一人の少女が夜の校舎を走っている。
躓いてこけそうになりながらも必死になって走り続けている。
何かに追われるように、
何かから逃げ出すように。
校舎の中は深い闇に包まれていて、
少女が何から逃げているのは分からない。
ただ必死に走り続けている。
切れる息、
軋む体。
走る、走る。
ただ走り続ける。
だが、ずっと走り続けていれば、
いずれ限界は来る。
たとえどんなに鍛えていたとしても、
全力で走り続けていれば尚更に。
そんな少女の目の前に、
不意に扉の空いた教室が目に飛び込んだ。
渡りに船とばかりに、
勢いよく少女は其処に飛び込み、
扉を閉め、、
乱れた息を整える少女。
教室の中も外も静寂に包まれ、
何の音も聞こえない。
「逃げ切れた……の？」
追いかけてくる音も聞こえない事を確認して、
安堵の息を大きく吐く。
「全く、どうなっているのよ……
　私以外は全滅、
　たった一人を葬るだけの簡単な仕事だったのに、
　狩るはずが、
　私達が狩られる側。
　逃げようにも何故かどこからも逃げられない。」
少女はそう呟きながら銃を取り出し、
窓に狙いをつけて銃を撃つ。
――音でここにいるのがばれるかもしれないとは思いつつも、
少女にとってそれが最大威力を持つ武器だからだ。
だが、その銃の力をもってしても、
何かに弾かれるように窓にあたった弾は落ちる。
――それは即ち、
力づくで出ようとする事は不可能という事である。
「ここもダメ……か。
　ああ、もう……！」
苛立ちだけが募っていく。
落ち着かない様子で次の手を考える。
(――ここから出て……いえ、もう少し休まないと……
――ここに留まる……それが一番無難。
けど、留まったからといって自体が好転するとも限らない。
完全に詰んでる……
とりあえず、十分休めるまでここに留まって、
それから後の事は考えましょう。
ええ、それが良い……)
そうと決まれば、と、
教室の中の机と椅子でバリケードを作る少女。
バリケードが完成し、
一安心した所で少女の背筋が震え上がる。
少女の首筋に息のようなものが吹きかかり声が聞こえたから。
「ミぃつけタ……」
楽しそうに笑うような声。
恐る恐る少女は振り向く。
其処には顔の左半分を吹き飛ばされ、
残された右半分の顔で嗤う女が――

「まった。」
「うん、ちょっと待とうか。」
「え、なんの話ウサ？」
――話を遮り、三人の声が魅月を制止する。
「――何が？」
そんな三人の様子に首を傾げる魅月。
何もおかしな話はしてないのに、
変な人達といわんばかりの視線を三人に向けながら。
だが――
「私は皆がどんな人なのか理解する為に、
　自分に関わるエピソードを話して欲しいと言ったわけで、
　なんで関係の無いエピソードが始まってるんですかねぇ……
　というか、完全にホラーじゃないですか、ヤダー！」
怖いの苦手なのにと、嘆くアルネスに、
「それいぜんに、みつきぜんぜんでてないよね。
　しょうじょもみつきとはかんじちがうし……」
「そもそも、なんの話だかさっぱりウサ。。。」
エモもペルチェもまるでなんで魅月がこんな話をしたのかに、
首を傾げる。
「？
　出てるじゃない。
　最後に。」
その様子を見て、ああ気づいてなかったのねと、
一つ頷き、さらりととんでもない事を口にする。
もっとも、
とんでもないと言った所で、
魅月の事を考えればとんでもないというよりは、
やっぱりというような感じが強くはあるが。
『……』
絶句する二人。
――エモは話をそっちのけでおにぎりをかじっているが。
そんな三人を気にした風もなく、
魅月はなおも言葉を続ける。
「――正味の話、
　私の話なんて自分視点で続けても面白くないし、
　違う視点から、
　私の事をなるべく話さないように、
　尚且つ、それでいて私の話を心掛けたのだけど。
　怪談っぽくしたのは、
　私を表すには丁度いい話ではあるもの。
　派手な話なんてありはしないわ。」
「別の意味で派手だった気がするんですがねぇ。。。」
「そう感じるのは……
　面白くなるよう話したからじゃないかしら？
　そもそも私自身は普通の人、
　並よりちょっと上程度の能力しかないと思うわよ？
　それで話を続けていいのかしら？」
「あ、うん。どうぞ。
　でも……種明かしは後でしてくれる？」
「保障はしないわ。」
「ソウデスカ。」
絶句しながらもそういう事ならと耳を傾ける体勢に入った、
エモとペルチェと違い、
突っ込みを入れてくるアルネスは、
本当にからかいがいがあると人の悪い笑みを浮かべる魅月は、
アルネスが聞く体勢になったのに気付いて、
再び口を開く。

「ひ、ヒィッ！？
　な、なんで……
　いつの間にどうして……！」
「よくも私を殺してくれたわね……」
「し、しょうがないでしょ！
　見てはいけないものをみたんだもの、
　口封じしないと、
　私がッ……！」
「殺される？
　でも私も殺されたのよ。
　だったらお相子だと思わない？」
「――うるさい！」
少女は魅月を突き飛ばし、
銃を構えて魅月を撃つ。
弾が切れるまで、
何度も何度も――
撃たれる度に、
魅月の身体が衝撃で跳ねる。
やがて、弾が撃ちつくされると、
「こ、これだけやれば――」
魅月が動かないのを見て、
もう二度と起き上がらないよう願いながら、
銃を仕舞い、
外へと出ようとする少女。
こんな所から早く離れたい、
そんな淡い願いも、
不意に少女の足首を掴んだ手によって潰える。
「死んだと思ったの……？」
そんな魅月の声に、
少女の声なき悲鳴が響き――
少女の意識はそこで暗転し、崩れ落ちた。
「はい。私の勝ち。
　これで全員捕まえたかしらね。」
少女の足首から手を離し立ち上がる魅月。
傷口から銃弾を取り出して、
指を鳴らすと、
まるで怪我などなかったかのように、
魅月は無傷の状態へと戻る。
「――制服まではどうにもならないのが、
　一番の問題ね……
　それじゃ、
　楽しいお話と行きましょうか。
　大丈夫、殺しはしないわ――」
そして……

「結局その少女を現在私はパシリに使っているわ。」
おしまい。
とでも言うかのように、
魅月は用意してあったお茶を啜る。
そんな魅月の話に対する反応はというと、
「ほほう。
　ぱしりって、
　もちろんたべものもってきてくれるんだよね？」
「勿論。
　お腹が空いたっていったら代わりに食べ物かってきてくれるわ。」
「わたしもぱしりほしい。」
「頑張って探してみたらいいんじゃないかしら？」
話の内容そのものよりも、
パシリについて食いつくエモに。
「ホラーはにがてウサ。。。」
ネタばれしてしまえば、
さして怖くない話ではあるものの、
ホラーは苦手らしく、
怖がるペルチェ。
そして――
「……先生、色々突っ込んでもよろしいでしょうか。」
「何？
　問題でもあったのかしら、アルネスさん。」
何かぷるぷると震えながら、
おずおずと手をあげて自己主張をするアルネス。
――どうやら、突込み所が多すぎて我慢していたらしい。
「話が終わった後から、
　パシリになったまでの繋ぎが、
　一切描写されてない気がするんですが……」
「つまらないからカットしたわ。
　――何、おはなしの内容でも知りたかったの？」
「……制服以外にも、
　気にする事は色々ある気がするんですがねぇ……」
「ああ、確かに……
　校舎の弾痕はちょっと面倒だったわね。
　まぁ、
　全部私は丸投げしたから別にどうでもいいのだけど。」
「……魅月さんが横暴なのは良く分かりましたっていうか、
　デッスヨネーとしかいえない私が悲しい……
　じゃあ、最後なんだけど、
　種明かしと、傷が一瞬で治ったのは？
　確か死なないといけないんじゃ……
　死んでいる状態から動けるようになるって事は、
　傷は完治してるはず……で、いいんだよね？」
「そうなるわね。
　死ねばリセットされるようなものだから、
　死んだ状態で動く事は普通なら出来ないわね。
　――じゃ、それもふまえて……
　ちょっと組手しましょうか。
　そうね――
　霊による直接干渉は一切しないと約束するわ。」
突込みをいれるアルネスに、
その突込みをさらりと流しながら、
本題に入るや否や、エモとペルチェと距離を取り構える魅月。
それに対し――
「え、それってつまり、
　霊での攻撃も防御もしない……？
　いやいや、
　魅月さんは弱いんだよね？
　えっと、本気でいっていいの？
　死なないのは知ってるけど。」
「――そうよ。
　本気で来なさい。
　今のうちに慣れておいた方がいいわ。
　私自身に何かあって動揺されても困るもの。」
慌てるアルネスだが、
魅月の回答と目を見て、
その真剣な様子にやれやれと諦めたように魅月と対峙する。
「――手加減できないよ？」
「手加減はいらないわ。
　それじゃ、コインが地面に落ちたら遠慮なくどうぞ。」
――対峙したアルネスが構えたのを見て、
魅月はコインを弾く。
コインが宙を舞い、地に落ちると同時に、
アルネスは地を蹴って魅月へと突撃する。
直線的で単純。
だが、それ故に生み出される速度と破壊力は桁外れである。
初日に対峙したラルフなど可愛いものと思えるほどに。
ならば、
当然の如く、
魅月の結末は一つでしかない。
その一撃で吹き飛ぶという単純にして明快な結末。
だが……
「――」
その突進しながら振りかぶった斧を見て口元に笑みを魅月は浮かべ――
振り下ろされる斧をそっと払いのけるようにかわし、
アルネスの懐に飛び込む。
「ちょっ！させる――」
体をねじりアルネスはそんな魅月の動きを迎撃するかのように体をひねり、
斧の軌道を変えようとするが、
それよりも早く――
足を払われアルネスの身体が宙に浮く。
間髪いれずにアルネスの喉を魅月は掴むと、
そのままアルネスを地面へと叩きつけた。
「――カハッ……！？」
ダメージはそう大きいものではない。
このまま喉を掴まれた所で、
振りほどくのもそう難しくもない。
だが――虚をつかれ呼気を奪われ、
アルネスの体が一瞬硬直する。
これが本気の戦いであれば不味い状況だが――
「――まぁ、心配しないでもここから繋げるだけの力はないわ。
　続けるなら私の降参よ。」
これは実践ではなく模擬戦であり、
魅月の言葉通り魅月にはここから繋げるだけの力は残っていない。
故に、そういうと即座にアルネスから離れる。
アルネスは喉をさすりながら立ち上がり……
「……弱いとかいってたら思いっきり極められてたんだけど……」
「ええ。でも、私はラルフの突撃を流す事も受ける事も、
　当然避ける事も出来なかったわよ？」
「……でも、それが出来た。
　それが種明かし？」
「そ。
　霊を操るのよ？
　なら、霊で自分を強化したり、
　一時的に幻覚をみせたりね。
　それで私がいないように見せたり、
　――まぁ、応用性はある程度はあるわ。
　ただ、これには問題も一つあるの。」
「問題？」
「……多少ならともかく、
　一定以上の霊の力を使って、
　力を使いすぎるとそれだけ人間離れしていくのよ。
　そもそも人が使うような力じゃないし、
　暴走ならともかく、
　意図して使っていくとなると。
　――だから、まぁ、私自身には期待しないでね。」
「把握。
　――あれ？」
自分は弱い、
けれど、それを補って戦ったり、
援護する術はあるが使わない。
その説明をする魅月にアルネスは頷きながらも、
ふと、とある疑問が浮かんだ。
それは――
「――結局の所……
　魅月さん自体は何もしないって事でいいのかな？」
「ええ。そうよ。」
本人は何もしないといっているも同じである。
という事。
勿論理由はあるから無理強いは出来ない。
けど――
「いざという時は……」
「何もしないけど。
　別に本気で死にそうになったら引きずって撤収すればいいし。
　重すぎるものは後で回収になるわね。」
「……デスヨネー。
　うん、なんで組んじゃったんだろ。
　いや、頼りにはなる、頼りにはなる気がするけど……
　私だけ明らかにういてるし、
　肝心の要のやる気がないッ……！」
食いしん坊の精霊に、
ぬいぐるみに、
やる気に欠けて、本人が戦えない女。
向かう先は更に激しさが増していく戦いの地。
――これで不安にならない方がどうにかしている。
頭を抱えるアルネス。
そんな時――
魅月の携帯から音楽が流れる。
その音楽に、
「あら？
　――ここでも電話が通じるのね。」
と魅月は首を傾げると、
携帯を取り出して着信を見る。
古い電話番号の方に着信があったという連絡。
「――
　これはまた久しい人から届いたものね……」
番号を確認すると、
二度と会う事はないかもしれないと、
思っていた人物からの連絡である事を知って、
愉快そうに笑いながら、
魅月は自分の携帯から、
古い旧友へと電話をかける事にした。