■Tyrfingr/The sword of tragic darkness...


シェリィ愛用の特殊な魔法剣の一種、精霊剣アルク・アン・エルシフ。
この世界でのエンブリオなる精霊らに似たモノたちとの契約数が増えた事により“聖霊剣”へ。
そして近く宿る神聖霊アークの能力を最大に発揮出来る“神聖剣”へと冠する名を変えつつあるそれ。

“契約”を結んだエンブリオと呼ばれる存在達の能力は、愛用の精霊剣に据えられた“神聖石”を媒体に――厳密に言えばそこに宿るアークの管理下で行使する形になる。

精霊剣を握っている間は常時柄の部分に流している微弱な魔力で、自身が振るうつもりの技に該当するエンブリオの能力を呼び出すよう神聖石を管理するアークに伝えれば、瞬時にそのエンブリオの能力を発揮できる形状に精霊剣の属性のようなものが変化する……という仕組みだ。
所要時間は一秒にも満たない。
小刻みに、対峙する敵に合わせて繰り出す技を切り替える事も可能になる。

勿論最初からこういう手順での行使が可能だったのではなく、実地で契約を結びながらどう扱うのが一番容易なのかを試行錯誤した末の現在ではあった。

神聖石と契約を結べる存在というものは、世界ごとに形式や必要な条件も異なり、それらを別の世界へと持ち出す事は出来ない。
精霊剣はとても便利な仕組みになっているが、不便なのは異世界毎に必要な手順を踏まえて契約を結ばなければ、扱える属性がアークの持つ光と聖属性に限られる点ともいえる。

このメルンテーゼでの滞在は例外的に長期に渡り、多様な能力を行使出来るかわりに、アークの管理能力や神聖石の“容量”はそろそろ限界が近い様子だった。
過負荷がないように、場合によっては解約も考えなければならないだろう。


そしてネクターの配分によって１つ扱えるものが増えた様子の技を、恒例になっている鍛錬時間の最後に試し撃ちをしようとした折に、“それ”は起きた。


何時もの手順を踏んで、該当するエンブリオのものへと精霊剣の属性を変化させれば、刀剣と神聖石が纏う光は赤錆色のものへと転じる。
それを確認してから、手近なもので目標にした野営地から少し離れた場所にあった枯れ木へと、“それ”を撃ち出そうとした瞬間。


「――…………っ……！？」

“――マスター……っ！？”


ぶわっと噴出すようにして刀身にまとわりついた“属性”に、全身の毛が逆立つような違和感を覚え、思わず唇から声が零れ落ちる。
同時に、何やら慌てた様子のアークの声だけが届いた。
精霊剣の能力を行使している間は、当然アークはそこから離れられないからだ。


「……くっ……行っけぇぇっ……！！！」


じわじわと増すばかりの違和感に、そのまま片手で握っていた長剣を両手で握り締めると、全力でそこに宿る力ごと目標物へと攻撃を撃ち出すようにして放つ。

途方も無い威力を帯びた一撃が、目標にしていた枯れ木を跡形もなく消し飛ばして周囲の地面を抉った。
同時に、自身にも幾らかの反動のようなものが反射して、全身に小さな傷を残す。


その威力よりも何よりも、自身の剣が帯びていた違和感と受けた反動の属性からの衝撃に、そのままぺたんと地面に座り込んでしまう。
が、そこに今度は声のみではなく、何時ものように淡い光を帯びて浮遊する少年精霊姿のアークの叱責が飛ぶとほぼ同時に、周囲に結界が展開される気配。


「何をやっておるかマスター！！！　呆けている場合ではないぞ！？　衝撃は分かるが“一部出ている”ぞ！！　目印になる筆頭だろう、早々に仕舞うがよい。結界は以前よりは長時間維持出来るが、今の技を使う度にそんな様子では扱いきれぬぞ。何より先だっての話し合いを無駄にするつもりか！」

「……え……あ！？　す、すまない」


恐らく技を撃った直後、その属性から身を守ろうとした無意識での反射行動のようなものだろう。
指摘を受けて慌てて文字通り“一部出ていた”ものを、片付ける。
試し撃ちではどんな効果があるやら判らず、巻き添えになってはいけないからと１人で居たのもこの際は幸いだった。

それを見届けてから、アークが展開していた周囲の結界は霧散して消えた。


「……なぁ。さっきのあれ、闇属性だったよな？　今までそんな気配なかったのに……アークは大丈夫なのかい？　あんなの制御してて」

「初期なら兎も角、今は契約数が増えているからな。あれ１つ程度なら何とでもなる。制御にもそう問題はなかろう」

「そっか。……うーん。威力は申し分なしなんだけど……反動があるのはアレに限らないけど。それが闇属性で、かつ扱うって……ちょっと今までやった事にないんだけど」

「試し撃ち程度でそんな事でどうする」

「……分かってるけど、あれだけは始終使いたくはないなぁ。実戦で必要がある折だけ、って程度で。何で……闇属性かな。普段は攻撃受ける側なのにさ……自分が使うとなると違和感があって仕方ないよ。この世界はどーも光属性のヤツで相性いいのが少なくて参るよね……」


すでに衝撃は通り越して、何だかほぼ愚痴のような事をぶつぶつと言いながら、座り込んだままで精霊剣を眺めている己のマスターを見つめつつ。
アークは小さくため息をついた。


“テュルフィング……幾つかの世界で残る伝承によれば、持ち主が誰であれ勝利をもたらすが、悲劇をもたらす血吸いの狂気の剣の名であったかな。確かにそのような謂れを持つ技であればこの属性も已む無しだが……あの気性のマスターではさぞ不本意であろうな。
我としても反属性を宿すのは愉快とは言い難いが……光と闇は同時に存在するもの。互いが互いを滅ぼそうとする本能や役割は已む無しとはいえ、苦手意識を克服する良い機会になれば良いのだが、な……”

もぎたての紅い果実を手中で転がしながら笑った。

自分が切っ掛けの割には既に忘れていた様子。

頭上のスズメは『チュン』と鳴いてから、何かを伝えているようだ。

かーこの腕がいいと言われた瞬間、スズメは首を振った。
しかし、視線に気付いたからか。周囲を見渡したり、首を傾げたりしている。

不格好と言われると、かーこは両肩の上に杖を乗せ。
その上に肘から先を乗せてから、体を左右にねじるように動きつつ。

以前の戦闘を思い出したようで、そう言った。

心底しまった、という顔をしている。
その顔には、後悔に似たものすら浮かんでいる。

首をかしげるシェリィにちょっと苦笑しつつ。

「いろんな意味で」の部分の声色が、ちょっと違った気がしたかもしれない……。

ちびちびと杯を傾けながら酒の味を楽しんでいる。

（綺麗な所作で腰に下げた鞘から長剣を抜き放ち、片手で構えを取る）

（とても楽しげにふふっと笑いつつ、その左右色違いの瞳は笑って無い）

（綺麗な挙動で長剣を鞘に収め）

（セルシア嬢にひらひらと手を振って挨拶してから踵を返し返し）

（綺麗な所作で腰に下げた鞘から長剣を抜き放ち、片手で構えを取る）