［基本］OK.　［戦闘］OK.　

ワールドスワップが起きる。
全体に向けられて発信されたその情報に、緋墨は深く息を吐きだした。
最後の最後で何か起きる可能性も考えていたが――どうやら、この運命は確定しているようだ。

――大丈夫だ。もう覚悟は決まっている。

肺の中を吐き出し、緋墨は鈴咲と璃珠へ視線を向ける。
璃珠は相変わらず死んだような目でぼんやりとしており、鈴咲はどこか真剣な顔でCross+Roseを開いていた。
長くハザマの大地をともに歩いた家族を見つめたのち、緋墨は二人の名前を呼ぶ。

「鈴咲、璃珠」

鈴咲の狐耳がぴくりと動き、無言で緋墨を見る。
璃珠はやはり反応が薄いが、ゆるりとした動きで緋墨のほうを見た。
二人へゆっくりとした歩調で歩み寄り、緋墨は己よりも低い位置にある彼女たちの頭に触れた。

「二人ともお疲れ。一緒にたくさん戦ってくれてサンキュー」
「ん。だって、一緒にハザマに来たわけだし。緋墨さんこそ、戦い慣れてないと思うのにお疲れ様」

そういって、鈴咲は緋墨の手に触れてぽんぽんと労るように擦る。
自分は戦いを知っているが、緋墨は全く戦いを知らない――そんな状態でハザマに放り込まれ、突然戦えと突きつけられたのだ。
きっと、鈴咲と緋墨だったら緋墨のほうが消耗しているに違いない。
自身よりも幼い少女に労るように触れられ、大きく目を見開いた緋墨だったが、すぐに苦笑いを浮かべる。

「……ああ。サンキュー、鈴咲」

はつりと小さく呟いてから、緋墨は鈴咲の頭を撫でる。
情けない話ではあるが、己よりも小さく幼い彼女の背中に何度も助けられ、何度も支えられたのは確かだ。


――だからこそ。だからこそ、彼女の道を閉ざしたくはない。
鈴咲には帰りを待つ家族がいる。璃珠だって、これまでつらい思いをたくさんしてきたのだ。
これ以上、二人につらい思いをさせるわけにはいかない。

罪を背負うのは、自分一人でいい。


「……ワールドスワップ、起きるみたいだけどどうするの？」
「ああ、それなんだけど、な」

緋墨は大きく深呼吸をしてから、指先でとんとイヤーカフに触れる。
瞬間、イヤーカフからばちりと閃光に近い青白い光が放たれた。


「六倉鈴咲。お前はハザマの戦闘とは何も関係ない。ただのイバラシティに住む一般市民だ。
ワールドスワップが起きるとき、お前はアンジニティに堕ちずに町へ残り、最後には両親の下へ帰れる」


鈴咲の目が大きく見開かれる。
彼女が何か口にするよりも早く、緋墨は言葉を重ねた。


「雪凪璃珠。お前も同様だ。お前はこの侵略戦争とは何も関係がない。
ワールドスワップが起きるとき、お前はお前が望む先へ向かうことになる」


ぼんやりとしていた璃珠の目がゆっくりと、けれど大きく見開かれていく。
緋墨が言葉を紡ぎ終えると同時、ばぢ、ともう一度光が弾けて二人の運命の糸が引きちぎられ、異なるものと結び直された。
『神様の勅宣』――限られた回数だけ、使用者が口にした未来へと改変する異能。
それが、緋墨がずっと身につけていたイヤーカフに込められていた異能の力だ。
鈴咲が物言いたげな瞳で緋墨を睨みつけ、腕組みをする。

「……緋墨さん、どういうつもり？」
「どうも何も、これが俺の答えだ。お前たち二人には未来があるんだから、ここでアンジニティに幽閉させるわけにはいかない」
「それは、緋墨さんも一緒だと思うけど」

緋墨はゆっくりとした動きで首を左右に振った。
己にも未来があるのかもしれないが――己の未来は、閉ざされても構わない。

「……俺は、すでに間違ってる。俺はアンジニティに行くべき罪人だ。だから、これでいい」

まあ、アンジニティをさまよわず、クラスメイトが用意してくれたシェルターがわりの世界に身を寄せることも考えているけれど。
二人とはここでお別れなのは、ほぼほぼ確定だろう。


己の背後で鎖が鳴る音が聞こえる気がする。
――ああ。やっぱり、己にはこの最後がふさわしい。

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