【-閑話-メルンテーゼ・とある森にて】　※前回の引きからの続き。Eno1952さんの日記の忍者視点です。※



そこは街道からは少し離れているせいか、普段からあまり人が立ち入らない場所であった。

その青年が人の多い場所をあまり好まぬ様であった為、
いつしか自然とこの近辺で彼――カサネと落ち合う場は、ここになっていた。
常ならば草木の中、聞こえるのは付近を流れる小川のせせらぎ、虫の音、鳥の声くらいの静かな森である。

だが今は、違っていた。
渡る風に混じる微かな鉄錆のにおいを感じ、草を踏む歩を止めると同時に己の気配を絶つ。
身に染み付いた忍としての本能が、意識せずともそうさせた。
間を置かず、澄ませた耳に聞こえて来たのは――



＊



忍がその場に駆けつけた時、目に映ったその姿は正しく惨状と言ってよく。
そして、普段の彼とはまるで異質のものの様であった。

駆け寄りながら、カサネと刃を交わす数人を見、凡その察しはついた。
近頃噂に聞こえ始めた、一揆参加者を狙う者達。
一人で行動するカサネが、恰好の獲物として彼らに目を付けられたのだろう。
普段から、その心配はあった。
くれぐれも気を付ける様、時々言いもした。


やはり気が向かずとも、もっと人通りの多い場を選ぶべきであったか――


内心で苦く舌を打ちながら、助けに入るべく懐の“虎落笛”を取り出し構えたその時。
ふと――様子がおかしな事に気付き、手が止まる。

数人がかりで襲い来る刃をかわし…
否、かわし切れずとも構わぬとでも言うかの如く、攻撃を返す。
実際カサネが戦う場面を見た事は、これまでなかった。
なかったものの――
こんな風にただ只管、敵を屠る事のみに執着する様な戦い方をする性質には、
知り合って日の浅い忍にも到底思えなかったからだ。

だが、それ以上に奇異に映ったのは。
追われていた“獲物”である筈のカサネが、
その鬼気迫る姿に圧されたのか撤退を始めたらしき彼らを、尚も追い始めた事であった。


――事情は分からぬが、これ以上は…　止めねばなるまいな。


“虎落笛”を再び懐へ収めると、気配を絶ったままに距離を詰める。
そして襲撃者から逆の立場へと成った哀れな男へ、カサネの刀が振り下ろされようとしたまさにその時。


「カサネ殿、それまでに」


森に、静かな声が響いた。






静止した己の言葉に、カサネは「理解し難い」とでも言う様な反応を返してきた。
それは一見、戦いに慣れぬ若者が血気に逸った姿にも見えたが――。
違う、と。
これはそれとは違うと、忍はそう感じていた。

瞳孔が大きく開き、尋常ならざる光を湛えた紫の瞳。
その目が明確な殺意を以てこちらを睨め付けた時、一瞬思わず息を呑んだのは――
狂気すら含む殺意の強さに加え、それが彼の人と同じ色だったせいもあっただろうか。



己に向けられた刃をいなしながら説得を試みるが、カサネにこちらの言葉を聞き入れる様子はまるでなかった。
それどころか遂にはエンブリオの力さえ乗せだした攻撃に、
流石に防戦一方の状態を保つのが困難になってくる。
このままでは不味い――かといって、カサネと本気でやりあう気など無い。


となれば、一か八か――言葉が届かぬならば。


「かくなる上は…致し方ない」


遮二無二踏み込んできた腕を捕って、引き倒し。
相手の混乱も収まらぬうちにそのまま馬乗りに押さえ付け、拳を振り上げ――


…許されよ。


「……御免」


正気に戻る事を願いながら、その端正な顔、頬へと一発を見舞った。




「い……ってェェェェェ!!!」



殴られた青年の口から、盛大な悲鳴が上がる。
次いで漏らされたこちらへの非難の調子から、どうやら普段のカサネに戻った様であった。
先程までのぎりぎりと張り詰めていた殺気も、既に嘘の様に霧散している。

安堵の息をつきながら、己がどういう状態だったのか覚えていないのかと問えば、
完全に己を失っていた…という訳では、どうやらないらしく。
ようやく気付いたのか、倒れ込みながら両手で顔を覆いつつも、謝罪の言葉を告げてきた。

羞恥に身悶える様が微笑ましく、悪いと思いながらもつい口角が上がる。


「……気味悪くないのか？」


そう問い掛ける声に、実際のところそれが何を指すかは分かってはいたが、
あえて何の事かと視線を投げる。

だがぽつりと漏らされたその一言、その声音に、忍はどこか言い様の無い寂しさ――
この青年が抱えている孤独感の様なものを感じ。
忍はただ、黙って首を振った。

ありがとう、と。

まるで泣くのをこらえた幼子が無理に笑う様なその顔を見て、忍の胸の奥がつきりと疼く。
どれだけ幾重にも壁を築こうとも、時折幾つかのものはこうして易々とそれを突破してくる。


……たまらぬな。


下げられた頭を、乱雑に撫でる。
ついでに髪についた草ごと己の感傷めいた気持ちも払い落とす様に。




その後傷の治療を手伝い、今日の事については、今後お互い気にせぬ事として相別れた。




帰り際、土産にと例の菓子を渡す事も忘れずに。

世界を行き来する手段をベルは持っているが…
巳南の質問からは、それを読み取れはしなかった様子だ
もっとも、大量のマナを消費するため、今のベルには難しいことではあるのだが

なんだかとっても偉そうだが、満足気な様子だ

（忍を見上げる。
今しがた引き出した脳内の情報を再度思い浮かべ―ふるふると首を横に振った）

（さり…と、マフラーの上から項に触れ、目を伏せた）

＊

（不意に言葉が切れた忍に不思議に思って顔を上げれば、
自分の顔を見つめる隻眼と視線がぶつかる。

謝罪の後に語られた自分のエンブリオの言動と、続いたその名に目を見開く）

（心当たりはある。…あるが、困惑と混乱が渦巻いて疑問符ばかりが頭上に浮かぶ。

そんな主の足元、黒猫が姿を消した影から、勢いよく何かが飛び出した！）

（大混乱の主を尻目に、右半身しかない狼はそう言って牙をぞろりとのぞかせて
それはそれは凶悪に――でも、どこか人懐っこい笑みを見せた。）

　埃をはたいて笠をかぶりなおし、