第10話　神の祝福

時は少し戻る。

神父のその呟きに、空気の重さが変わった。
飲み屋を徹底的に破壊した黒服達の銃口が神父へと向けられる。
火災と派手な銃撃戦で人通りは途絶え、乾いた風が通り抜ける。
黒煙に乗って火の粉が舞い散り、有害なガスとなって燃える建材の臭いが鼻についた。

軽薄な銃撃音が世界を占める。
黒煙を幾筋もの銃弾が貫いて散らし、無数の薬莢が大地を跳ねる。
荒れ狂う銃弾の嵐を神父は駆けた。
姿勢を低くし、初動から一気に加速。
残像を撃ち抜くように銃痕が大地をえぐり取っていく。
緩急を付けて円を描くように移動する神父に翻弄され、銃弾は空を切る。
完全に無駄撃ちに終わった掃射が途切れるその一瞬に、神父は距離を詰めた。
瞬きする間に目前に迫る神父に狼狽する黒服は、リロードが間に合わないと見るや腰から拳銃を抜いて引き金を引いた。
弾丸が神父の左胸を捉える。
会心の出来に黒服の男が汚い笑みをこぼし、そのまま驚愕に目を見張った。
何事も無かったかのように神父が迫る。
そして強烈な右ストレートパンチが黒服の顔面を捉えた。
顔面を変形させ、吹き飛ぶように転がる黒服。
ほぼ同時に、まったく同じ位置に拳を受けて黒服達が弾け飛んだ。
その場に４つの残像を残して残身を取っていた神父が構え直した。
残るはグラサンをかけたリーダーの男、ただ一人。

神父を守る絶対の防御。
それは人によって発現方法は異なれど、宿主をあらゆる厄災から守るという神の奇跡だ。
高度に天使のエンブリオを使いこなす者に許された究極の祝福である。
それは銃弾がこの神父の前に無力と化すことを示していた。

両者共に口角を吊り上げる一瞬のにらみ合いの後、リーダー各の男は表情を戻し、おもむろに片手を上げた。
手をひらひらとその場で振る仕草に、火災現場となった飲み屋から煤だらけの黒服達がぞろぞろと出て来る。
神父が警戒する中、倒れた黒服達を担ぎ出し、足早にその場を去っていく。

言うとリーダー各の男はおもむろに手榴弾を取り出し放る。
あまりにも自然な、ゴミ箱に新聞でも捨てるような軽い動きに神父の動きが一瞬遅れる。
ガードを固めて飛び退いたのと、手榴弾が爆発したのは同時だった。
体を襲う衝撃と耳を染める残響にじっと耐え、巻き上がった粉塵の先を伺う神父。
風に流され土埃が晴れたその先には、既に黒服達の姿は無かった。

ゆっくりと構えを解く。

延焼する背後の建物に軽く視線を投げてから、神父は踵を返した。
入れ替わるかのように、遠くから消防団が駆けつけてくるのが見える。
ほどなく火災は消化されるだろう。

あれほど銃弾がばらまかれたにもかかわらず、怪我人らしき人影は無かった。
まるで、見えない何かに守られてでもいたかのように。

神父は歩を進める。
その歩みの先がスラント達の向かった方向と同じだとは知らずに。