それはきっと人、だった。
黒いローブを羽織り、目深にフードを被ったその人の顔は影になっていて、わたしの方から表情を窺い知ることはできない。

「―――」

胸がざわつくような、嫌に耳に残る声。
ノイズが混ざったかのように、低く、掠れていて聞こえない

「――――――」

…そう思っていた声は、次第にはっきりとした音になり、わたしの鼓膜を揺らす。

「――ァ――…゛……――」

…喚いている。
そう、わたしが気付いたのとほぼ同時に、真っ黒な人影はわたしのすぐ傍まで近づいてきていた。


あなたは、だれ？


不思議とそう思うこともなく、尋ねることもなく、わたしは、ただ黙ってその人の顔を見上げていた。
目の前に来ても、表情を読み取ることのできないその顔を。声を上げることなく。ただ――

黒いローブの袖がゆったりと持ち上げられて、その人が手に握っていたものが、露わになる。
そして上に振り翳された、鈍色に光る“それ”は、真っ直ぐにわたしへと振り下ろされ――



………、



…………。



反射的に固く瞑った瞼を、わたしは恐る恐る、うっすらと開けた。

視界は一面、真っ暗闇だった。
その中にぼうっと、見慣れた自分の部屋の天井が見える。

………。

つう、と、涙が目じりを伝い落ちて、耳元の枕が僅かに冷たくなったのを感じた。
まだ夢の中のぼんやりとした感覚が残っていて、意識も体も、上手く動かすことができない。
夢の中のわたしは、何も思っていなかった　ように思えた。
…けれど、本当は、怖かった。自分は確かに怯えていた。あの、黒い人影に。

きっと昨日、何度目かの対人戦をしたから、この間の人狩りの時の恐怖と混じって、こんな形で夢に出てきたのだろう。

………、

夢と現が混濁した頭のまま、ぎゅっと、毛布の端を握り締めて。



　・　　・　　・


次に気が付いた時には、朝陽の澄んだ光が部屋に差し込んでいた。

そういえば、とトレノは首を傾げる。
自らの世界へ行ってみたいと言うアマリアに、フレリアはにぱっと笑った。

何かを思い出すと、言い淀んでしまう。