初の班組み分け遠征であったが、幸い無事にその日の合流を果たすことが出来た。
　敷地内に違いないとはいえ、これまでより遠く離れての別行動だった。何事もないのは、それだけで僥倖といえる。
　これからはこういうことも増えるだろう。戦闘に多くの時間や思考を割かれるとはいえ、この調査隊の本質は研究と探求だ。手分けして不足のない人員が揃っているということを、うまく使わない手はない。
　ここでは自分達は正しく異邦人であり、後ろ盾はない。それは多くの一揆参加者に共通することで、悲観的になることでもないのだが、時に心許なく思うのも事実だ。
　力や地位に大差がないからこそ、他人を落とし、利益を得ようとすることもある。今の所は少数派の考えであるものの、自信と度胸さえあれば、それもひとつの方法だといえた。それ以上の肯定はしないが。

「ラザラス坊や、新しい水はこのくらいで足りるかのう」
「ああ、有難うございます。充分だと思います」

　考えと手元の作業を中断し、差し出された鍋を受け取って礼を述べる。
　いつも通り、魔法のわざでもって清廉な水を生成して貰ったのだ。いつもより、少し多めに。

「ドラゴン以外では、カニに、貝。本当に、この世界にはちからが満ちているのですね」
「然様。故に、長らく興味深い研究とされてきたのじゃ。元素を自在としてどれほどのことが出来るかは、もう把握しつつあるじゃろう？」
「感覚として何となく、ですが。……おとぎ話、王政の是非など、考えてみるのも面白そうですが」

　歴史書の類でもあればと思うが、なかなか見つけることが出来ない。時間の事もあるが、自分は学問に関しては未熟だ。
　参加者の中には、既に世界の現状をひとつに纏めたり、無限に列せられた分割世界の多くを編纂しようとしている者もいるというから、おそれいる。好きこそものの上手なれというが、真似したくとも出来ない芸当だ。

　そんな事を考えながら、材料を念入りに洗い、湯の具合を確認する。
　故郷だった国は内陸の土地だったが、少し離れた場所に大きな川と街があり、交易や行き来もあった。そして学園のある央都は、研究の膝元ということもあり、物資の行き来は非常に豊富だった。故郷で見たことのないものの扱いの多くは、学園での生活中に自然と身についた。
　この分なら問題なく、充分に要望通りの献立が出来そうだ。
　水産物を豊富に使ったカレー。定番といえば定番だが、意外と奥は深い。
　具に合わせた煮込み時間や水の量など、考えることも多い。水に頓着せずに済むのは、非常に大きい。

「カレーとは別に……葉で包んで、蒸すなり焼くなりしてもいいですね」
「平原のものかの？　数日前にも食材に使うたと思ったが」
「はい。多く生えていたので、摘んできました。念の為、見ていただけますか」
「どれ……ふむ。この前と同じじゃな。微細な違いはあるが、我々の世界と近しい」

　少しの検分の後、問題ないという裁可が下り、安心して使う側の食材に選り分ける。これで、一品。まだ作れそうだ。

「やはり、ラス坊やとフィー嬢やがいるのは頼もしいのう」

　少し苦笑を含んだ言い回しに目を上げると、魔女は鈴を転がすような声で、僅かに苦笑している様子だった。

「かような異界にあっても、衣食住の基本を忘れぬ。どころか、日々向上しておるからの。真似出来ぬ芸当じゃて」
「…………」
「好きこそものの上手なれ、ということかのう」

　はて。
　たったいま言われたことと、ほぼ同じことを。先ほど自分も考えていた、ような？

「それで思いだしたが、ラザラス坊や。使わぬ材料があれば、リラ嬢やに声をかけておくが良かろう。あれも自分で色々採取してはいるじゃろうが、もしかすれば、互いの持ち物に知らぬものがあるやもしれん」
「そう、ですね」

　――そう。手分けして云々とも、考えていた、ような？
　かといって、心を読んだかのような、という雰囲気の言葉でもない。思わぬところでの思わぬ一致に、一瞬反応が遅れる。
　これには魔女も気付いたようだが、特に何を言うでもない。本当の、偶然というものなのだろう。

「……そうですね。お戻りになったら、声をかけましょう」

　思う事は色々とあったものの、ひとまず意識を献立に切り替える。
　少なくとも、今この瞬間一番探求すべきことは、調査隊の面々がもっとも喜ぶ味付けと、煮込み具合なのだから。

　　　　　　少年はぱちぱちと瞬きしてから、へにゃりとわらった。

（手袋を着用する

静かに恭しく一例。