「出来ると思います」

　提案に即答したことに、一番驚いたのは、他ならぬ自分自身だったかもしれない。

「今から、試してみますか」
「いや。その必要はないようじゃ」

　こちらの目を見据え、何かを理解したように魔女はひとつ頷いた。

「召喚固定は消耗が激しいと聞く。わざわざ疲れることもあるまい？」
「失敗するとは、思わないのですか」
「思わぬな。理由は幾つかあるが――おんしに自信があるのなら、それはエンブリオの自信でもあるのじゃろう」
「そうですね」

　魔女の提案とは、戦闘にエンブリオそのものを召喚し、参戦させることだった。
　今日は前衛が自分一人である反面、後衛陣の火力が高い。更に自分には、消耗の少ない攻撃手段がある。わずかな間、エンブリオによって猛攻を肩代わりして貰えれば、そのまま押し切ることは可能だろうと、確信を持って言える。
　己の召喚に、その意図する所に、エンブリオがすべて理解し、応えることも。

「この世界の理は、根は単純じゃ。だが、その単純さは、人の数とエンブリオの数を重ねて掛ける程の可能性を生み出す」
「召喚だけでも、人によって目的や戦術は異なりますね」
「然様。性格が出る、とも言うかの」

　そして浮かべた笑みは、幾分自虐的に見えた。珍しい。

「お疲れですか？」
「考えねばならぬ事は多いが、耄碌したつもりはないぞ」
「そうですか」
「……ふむ。さては腹の底で、あの戯け者が言いそうなことでも考えたかや？」
「そうでないことを願います」

　即答すると、先ほどの一瞬が嘘のように、ころころと笑った。
　思うところがあるのは図星だが、墓穴を掘りたくはないので、考えまいと務める。
　さすがに、どこかで笑っていそうな誰かと一緒にされたくはない。――あちらは遠慮なく、考えていそうだが。

「ドライアドを捕え損ねたのは痛い。それらを補うためにも、初めて挑戦することが幾つもある。常以上に気を張っておることは、否定せぬ。これがわしの性格じゃからのう」
「では、不謹慎ながら。実を言えば、少しだけ楽しみな気がします」
「良い良い。むしろおんしは、そのくらいが丁度良かろう。わしはわしで、食事どきにはゆっくりさせて貰おう」

　先回りのように言われ、年の功という言葉が脳裏を過ぎる。
　もしかして、自分はわかりやすいのだろうか。食事を楽しみにして貰えるのなら、むしろ望ましいことだが。

「練習試合で相対したことはありますが、全員そろって戦うのは……まだ少し想像がつきませんね」
「誤射防止のしるしは、確りと刻んでおくのじゃぞ？　わしの魔法は、当たっても治らぬ」
「……完全に語り草になりましたね」
「実戦で使わなくなって久しいからのう」

　少し前まで、調査隊の少年は、目の前の魔女が最も苦手とする元素を使い、味方に傷と治癒を与える術を多用していた。
　しかも、傷を与えただけ回復力が増す。以前は調査隊の迷物だったものだが。

「こうして、移っていくのでしょうか。時間も、手段も」
「誰しもそうであろう。花開くがごとくにのう」

　その花弁には、誰かの涙が落ちているかもしれない。
　その根は、誰かの血を啜ったかもしれない。
　それでも伸びて、花開こうとする。各自ばらばらなその意思が湧いてくる、そのすぐ近くに、エンブリオがひそみ、言うのだ。

　――『わたし/あなた』は、出来るのだ、と。

「地下牢に」

　思わず呟き、しかし呟いた瞬間、言おうとしたことが霧散する。
　目を泳がせる間、魔女はあえて言葉を待っているようだった。

「うまく言えないのですが、あそこは本当に、牢獄なのでしょうか」
「外観のみで言えば、それ以外には見えなんだが」
「囚人も看守もなく――そもそも、いまの王に牢獄が必要とは、あまり思えません」

　踏み入れたとき、なんとも言えない、違和感があった。
　噂だけの空間だったときは、先にいる筈の術師のことばかりを考えて、いたが。

「城内のあちこちに、あの場所と似たような魍魎が巣食うと聞く。あれらが場所の区別をしておらぬのは確かなようじゃ」
「……もはや牢ではなく、墓地のように見えました」
「わしからは、何とも言えぬ。おんし自身が目で見て、確信するがよかろう」
「はい」

　この魔女は、恐らく気付いている。苛立ちに似た何かに。
　くらがりの中、ただの記憶になりはてていたはずの、何かに障っている。

「とはいうものの、まだ一仕事あるのでな。逸るでないぞ」
「わかっている、つもりです」
「やれやれ。『つもり』が消えるのはいつになるやら。まあ消えても、口煩く言うてやるがの？」
「心強い限りです」
「年長者の義務じゃよ」

　対策にと買い求めた真紅の守りと同じ瞳で、魔女が再び笑った。

首をひねっている

（鶸色に金朱と白に近い金の糸を混ぜた組紐が得物の柄に巻かれている。鞘を持ち得物を示しながら、小さく笑う）