ことこと。ことこと。規則正しく、泡立つ鍋をかきまぜる。
　本日のメニューは、先だって要望のあった『シチュー』であったが、そこにさらにもう一つ要素があった。
　小さめに切った大量のじゃがいも。鍋の中でひしめき合うのを、決まった間隔でかき混ぜる。
　これだけを見れば、誰が一番喜ぶメニューか、恐らく調査隊の原因が即答出来るだろう。

　その『誰か』の方をちらりと見る。調査隊の中でも年少に属する少年。
　普段はくるくるとよく動く空色の目も、太陽のような声も、今日は一段と沈んでいる。腕の中でくたりとしているのは、虎のぬいぐるみ。しっかり抱えているので落としはしないだろうが、気の沈みようがそのまま現れている。

　彼がしょげかえった原因は、調査隊にとっても痛手ではある。
　目当てとした森林のエンブリオは、ついぞ発見出来ずじまいだった。これは、もう一人の希望者である精霊のこどもにとっても、その恩恵を受ける周囲にとっても、それぞれに痛手を被った。
　そこにきて、しばらくの間そばにいた彼の白虎――調査隊において、白虎と契約したものは複数名いるが、彼と契約した固体が、彼のそばからいなくなってしまったらしい。『解約』とされるものだ。
　他にも色々と蓄積はあるのだろうが、自分の見立てでは、その別れの痛手がかなり大きいように思う。

　そういったこともあり、元々の要望に加えて、好物であるじゃがいもたっぷりのシチューをこさえている。
　自分は、どうしても、こういう時には無力だと思う。相手に共感し、添うように考える。それが、至難の業に思える。
　かといって、何もしないでいるわけにもいかない。好きな食べ物を知っている。それはそれで意味がある。元気がないために食欲も、などというのは、調査の為にも、健やかな成長の為にも宜しくない。それを防ぐ工夫という意味でも、出来る事はするべきだ。
　――こうした発想が、魔女に『生真面目』と言われる種らしいが、それだけはどうにも、はいそうですとは答えられない。
　自分は自分でしかない。かといって、納得出来ないものに安直に頷く事を、よしと出来ない。

　そこで、比較的すぐ近くに気配を感じ、思考を中断する。気配に伴う音から、鍋の手は止めない。
　気配の主はそのままこちらへ近寄り、強靭なものを含んだ目でこちらを見上げた。

「時間まで、あとどれくらい見ればいい？」
「シチューはもう少しですね。いま、フィーさんがもう一品、仕上げにかかっていますから」

　頭の中で手順を想定し、時刻に換算する。

「10分もあれば、食器まですべて揃うでしょう」
「そうか。なら、待つとしよう。なにか手伝ったほうがいいか？」
「いえ、もう――珍しいですね」
「次の検討をするには、半端すぎるからな」

　成程、と思う。とりわけ研究者気質の強いこの少女は、決めた作業には一意専心で取り組む。やむをえず中断するのは仕方ないにしても、食事など、あらかじめ予定がわかっていることで、結果的に中断する羽目になるのは不合理だ。

「鍋ものですし、器も揃っていますから。座って待っていて下さい」
「そうか。――今日の献立は、エル用だな」
「お察しの通りです」

　簡単に看破された献立の理由は、煮崩れず硬すぎず、という仕上がりを待っている。

「これで特効薬のように立ち直れるとは、思いませんが」
「試してみないとわからないだろう」
「……ここは、実験と試行の精神を発揮するところではないような気がします」

　羨ましいと思ってしまったりは、していない、筈だ。おそらく。きっと。
　彼女の言うことも、間違ってはいない。自分の場合、自信がないだけなのだ。何においても。

「確かに僕もまだ小さい頃、好物で気を取り直す事は多かったですが……食べ物では癒せない悲しみもありました」
「ふむ。万能ではないな」
「はい。……いま思うと、何故僕は、転んだひざこぞうが痛いという理由で泣き続けていたのでしょう」
「……そういう気分だったんじゃないか？」
「そういう気分だったのでしょうね」

　瞬時に『心底どうでもいい』と顔に出されたものの、一応は帰ってきた返答に、深々と頷く。
　不思議なことに、状況や気分次第で、美味しい食事すら『ご機嫌を取られている』などと、罰当たりな考えに発展してしまう。
　故に、あらゆるすべての慰めは万能にならない。ままならないことだ。

「おなかがいっぱいになれば、多少はプラス思考になります。それに期待するくらいですね」
「前向きなのか後ろ向きなのか……そもそも、お前の泣き顔が想像不可能なんだが」
「いまとは大分違いましたから。年齢も、環境も」

　年表上でも、感覚としても、遠い昔の頃だ。
　この世のできごとを、今以上に何も知らなかった。そして、幸福だった。

「あまり泣かない方だったと思いますが、それでもたまには声を挙げてだだをこねて大泣きもしました。……そういう時は最早何を言われても無駄で。両親もそれをわかっていて、泣き止むまでほったらかしでしたね」

　鍋をぐるりと大きく一つ混ぜ、火を弱める。良い煮え頃だ。

「そして泣き止んだ後に、いつもより少し豪華なおやつが出ました。まだお客さんに出せるような食材を、使ってくれる。……当時、これはとてもすごいことで。父は、『泣き止んだごほうび』と言っていました」
「高価な材料だったのか？」
「いえ、そういう事ではなく……実家は食堂だったので、食材は基本、お客様のものと考えていたんです」
「なるほど。そういう価値基準もあるか」

　納得したらしい少女がひとつ頷き、ふと、視線を外して、呟いた。

「泣き止んだごほうびは、じゃがいもだけか？」
「はい？」

　一瞬意味が取れず、視線を追いかける。
　いつのまにか立ち上がった少年――まだ手の中につよくぬいぐるみを握っていたが、彼が自分からこちらに来るのが見えて、ふわりと口元に笑みが広がった。足元には、少年の護衛のように胸を張る、自分と契約した白虎が見える。

「そうですね。大盛りのじゃがいもを、たっぷりよそいましょう」
「やれやれ。特効薬の材料くらいにはなりそうだな」
「そう願いたいです」
「どんな薬も、最後は自分次第だ」

　年齢の割にシビアな発言が、いかにも彼女らしい。
　シチューの為に用意した器を手に、再び笑みがこぼれる。

　磨耗し、取り残された今でも。不意にこうして、誰かの幸せな声を聴く。
　大盛りのじゃがいもは、その役割を果たせるといい。今すぐ、ここでなくても。

廊下の向こうを眺め、ふい、と踵を返す

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　　（　�紂〇�　�紂法　，�しゃーん
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　／│　　塊　　│＼　　　　　　　　　がしゃーん
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