結果から言えば、成果はまったくといっていいほど無い、散々なものであった。

夜の真逆である昼ならばどうかと思ったが、そもそも自分たちは昼間に散々話していたではないか。
そして、その意味が通ったことが一度でもあっただろうか。
眠りの妖精が眠っているときならどうなのか、と彼が短い眠りについた際に、傍らにいることも試してみた。
結果から言えば、そもそも彼は寝言を言わないたちであったようだし、それで成功したとして、会話は成立しない。

そのほか、目をつぶる、距離を置いて叫ぶ、額に水をかけるなど、思いつくものは色々と試したが、何の目星も無いのだ。
星無き夜空を見て、正しい方角を探り出せるのか。
そんなものは、偶然でも起きない限り成しえるものではない。

疲れた様子を隠すこともせず、カリンカランとヴィツは足元の砂地に腰を下ろす。
二人にとっては、水辺の砂利粒も中くらいの石ほどの大きさになる。
それを適当にどかしながら、二人は水辺を心無く右往左往とする魚たちを見つめた。

非難の色ではない声色を聞き取って、カリンカランは安心する。
彼は彼で、この状況に困っているのだろう。
そして、その声がしゃがれていることにも気づく。
カリンカランはヴィツの喉元にそっと手を当てると、そっと祈り始めた。

淡い光が、ヴィツの喉元で明滅する。
彼がア、アと声を出せば、少しばかり喉の調子が戻ったらしいことが分かった。
カリンカランはというと、どうでもいいことをぼんやりと考えていた。
まじない言葉を喋る彼でも、なんとなく出す声は我々と似たようなものなのだな、と。

声色でなんとなくの意思の疎通は取れる。
単純な言葉のやり取りなら、意味も通るというのに、なかなかままならない。
この状況で彼らが人間と交流を持っていたことにも驚きなのだが、彼らは子供に眠りをもたらす妖精だ。
そして、子供が自主的に眠るように、彼らの親が脅しに使うための妖精である。
伝承どおりの生き方をしていたならば、彼らザントマンと人との間には、言葉はさほど必要なかったのかもしれない。

ぽちゃり、魚が跳ねる。
それをどこからか飛んできた鳥が鷲掴みにしていくのを二人で眺める。

さっぱり。

そう発言しようとした口は、次の瞬間砂利に口付けをしていた。
感じたのは、ぐいと手を引かれる感覚。
そして、吹き飛ばされそうなほどの突然の風量と、鳥の声。
すりむいた肘に反射的に回復魔法を施しながら後ろを振り向くと、倒れる大きな陰の姿があった。
―先ほど、魚をさらっていったのと、同種の鳥だ。
おそらくは、自分たちが狙われていたのだ。

ヴィツが手持ちの袋をしまいこむ動作と、少し煙い空気が周囲を覆った。
青く光る、ザントマンの砂だ。
戦闘中はアジュガと共に、何度かその能力が行使される瞬間を見てきたが、ここまで間近で見たのは初めてだった。
少し気が遠くなる感覚がある。自分もこの砂に少し、やられているのかもしれない。

それを現実に引き戻したのは、再び差し出された掌。
気遣いに甘えて、カリンカランはその手をとった。

そう言いながら、ぽんぽんとほこりを払う。
確かに自分は虫に似ているが、食ってかかろうなんてなんてばかな鳥だろう。
妖精は死んでもいずれ蘇るが、だからって一回でも死ぬのはごめんだ。
そんなことを考えながら、一つの違和感に気づく。

それは相手もそうだったようで、お互い顔を見合わせた。
先ほどと同じように、手を繋ぐ。

―分かってしまえば、とても簡単なことだった。


手を繋いでいる間は、言葉が通じる。
そしてそれを離してしまうと、言葉は通じない。
何度か検証を重ねたが、これでまじない破りは確定のようだった。
思えば、普通に言葉の通じるザントマンも数多く砂地で見てきたし、上位妖精の中でも下位の部類とは踏んでいたが―。
ここまで単純だと、呆れも通り越して笑えて来てしまう。
面白がって何度も手を繋いでは離そうとするカリンカランに、ヴィツは少々疲れた様子を見せた。

これでとりあえず最後、とカリンカランが手を差し出す。

ぐっと握られた手は、暖かく。

奴隷という単語を聞いたガルは、いつもより不機嫌そうに見えるかもしれない。

シオンはカリンカランの問いに申し訳なさそうな表情でコクコクと頷く。
その不安そうな立ち振る舞いは、常に冷静でいたハルとは似ても似付かない。

突っ掛かってきたのはトガノの方だった。
殆ど同情するような態度のシオンを突っぱねるような勢いである。

やや不機嫌そうな表情を浮かべ続けながら、アジュガに問う。
どういうわけか口調も今までとは随分と異なるものになっている…。

それ以降、2人は押し黙ってしまう。