夢の中で安徳帝の激励を受けたシュガーは、一揆の進行を貫徹し、必ずや王に会うと決心した。しかし、現実は秋雨のごとく冷たく、水辺での戦闘でシュガーはまたしても敗北を喫してしまった。薄暗い空模様の下、冷たい雨が降る戦場を、シュガー達は王城側のエンブリオ達に追い立てられて敗走する。退路は川べり、広庭へと抜けることができる橋を目指していた。

雨の音を聞きながらひたすらにぬかるみ道を進んでいると、その単調な足音にシュガーの精神は混濁していったのか、足音に混じって平家の怨霊たちのささやき声もきこえてくる。平重盛の息子たちのボヤキ節であった。

シュガーは夢の中で安徳帝に「俺の進む道の先に『勝利』ことを証明してやろう」と大見得をきっている。その舌も乾かぬうちに早々に敗北するとは、シュガーの面目は丸つぶれというわけだ。

シュガーがため息をつくと、息は白くなって流れていく。雨は止む気配はない。指先は冷え、雨を吸った雨具と荷物が身体に重くのしかかる。

シュガーは思い出す。資盛と有盛は、三草山の戦いで源義経に敗れた後、一の谷の決戦に参加することなく、屋島の平家本陣に落ち延びたことがあるのだ。彼らはその時のことを思い出しているのかもしれない。怨霊の無念を慰撫するのが怨霊拳の使い手の役目である。しかし、現状は誠に情けないもので、怨霊たちの憂いが晴れそうな気配はない。シュガーは我が身の不甲斐なさを顧みて再びため息をつく。

意外にも、怨霊たちの口調は明るかった。資盛も有盛も、シュガーの沈んだ心持ちを慰めようとしているかのようであった。そして、ふとシュガーは資盛と有盛の他の兄弟達の最期のことを思い出す。彼らの兄の維盛は敗走した平家一門から離脱し、弟である清経は希望を失って入水して果ててしまった。資盛と有盛は、そんな兄弟とシュガーとを重ねあわせ、心憂きことにならないか、心配しているのだろう。

シュガーは心中で独り言つ。怨霊を慰めるべき怨霊拳の使い手が、逆に怨霊に心配されるとは、本末転倒な事態ではある。だが、ありがてぇじゃねぇか。資盛にしても、有盛もにしても、彼らは育ちのいい、細やかな配慮のできる、心の優しい者達だったのだろう。その労りは雨に冷えた胸に染み入るよう。

ニヤと不敵な笑みを浮かべ明るい口調で怨霊たちに応える。甘酒でもいいなあ、と他のパーティのメンバーにも聞こえるように明るい声で。

シュガーの胸中にふつふつと闘志が沸き上がってくる。死霊の労りを感じられるのは、己が怨霊拳の使い手だからだ。だから、思うのだ。今度は、己が怨霊拳の使い手として、彼らに勝利を見せてやりたいのだ。敗走の果てに壇ノ浦に沈んでいった彼らに、今度は希望に満ちた道のりというものを、見せてやりたいのだ、と。

そうして、疲れた身体に鞭打って、シュガー達はようやく水辺から広庭へ抜けることができる橋へとたどり着いた。しかし、橋の近辺には多くの敵勢のエンブリオ達が配置され、一揆の参戦者が広庭へと撤退するのを阻んでいた。

パーティの誰かの口から、己達の運のなさを嘆く声が聞こえてくる。なるべく安全な広庭へと抜けたいが、シュガー達の体力は損耗しきっており、橋周辺のエンブリオ達ともう一戦交える余裕はない。

シュガーたちは辺りを見やるに、対岸にもシスターが独り立ちすくんでいるのが見えた。表情は無表情で、どうも呆然としているように見えた。

パーティからは、対岸のシスターと協力すれば橋周辺のエンブリオたちを挟み撃ちにできるのではないか？という意見もでた。しかし、そのアイディアを検討したところ、シスターと意思疎通をする手段も乏しく、また、下手にシスターに合図を送ると、橋周辺のエンブリオたちを刺激して逆に襲撃を受ける恐れもあり、協働しての突貫は難しいだろうということになった。

伏兵のエンブリオもいるかもしれない。他の参戦者が幕営する自陣ともいえる場所へと一刻も早く退避すべき状況である。日の入りまでに幕営地へとたどり着かなければならないため、決断は即決でなされた。パーティは広庭ではなく荒れ地へと撤退することにした。

雨は止む気配はない。シュガーの耳元に平家の怨霊たちの声が届く。平清経の不安げな声であった。

シュガーは心配すんなとばかりにニヤと不敵に笑ってみせる。

平清経は笛の名手として知られている。シュガーの耳に、優美な軽やかな笛の音が聞こえてきた。そして、笛の音に重なって、今日も今日とて冥府の彼方より声が届く。笛の音に合わせて鼻歌を口ずさんでいた。

ぼやきつつも、シュガーは不敵に笑ってみる。タフな状況ではあるが、気力は不思議と衰えていなかった。多分、清経の笛の音のおかげだろう。対岸のシスターも無事に撤退できればいいが、などと思いつつ、シュガーは足早に橋から立ち去った。口笛を拭きつつ、荒れ地へと向かうのだった。

シュガーは怨霊と会話をしているようです

ハチェットのカバーを外す。硝子の青い目が揺れた。

シュガーは怨霊と会話をしています…