誰もが歩いている。
　道は時に重なり、時にぶつかりながら。
　その歩みは、自分自身にさえ止められない。

　――――――――――――――――――

　ブレット雑貨店の奥、店ではなく居住部分にあるリビング。
　日の落ちた室内は、暖炉で燃える薪が柔らかに照らしている。
　そして暖炉の前には、目を閉じて考え込むアムルイの姿があった。

「うーん……」

　これからどう動くべきか、という悩みではない。
　考えているのは、風の噂に聞いたことだ。
　彼女の仲間――占星術師のアイサは、新たな王の擁立を望んでいる、と。

　アムルイはそのこと自体は問題視していない。
　自分の選んだ道も、アイサの選んだ道も、あくまで選択肢の一つに過ぎない。
　絶対的に正しい道など、どこにもありはしないのだ。
　問題があるとすれば、アイサがどのような手段に出るか読めないことだ。

　単純に敵対するなら分かりやすいが、それはないだろう。
　新王パラダイスを打倒するまでは、お互いに争うメリットがない。
　むしろそこまでは手を組んでおくのが得策だ。
　その程度のことは、アイサも分かっているだろう。

　この場合の問題は、どこまで手を組むかだ。
　言い換えるのなら、いつ手を切るかでもある。
　やがて敵対することは自明であり、タイミングを誤れば一気に潰される。
　しかしその心配もない、とアムルイは考えていた。

　そう。アイサならば、自分に読める程度の策は用いないという信頼がある。
　もっととんでもない、想像すらしなかったことをするだろう。
　そうでなければ、彼女は既にこちらへ仕掛けている筈だ。
　現状の不気味な沈黙こそが、彼女の策謀の恐ろしさの証左である。

「悩み事か？」

　仕事を終えたのか、ブレッドが部屋に入って来た。
　アムルイは苦笑を浮かべて、

「そんなところ。
　……でもまあ、これは考えて答えの出る問題じゃないしね」

　結局のところ、向き合ってみるしかない。
　虎穴に入らずんば虎子を得ず、だ。
　アムルイは腰を上げて、歩き出した。

「ちょっと相対して来るよ。
　いつか未来で、答えを出すために」

開口一番、予想通りのきっぱりとした拒絶。

「ああ、やっぱりチハヤらしい」

アムルイがそんな感想を抱いていると、彼女は言葉を続ける。

軽く笑顔を見せた薙疾だが、すぐに真顔に戻る。

これが彼女なりの一線なのだろう。

障害を排除するにあたっては、力となる。
しかし道を征くためには自分の足を使え、と。


──そんな彼女の在り方は、まるで武器そのものだ。



アムルイが追求してこないことを知ると、薙疾は話題を変えて言葉を続ける。

そう前置きすると、簡単に君主制と共和制についてアムルイに語る。

"王は存在するのか？するならば、血で選ばれるのか？王が新しい王を選ぶのか？民が選ぶのか？"

同じ君主制でも、王たるものの選出やその影響力によって様々な形があることも。

"王は国の実権を全て握るのか？決定者であって、絶対者ではないのか？"

言われて思い返してみれば、アムルイの部族もこれに近しい。
族長は存在するが、族長の言葉が全てではない。
一族の戦士が意見を出し合い、族長がそれを取り纏める形だ。

これは、アムルイの問いかけとは微妙に逸れることだ。
薙疾はこの疑問について頭の隅に残すだけに済ませ、話を続ける。

薙疾の問いかけは、アムルイの"答え"の問題文を変えたものに過ぎない。

アムルイは頷く。
目指して歩みだした道を踏みしめるように、ゆっくりと。

その答えを確認した薙疾は、沈黙する。
話が終わったと言うわけではなく、何かを考えている…いや、言葉を選んでいるように受け取れる。

誘いに対しては即答するような彼女が、一体何を考えているのだろうか。
アムルイも静かに薙疾の言葉を待つ。




一分ほどそうして二人で沈黙していただろうか。
薙疾はアムルイの目を真っ直ぐに見たまま、口を開く。

──それは、先ほど王を批難するのに使った言葉。

彼女は、それをほぼそのままアムルイに向ける。

薙疾は答えを返した。
終わりの先には、新しい終わりがあるのだと。

キョトンと、見た目通りの少女のように首を傾げる。
シツジの言う事が良く分かっていないらしいその様は
少女の肩書からして、ひどく不格好で不釣合だ。

一方で、少女の従者らは……