現在自分が契約しているエンブリオに、どうも一風変わった小さな虎がいる。

　エンブリオそのものが、無個性という個性含め、豊かな姿を持つ存在だが、この虎は、同伴する同種のいずれより幼く、更に言えば本当に野生動物かどうか疑わしい行動をしばし見せる。
　たとえば、今。首に巻いてもらった組紐にさかんにじゃれつき、ご機嫌そうに仰向けにひげをそよがせはしゃいだ末、疲れて寝てしまう、だとか。
　妙な葉っぱや虫を見つけたら即刻口に咥え、同族や、構ってくれる同行者に見せて回る、であるとか。
　先ほども、同行の青年と彼の後ろに居た風格ある虎に、何やら一生懸命にじゃれついていた。青年が頭をなでると、心地良さそうに目を細め、もっと遊べとばかりに周囲をぐるぐる回った。
　先日からのそんな振る舞いを見ていた魔女が、『虎というよりは猫、の形をした犬』と評したが、全く否定出来ない。

　元素そのものに近い種は別として、野生の種は契約の前に必ず戦闘を行い、力で制する必要がある。
　この白虎も例に違わず、であったのだが。
　契約からほどなくして、砂地においては冷気を発して、いわゆる『ドヤ顔』をしてみせたり、頻繁に実体化してはあちこちをうろうろし、調査隊の間をうろうろしていたり。これは本当は誰かに飼われていたという方が、実にしっくりくるのだが。
　やはり、エンブリオの個性が、契約者本人によって大きく左右される――『投影』されるというのならば、あれも自分の一部、あるいは何かの願望を映しているのだろうか。だとすると、思い当たるのは。

「幼年期、でしょうか」
「ん、何か言った？」

　はしゃぎ疲れて足元で寝息を立てる――本当に野生とは思えない――白虎を眺め、しみじみと呟くと、隣でパンを切り分け、軽く焦げ目をつけていた少女と、『量が多かったから』と手伝いを申し出てくれていた女性が、揃ってこちらを見た。

「いえ。どうもこの……白虎の振る舞いを見ていると、いわゆる子供時代が、この子に反映されているのでは、と」
「ラザラス、こういう子供だったの？」
「……ここまで活発ではなかったと思います。ただ、食べるのが好きなのと、満腹になったら寝る、というのが」
「こどもって大体そういうものだと思うけど」

　軽く首を傾げた女性が、見事なナイフさばきで切り分けた材料を、まとめてざるに乗せる。

「その、『大体そういうもの』の部分かもしれませんね。……そういえば、学園の子達は、元気でしょうか」
「そういえば、ラザラスって用務員だったっけ」
「現在もそのはずなのですが」
「はずも何もなく、そうでしょ」

　苦笑する女性に曖昧に頷く。どうも、ここに来てからというもの、『自信のなさ』のようなものが、度々覗くことがある。
　正しく今も自分は用務員であるのだし、籍はそのまま、あくまで現在は違う場所で働いているというだけの事、なのだが。

「まあ、ここだと換える明かりも、掃除する廊下もないもんね。城内は、ちょっとひどかったし」
「そうですね。人が居ない場所だったのも大きかったと思いますが」

　あの光景を思い出したのだろう、微妙に嫌そうな顔をした少女に、ひとつ頷く。
　掃除というのは、居住空間がある程度整った状態で行うものだ。地下牢であったとはいえ、既に迷宮と化した趣のあの場所では。

「とにかく、この子はこうして、ここに居るんだから。それで充分じゃないの」
「さすが、カッコイイー」

　あれこれ考えすぎよ、とあっさり言われる。それもまたそうかと、納得させられる調子で。
　足元で丸くなっている虎は、それこそ全くそんな事は考えていなさそうで。ただ、時折、尻尾をはたはたと揺らしている。
　首に巻かれた紐は、他の虎たち『みんな』とおそろいであつらえられたものだ。
　とても気に入って、しょっちゅうじゃれて遊んでいる。虎らしさだとかより、先に――

「預けてきますね。火を使いますから」

　軽く抱き上げ、他の虎たちの方へと連れて行く。
　こどもを抱えるより、ずっと軽い。けれど、確かな重みがある。



「そもそも、ラザラスの分身とかだったら、もっと手ごわいというか、あれこれ考えてると思う」
「本人は気付かない辺りは、そっくりだけどね」

　そんな会話もあったとかなかったとか。それは当人エンブリオ共に、知る由もない。

ひゅんとかけてきた光の塊が少年のミツアミの間を避け、
ぱしゅんと物陰にとけきえた。


遠くでなにやら早口でまくしたてている声がする。

（腕を組み険しい表情で目の前の『群れ』を睨み付けている）