シュガーたちは水辺での敗北の後、荒れ地へと追いやられた。荒れ地の敵は水辺の敵よりも強い。しかし、連敗するわけにはいかない。シュガーたちは限られた資金、限られた装備、限られた食料のほぼ全てを動員し、荒れ地のエンブリオたちに立ち向かうしかなかった。

シュガーたちは戦闘前に手持ちの食料を全て食べきり、装備を融通し合い、荒れ地を警戒しながら進んでいった。すると、もうもうとした煙が辺りに立ちこめ始めた。風が吹きすさぶ音がして、さらには猛禽の声がする。レッドファルコンを中核としたエンブリオの群れがシュガーたちを取り囲もうとしていたのだ。

火の粉をはらんだ煙がシュガーたちの当たりたちこめ、明瞭な視界が失われてしまう。すると、シュガーは示顕のごときイメージを見てしまった。煙にあぶられ、辻風に切り刻まれ、惨めに敗北してしまう自分たちのイメージが。

メルンテーゼにいる人々は、時々、自分達の様々な可能性を垣間みる事があるという。可能性というのは、物事がどのように転がるのかについての、様々なヴァリエーションのことである。道を歩いていて猫に出会うのか、犬に出会うのか、お宝を見つけるのか、がらくたを見つけるのか、などなど、だ。

この世界では、異なる運命が重なりあって存在しており、どの運命に確定されるかは神のみぞ知ると噂されていた。だが、結局、世界は最後には１つに確定する。シュガーが見た己の敗北のイメージも、高い確度で起こりうる事象なのである。

また負けてしまうのか。シュガーの胸中に不安と絶望の黒雲が立ち込める。しかし、シュガーは唇を噛んで敵勢を睨み返す。シュガーは思い出す。己はもう３度も負けている。ここで敗けてしまえば、王のもとへと進行することがさらに難しくなる。負けるわけにはいかないのだ。

シュガーは瞑目して異界とこの世界を接続する手続きを開始した。立ち込める煙に潮風が混じりだす。紫の鬼火が立ち上り、その炎の背後に平家の武者共がゆらゆらと揺れている。その鬼火の炎から続々と歩み出るは、平家の若武者たちだった。

シュガーは西国を転戦していく平家の若武者達のことを思った。知章は父を守って討ち死にした。行盛は最後まで戦い抜いて兄弟たちと仲良く入水だ。それでも、運命に立ち向かっていった若武者たちの勇気を思うと、シュガーの胸中も静かに覚悟が定まるようだった。

シュガーはパーティメンバーに目配せをする。

とある武将は言ったそうである。運命は天が決めるものであるが、変えられないものではなく、「運命には逆らえない」と思うのは間違いである。武士であるなら、「自分が進むべき道はこれ以外にない」と覚悟して、自分で自分の運命を決めるべきである、と。

メルンテーゼでは様々な可能性が重なりあって存在しているという。だから、その可能性の重なりあいのどこに、「勝利した運命」というものも、きっと存在するはずなのだ。シュガーはそう信じることにした。

猛禽が甲高い声でなき、戦闘の火蓋が切って落とされた。火の粉をはらんだ煙がもうもうと立ち込め、あまりの熱さと息苦しさにシュガーは肺腑が焼けるかと思うほどだった。魔弾と斬撃が入り乱れ、攻防は一進一退となり、混戦となった。シュガーは敵のエンブリオを後一体まで追い詰めたものの、力尽きて砂地へと倒れこむ。最後に視界にうつるは、最後に残ったレッドファルコンと独り対峙するアイリスの揺れる銀髪であった。

シュガーが目を覚ますと青い空を見上げていた。頭を起こして辺りを伺うと、己は手当をされて敷物の上に寝転がっているようだった。アイリスが同じく寝転がっているエクレムと嬉しそうに言葉を交わしており、黒月がレッドファルコンを従えている姿が見えたので、自分たちは戦闘に勝利したことがわかった。シュガーはふぅと安堵の溜息をついて再び横になる。

辛うじてだが、俺たちは勝った。そう、辛うじてだが「勝利の可能性」をうまくつかむことができたのだ。シュガーの胸にじわじわと満足感が広がっていく。そして、ゆっくりと手を空へと伸ばし、掌を天へとかざし、掌で何かを力強くつかみとる。

そして、風とともにシュガーの耳元へ冥府からの声がとどく。その日は加えて海の下の竜宮城からも声が届いたのでシュガーの耳元は少々騒がしいことになっていた。

耳元で帝と冥府の小気味のよいやりとりを聞きながら、シュガーは瞑目して独り思う。運勝ちがあれば、運負けもある。だから、次は確実に勝たなければならない。そして、シュガーは思う。己が王へ至る可能性は皆無ではないのだ、と。

シュガーは怨霊と会話をしているようです

ハチェットのカバーを外す。硝子の青い目が揺れた。

シュガーは怨霊と会話をしているようです…

シュガーは怨霊と会話をしています…