなくなっちまった場所があったからな。







　俺達が夜営をしていた場所から少し離れた、星屑の山を少し登っていった先。
　少し開けた場所に、アイツは居た。

　ヴィント。
　いや、正確にいうならば『ヴィンデーミアートリクス・S・ユルング』。

　ユルングの一族の十三兄弟の末っ子。
　俺と同じ母から生まれた実の妹であり、俺が今までずっと探していた張本人。
　十数年前に唐突に家から飛び出して姿を眩ませていたソイツが、今、目の前にいた。

　怒鳴りつけて、そのまま近付いて腕でも引っ掴んでやろうかと思ったけれども自制する。アイツの背には翼が広がっていた。次元竜でも青年期にある俺と違い、まだ幼年期の段階であるアイツには不釣り合いなほどに雄々しく立派な翼。ソコには煌々と輝きが宿っている。何時でも、次元を越え世界を越えて飛び出せる状態。それを見せつける様にアイツは翼を広げてみせた。

　ローバルに襲われた時の事を思い出せば苦々しい思いしか無い。
　舌打ちしつつ、俺はヴィントを睨みつける。

　ヴィントが背に負うあの翼は、俺が昔に与えた翼だ。
　アイツが生まれ落ち、卵から孵ったその日に。

　同種族の絶対数が少ない為にどうしても血が濃くなりがちな次元竜には偶に不具合を持って産まれてくる個体が存在する。例えば双子であったり、体の一部が欠損しているものであったり……そういった個体は、大体、不吉とされていたりする。
　ヴィントもそれで、『羽根無し』という生まれつき背と腰の翼を持たない個体として生まれてきた。次元竜はどれほど能力が高かろうと翼がなければ世界を渡れない。次元の狭間という危険地帯は翼がなくては生き残れない過酷な場所だ。それ故に、慣例に則って『羽根無し』は還される……つまりは処分されるのが決まりだった。

　でも俺は嫌だった。自分の妹だっていうのもある。だけどそれ以上に、もう二度と、自分の手の届くところにある存在が失われることは許せなかった。繰り返させたくはなかった。……『あの時』みたいに。
　だから俺は背の翼を切り落とし特殊な呪法によってアイツに定着させる事を提案した。勿論簡単な事じゃない。本来の翼の主と異なる相手に、他の竜の翼を定着させるなんて前代未聞の話だ。特に体のすべてが自分の精神や記憶や知識諸々と直結してる特殊性が一番の問題で、失敗すれば自我崩壊すら起こしかねない。


　それでも俺はその手段を提案し、理論を組み立て、説得し……そして実行して。
　……何とか無事に成功を果たした。

　奇跡ってのは案外、起こそうと思って起こせない訳じゃないらしい。



　そういう訳で、アイツの翼は俺の翼でもある。時間がたっちまったり色々な理由で他の次元竜には感じ取れないほどに弱まったヴィントの飛行路であっても、俺ならば感じ取れる。それが、俺がアイツを探しに行く探し手として立候補した理由の一つでもあった。
　まあそれでも、流石に全快の状態じゃないと感じ取るのは難しいので今の今までこんなに近くに居たのに気付いてなかった訳だが。いや、そんな事はどうでもいいか。俺は口を開く。

　ハッと慌てて捕まえようとしたが遅かった。次の瞬間、アイツの姿は一瞬ゆらりと歪んだかと思うと幻のように溶け消えてしまっていた。空間を渡ったのだ。メルンテーゼの外には出てないのはわかるが……追うにはまだまだ力が足りない。それに、ミクネ達を放置して行く訳にもいかない。
　俺は深々とため息を付いた。……まあ、また次の機会はきっと来る。諦めなければ、な。



★以下の日記から、『ENo.380 X』様とのコラボとなっております。
　合せてお楽しみください。（トラブルのせいで次回更新だそうな）

　挨拶なのか、軽く会釈をしたように見える。

青年は手元の毛糸玉を何となしに手の中で転がしてから続けた。

青年は足元に目をやった。

話しかけられたことに気づくと視線をクライの尻尾から目に移し、

クライの尻尾を指さしながら笑顔を向けてくる。

　

　

　

などとぼやいたところ、頭を撫でられ身をよじった。

手が離れた後もしばらく笑い、ようやく息を整える。

口をへの字に曲げつつも口調はどこか柔らかい。

なんだかすごいそわそわしている。
たぶん乗って見たくて仕方ないのだろう。

あなたの問いに、少年は首を横に振った。

少年は、ユニコーンの伝承を知らないようだ。
もっとも、知ったところでなぜ捕まえない方が良いのか理解することはないのだが。

手の上に乗ったお菓子を見つめている。
まだ少し、クライの言っていることが理解できていないようだ。

少し考えこむ。だがすぐに顔を上げ、こう続ける。

　と、エアルとクライカリオスに向けて言ってからそさくさと立ち去り。