深夜の静寂。

　辺りを包む黒。

　手に伝わる肉の感触。

　スティレットから滴り落ちる赤。

　驚いたような、悲しそうな、アイツの顔。

　アイツの口から紡がれた、俺の名前。

　月が綺麗な夜だった。

　まるで嘲笑うかのように、見下ろしていた。

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「っ――――！！」

　飛び起きる。

　辺りはまだ薄暗く、太陽が昇る気配はない。


　冷や汗で服が身体に張り付き、不快感を増幅させる。


「っ……はぁ…………クソッ……！」

　ただ感情のままに壁に拳を叩きつけた。

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　水辺での探索を終え、クロウたちと合流した。
　獲得物を入れておいた袋をクロウに渡すとすぐにがさがさと漁りだし、ちょうど今一通り確認し終えたようだ。

「？」

　クロウが袋をひっくり返しているが、何も落ちてこない。
　それでも覗き込むんでいるが、やはり何もない。

　不思議そうにこちらを見上げてきた。

「なぁ、蟹はどこ入れたんだ？」
「無いけど」
「は？」

　何を言っているのかわからないという顔をしているためもう一度言い放つ。

「だから蟹は無い言うてるやろ」
「…………」


　しばしの沈黙。



「…………蟹」

　少し黙っていたかと思うと、突然勢いよく立ち上がり早口で捲し立ててくる。

「何で蟹取ってこなかったんだよ！　俺言っただろ！　絶対蟹取ってこいって！　蟹取ってくるまで帰ってくるなって言ったのに何で帰ってきたんだよ！　手摺だけしかないなんてこんなの絶対おかしい！　そんなのあんまりだ！！」

「……そんなん言うたってしゃあないやろ、蟹おらんかってんから」

「何でそこで諦めんだよ！　もっと熱くなって蟹探して来いよ！　馬鹿！　馬鹿馬鹿！　テオの大馬鹿野郎！　この暗殺者！　レックレスチャージ！　蟹星人！」

「…………」

　苛々する。
　普段ならこの程度の罵倒など何とも思わないだが、この時ばかりは今朝の夢のせいで機嫌は最悪だった。

　だからつい、今回の獲得物の一部――妙な液体とねばねばをクロウに向かって投げつけてしまった。

　しかも見事にクリーンヒット。



「…………」

　被害者のクロウは何が起こったのか分からないとでも言いたげな表情で突っ立っていた。



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　さっき投げつけたものは近くにあった湖で洗い流したが、クロウは

「…………」

　まあ見るからに不機嫌だ。


「あー……何か、ごめん」
「別に」

（怒ってるなぁ…………あ）

　ふとあることを思い出し、ごそごそと自分の荷物を漁る。

「ほら」

　そこから小さな袋を取り出してクロウに軽く投げた。

「ん。……なにこれ」

　受け取ったそれをまじまじと見つめている。

「お菓子。それも頼んどったやろ？　何が好きかとか分からんからとりあえず色々入れといたで。
　……まぁ蟹はないけどそれで機嫌直しぃや」

　そう言って子どもをあやすようにクロウの頭を撫でる。




　――その時、不意に重なった。彼の姿が。アイツと。




「っ――――！」
「あ、よっしゃマンボウパイが入ってる！！　リシュやエルにもわけてや……おい？」
「……っ、何でもない」


　口ではそんなことを言ってはみるが、何でもないわけがなかった。

　アイツを思い出すと、考えざるを得なくなる。
　ずっと避けてきた、あの事を。
　考えたくなくて、奥のほうにぐちゃぐちゃのまま放置してきた、あの事を。


　頭の中で様々な声が響く。


　忘れろ。　　忘れるな。
　考えろ。　　考えるな。
　引き返せ。　引き返すな。



　――気持ち、悪い。



「……おい、大丈夫か。体調悪いならリシュにでも魔法かけて貰うか？」
「っ…………悪い、先行っといて。すぐ追いつくから」
「……あぁ」

　クロウは何か言いたげな顔をしていたが、素直に立ち去った。



　湖に近づき、その水で顔を洗う。
　それと同時に水面に映った自分の顔が視界に入った。

「……酷い顔だな」

　そう、自嘲気味に笑った。




「……………………」

　今まで考えることを避けてきた。
　だが避けても避けなくても、変わらないのだ。
　何も、変わらない。


　どんなに考えても、どんな答えを出しても、




「……今更悩んだところで、仕方がないだろう」






　どうせ許されるわけがないのだから。









(Eno.2267 クロウ・アルファさんをお借りしました。ありがとうございました！)

仲間と離れた場所で、エルは独り考え事をしている。

元より、誤魔化しきれないとは思っていたが。
とはいえ、流石にバレるとバツが悪いというか居心地が悪いというか。
一瞬の真顔と言葉に、ぽりぽりと頬をかき視線を彷徨わせる青年である。

かと思えば微笑みつつの言葉に、呆れた表情を浮かべればため息一つ。

竜の嗅覚は鋭い。
人型ともなれば多少は鈍るが、コレほど近くにあって間違うことはそう無いだろう。
興味深そうにヴォルフを見た後、忠告に顔を曇らせる。

自分で自分の身をかき抱く。
そんな事態にだけは頼まれてもなりたくない。
言動からそんな意志がコレでもかと言わんばかりに滲み出ていたりするかもしれない。

一方、マジマジと身体を見る視線には険しい顔だ。

ほんの僅かに頬を赤らめているのは、羞恥からのものだろう。
軽く涙目なのも止む無くとは言え女装しなくてはいけない現状に嘆いているからのものだ。
クオリティを褒められはしたが素直に喜べない。
そんな感情がありありと窺える顔でヴォルフを睨んでいる。

……まあ、とはいっても。
傍目から見れば涙目で頬を赤らめる女性チックには見えるのかもしれない辺り罪深い。

そんな感じに嘆いていたので、最後のヴォルフのつぶやきは青年の耳には届かなかった様だ。
それだけは、ある意味この場で唯一と言っていいほどの幸いだったのかもしれない。

そういって、エルはもう一度遠くを見るようなまなざしで、どこかを見つめている。
……ひとしきりして、その焦点があなたに合う。

……如何なる心境の変化があったのか。今まで、言われることに答えるだけだったエルが、
初めてあなたに問いかけてくる。あなたが離脱していた間に、何かあったのかもしれない。