■ おいてけ森

マニー親分一行が進んでいるのは昼なお暗い森のなか。
その先頭に仮面を被ったちびのえんぶりおが胸を張って歩いている。

「おめえさん、本当にここら辺りに詳しいのけえ？」とマニー親分。
「あたぼうよ、おいらに知らねえことはねえ」と仮面の小僧が請け負った。

この仮面のえんぶりおはキンジっていう新しい乾分だが、
城内の奥に進んで不案内な親分たちに道案内をしてやろうと名乗り出たってわけだ。
だがこのキンジ、ちっとばかり悪いクセがあったようだ。

「おっと気を付けな、親分さん」とキンジが声を上げた先には毒々しい花畑が。
「そこいらはむかし墓場だった場所でなあ、夜になると花が亡者の顔に…」
と、さもおどろおどろしく話すのだった。

その話しに親分は「へえ、そうかい」と呆れ顔。
それもそのはず、キンジはさっきからそんな怪談ばかりを話していた。
やれ首縊りの木だの、やれ人食い猪だのと尽きることがない。
親分はもうほとんど聞き流していたが、怖がりのハチベはたまったもんじゃねえ。
キンジが喋るたびに真に受けてぶるぶるしている。

「まあそれだけ法螺が吹けりゃ却っててえしたもんだがな」と親分。
「なんだと、おいら法螺なんか吹かねえ」とキンジは大真面目だ。
「それじゃあとっておきのやつを教えてやるよ」と息巻いた。



キンジの話しによると、この先の森は"おいてけ森"と呼ばれているらしい。
この森は木の育ちがよく、枝にはいつも林檎やら蜜柑やらが鈴生りに生っている。
いつかここに迷い込んだ一揆者の男がそれを見て大喜び、抱えるほどにもいだんだが。

「おいてけ、おいてけってな、帰ろうとするそいつの後ろから聴こえてくるんだ」
と、キンジは目一杯の低い不気味な声で語った。

一揆者がその声に気付いて後ろを向く。
するとそこには木と同じくらいの背丈を持つ大入道が立っていた。
男は果物をそこら中にまき散らして一目散に逃げ出したって話しだ。



「そいつぁ…どこかで聞いた気がするなァ」と聞き終わった親分は言った。
「なんだい、疑り深い親分さんだね」とキンジは膨れるが、平和なもんだ。
だが臆病なハチベだけはそう呑気にはいられねえ。
今にも森の向こうから「おいてけぇ」と聴こえてくるようだった。

「というか、本当に聴こえているような気がするのはあっしの空耳ですかね」
とハチベは半ば冗談のつもりで言ったのだが。

「おいてけえ…」

声は確かに森の奥から聴こえてきた。
そこには鈴生りの果物はなかったが、進んでいくと地面にぽつんと林檎がひとつ。
だがそれは人の頭程もあって、そいつから声が聴こえてくるようだ。

「おいてけ、おいてけえ…」

これを見たキンジ、急にそのお喋りな口を閉じた。
そのままがたがた震えるハチベと一緒に親分の背中に隠れるところを見ると、
キンジも強がっているのは上辺だけで、案外怖がりな口らしい。

「まあしかし、何をおいてけって言うんでえ？」と親分。
ゆっくりとそいつに近付くと、林檎の下から何かが出てきた。
それは根っこのようにでかい林檎の底から生えた、でかい人間の体だった。

「身ぐるみ全部、おいてけえ！」

土から出てきた林檎入道が、今までよりも更に凄みのある声で吠えた。