【ノール】

ノールの花に心地よく酔った様子で、まどろみながら微笑んで居る。

偽りというよりは無自覚に近い。
恋人は居ない、という答えには、どこか複雑な表情だけを返した。

抵抗は無かったが、あまりに近すぎる顔を直視できない。

触れた額を通して、
早鐘の音が筒抜けではないかという疑念が浮かんでくる。
いっそこのまま強く抱き締めてしまえば、と血迷いかけたが、
相反する元素の者同士、そんな事をすれば互いにただでは済まないだろう。
自分はまだいい、だが力が完全ではない卯の花腐しは。

最初は冷たく心地よかった額も、今は炎症を起こしたように少しひりつき始めている。
この時は理性が打ち勝ち、卯の花腐しの両肩に手を置いて、ゆっくりと、わずかに身を離そうとした。

言葉を反芻する。緊張で詰まっていた息を吐き出した。

体のあちこちがトカゲのように浸食された大男が、
のっそりと近づいてくる。

男は、自身の右手にちらりと目をやった後、僅かながらの沈黙を置き、
再び口を開いた。

苦笑しつつも両手の革手袋を脱いで相手の前にかざしてみせる。
手のひらには剣を握るためについたアザやマメはあれど楽器によるタコは見当たらない。

男は相変わらず焼肉の残り香を漂わせつつ挨拶していきました。