ほどなくしてミチエは領主姉妹と合流。
混乱した状況ではあったが危惧したような事態には至らなかった。
拍子抜けと言えばそれまでだが、危険が去ったわけでもない。
そのまま、一晩を過ごした。
相変わらず、この地下牢には魔物達がひしめいている。

「どうしたんだい、ミーチェ。難しい顔をして？」

赤い上着を纏ったすらりとした長身。
編み込まれた金髪はきっちりと纏められている。
長柄の斧を肩に担ぎ、あまり緊張感の無い気楽そうな顔をしている。
大物なのか、うつけ者なのか。

デリフィーン・ジヴィーテ

リンテントポーゼ領を治める領主一族の女。
ただし、領主としての資格は得れてはいない。
故に正確な意味では領主不在の地であった。
古い習わしで一族の女は男の装いをしなければいけなかった。
彼女の装いはその名残。
立派な長身と相まってどちらかといえば歌劇の役者のようである。
ミチエとは乳兄弟の関係であり、彼女の主である。


「姉様、ミチエはわざわざ心配して駆けつけてくれたんだよ。それを……」

後ろからたしなめるような声。
黒の上下に、それに合わせたトップハット。
赤の短髪に金の房が数条混じる。

リューティク・ジヴィーテ

デリフィーンの妹。
サイやリドレーにはつい最近まで“弟”だと思われていた。
彼女もまた、男装を強いられている。
快活とした振る舞いと隆起に乏しいなだらかでしなやかな体つき。
少年、と言ってもある程度は通じ、騙せる範囲だろう。

（……しかしあいつらはその辺りに頓着があるようにも思えん。
　単に鈍いだけだろう。たいして興味がないのもあるだろうが。）


姉妹にミチエを加えた三人で地下牢を進んでいく。
途中、魔物には遭遇したものの、“穴馬”の姿もなく、難なく切り伏せていった。
恐怖と暴威の象徴のような魔物だったが、その驚異も随分と薄れたように感じる。
あれぐらいなら勝てるだろう、と。
だが、最大の敵はその慢心なのだ。
彼らはそれを知らしめるための存在なのかもしれない。


「なんでぇ、そっちも無事だったんかい。」

呆れたような声音。だが他意があるわけでもなく、ただの憎まれ口だろう。
欠損したシルエット。空虚な左袖がだらりと垂れていた。
ミチエは小さく肩をすくめて、それに返す。

「ああ。……ついでだ、このまま日課の訓練も済ましておこうか。」

そこまで言って、少し口を噤む。

自らの慢心を指摘するミチエの叱責はしかし小言としか受け取られなかったようだ

しかし思うところあったらしく、言動の節々に現れていた浮ついた態度は見受けられない