初めに“それ”に気が付いたのはヴァルトの連れるエンブリオ、フランメだった。

「なア、大将。妙な声がしねエかィ？」
「……声、ですか？」
「あア、確かに聞こえるぜ……ただ、『声』ってのは間違いかもなア」

訝しがるヴァルトも、一度目を閉じ耳を澄ませる。そしてすぐに目を開けると肩に乗る小柄な相棒へと頷いた。

「確かに……これは、頭の中に直接……ですね。」
「大妖精、とか言ってたな……妖精と言やア、こないだの。」

二人の脳裏に、一人の青年が思い当たる。それが『声』の指す青年かどうかは今はまだ知る由もない。
ヴァルトはもう一度目を閉じ、今度は口の中で何やら繰り返し呟いてみた。どうやら返答を、誰何をしているようだがすぐに目を開ける。

「駄目です……どうやら一方通行の様ですね。この―――念話は。」
「だろうなア、あの口振りじゃアここいら一体の連中に一斉に飛ばしてンだろ。」
「そうしたら逐一返答を返されては、堪ったもんじゃないですね。」
「だなア。……話を聞くにもケチつけるにも、行くとこ行ってみねエ事には始まらねエってか。」

聞かなかったことにするつもりは、どうやらこの二人には無いらしい。
一人と一匹は顔を合わせると、旅の同行者へと軽く断りを告げ、単独で話の中にある『丘』へと向かった。


―――その道中。

「そういえばフランメ？」
「あァ？ンだよ、大将。」
「普段ならこういう事態は煙たがりそうなものなのに、やけに乗り気ですね？」

木立の中を先日模写しておいた地図を頼りに丘を目指す。そんな最中にヴァルトは１つ疑問を口にした。

「ンだよ、ンな事も忘れちまイやがったのかァ……」

溜息を溢すフランメに、ヴァルトは首を傾げてみせる。覚えていないものは覚えていない、これは致し方の無い事だった。
暫しの逡巡の後、仔鼬は億劫そうに語り始めた。

曰く、彼は普通の、このメルンテーゼに存在する【エンブリオ】と呼ばれる存在とは全くの別物である、と。

「まず可笑しいと思わないかねエ、記憶の無ェアンタにだ、馴れ馴れしく引っ付いてる奴が居るなんてよ。
　俺ァ、そもそも大将と同じとこの出身よ。とは言え、アンタの素性を語る事ア出来ねえ。」
「どうしてです。」
「そういう契約でアンタに憑いてんだ。今はその話ァ関係無ェだろ。
　話を戻すぜ。
　俺らはもともと、憑いたものの強い感情を食って、それを魔力にして生きてんだ。」

続けて言うには、食する感情は個体によって違うのだが、根本的には「生きようとする願望」を好物としているとのことらしい。
これは人間のみならず、動植物、ありとあらゆるものに存在するらしく、またその『食事』の対価として自らが食した『願望』を叶えるのだという。

「なるほど……と言う事は、フランメは今も俺の感情を食べているというわけですか？」
「なァに寝ぼけた事言ってんだ。ここじゃア、他のエンブリオ連中と同じ様にネクターの魔力食ってんだろォよ。
　ただ、やっぱり慣れねえ魔力じゃア体の巡りも悪いからな。
　そこいらのエンブリオからちょっとずつ、『願い』って形で魔力を頂戴してんのさ。」

だがここまで話せば今回の件、解るよな。と獣は牙を剥きだして笑みを浮かべる。

「だからよ、何だ、ローバルッつったか？そいつらに横取りされんのは気に入らねエのよ、心底。」
「ああ、なるほど。」
「こちとら申し訳程度の魔力しか貰ってねえってのに、聞きゃあ連中お構いなしに喰らってんだろォ？
　そんなもん、捨て置く方が無理ってェもンだ。こっちも死活問題になって来やがらア。」

ブツブツと愚痴るように語る相棒を肩に乗せ、ヴァルトは苦笑するしかない。
ともあれ、詳しい事情はこの先で聞いてみない事には始まらないだろう。手にしていた地図を仕舞いこむと、携える武器を持ち直して慣れた足取りで木立の中を一気に駆け抜ける。



「お互い食うか食われるか、ってとこだが……まア良い。俺もちったア退屈してたところよ。」


仔鼬の溢した呟きは、風に乗って木々の中へと消えて行った。

こくり、と縦に頷いて、笑ってみせた。