［基本］OK.　［戦闘］OK.　［取引］OK.　

「……来てくれたんですね」

　"Cross+Rose"から聞こえた声。
　抑揚の少ない、呟くようでいて妙な存在感のある低い声。
　くららにエビをくれた、海に焦がれる男の声。

　濡れそぼった巨大な蒼い馬が振り向いて、嘶く代わりにそう喋った。


*******


「……！」

　指定された座標に到着して、息を整えながら辺りを見回す。
　巡らせた視線の先、瓦礫を背にして座り込む何かの姿を見つけて、走り寄ろうと踏み出した足が、止まった。

「藻噛、くん……？」

　そこにいたのは、見慣れた院生ではなかった。

　大型種の馬よりもなお大きい、座った状態でやっと目線が合うかというほどの巨大な蒼毛の馬。
　それは周囲に水場もないのに鬣から水を滴らせて、足を畳んで座り込んでいた。

「……来てくれたんですね、先生」

　顔を俯けていた馬が、呼びかけに視線を上げた。
　研究室でいつも見ていた深い色の瞳に、この生き物が紛れもなく藻噛叢馬なのだと知る。

「そりゃあ……ぼくを頼ってくれたんだから、来るよ」
「体力ないくせに、走ってきたんですか？　先生って本当にお人好しですよね」

　驚くほどいつも通りだ。見た目以外は。
　言葉選びに遠慮がなくて、愛想もない、いつもの藻噛くんだ。

「……」

　ゆっくりと近付く。馬が横になるのは弱っている証拠、とどこかで聞いた話を思い出しながら。
　顔の近くまで寄ると、大きな耳があちこち動くのが見えた。

「この通り、脚をやられてしまって。しばらく立ち上がれそうにないんです」

　馬はそう言うと太い首を曲げて、折り曲げた前脚をぺろぺろと舐めた。

「アンジニティ陣営のやつでしょうね。
　この姿なんで、味方のふりして誤魔化そうと思ったんですけど、バレちゃって」
「……藻噛くん」
「何とか追い払ったんですけど、この通り動けなくて、それで」
「藻噛くん！」

　ぽつぽつと、それでいて滑らかな彼の言葉を遮る。
　ぱち、と長い睫毛を瞬いて、青い瞳がぼくを見つめた。

「……君は」

　まるでそれ自体が生き物であるように、風もないのにうねる鬣。
　辺りに立ち込める、噎せ返るような海の臭い。

「ぼくの教え子だった"最上くん"じゃない。
　最初にここに呼ばれた時、思い出した。"最上くん"は死んでしまった。
　"もがみそうま"という名前の人間は、もうどこにもいないんだ」

　いつの間にか握っていた拳が、固まったように開かない。

「どうして、"もがみそうま"のふりをしたんだ。
　どうして……ぼくのところに、来たの」

　口をついて出た言葉が、本当に問いたかったことなのか、自分でもよくわからなかった。
　これがこの場において、正しい判断なのかも、もう。
　じっと見つめる馬の姿が、一瞬ぼやけて滲んだ。

「……君は、"アハ・イシュケ"だろう」

　そう告げると、馬の耳がぴんと立った。海藻のような鬣からぼたぼたと雫が滴る。

「よくわかりましたね」
「ぼくは君の担当教授だよ。これでも、提出してもらったものにはちゃんと目を通してる。
　……向こうの君は、ずっと本当の自分の姿を探していたんだね」

　それは藻噛叢馬のレポートに幾度となく登場した名前。
　彼が追い続けていた海の幻想譚のひとつ。

「そういうことになるんですかね」

　馬は長い鼻面を上げて、少し遠くを見るような姿勢をとった。

「……どうして先生のところに来たのかなんて、俺にもわかりません。
　あの街で、気がついたら俺は"藻噛叢馬"だった。こっちに来て、全部思い出すまで、違和感すら覚えなかった。
　でも、自分の正体がわかって……この侵略戦争での立場に気づいた時、いやだなあって思ったんです」

　首を伸ばすと、馬の顔は陰になってほとんど見えない。黒々としたシルエットを見上げる。

「俺はイバラシティの海が好きです。
　このままイバラシティを侵略したら、アンジニティの連中があの海にも来ることになる。
　そうしたら多分、あの海はすっかり様子が変わってしまうと思って。それは、なんか……いやだなと」

　馬はそこで一旦言葉を切って、上げていた顔を戻した。人が背を預けるように、頭を後ろの瓦礫につける。

「……それじゃあ、君は」
「ええ。アンジニティ側につくのはやめました。まあ、それでこのざまなんですが」

　それは本当のことなのだろうかと、目を合わせられないまま考える。
　彼がアンジニティから来た存在であることは間違いない。
　けれど、だからと言って侵略者である確証もない。そんな相手を、自分は知っている。

　形は違えど。イバラシティの海が好きだと語る姿は、あまりにもいつもの藻噛くんだった。遠くを見るような目つきも、ぽつりぽつりと落とすような言葉も。
　だから、彼を信じたいと思った。
　研究室での日々。取り上げられたおやつだとか、奢ると言って痛い目を見たことだとか。
　これまで過ごしてきた時間の、他愛のないひとつひとつを。
　ぼくは信じたかった。

「……そっか。もっと早く言ってくれれば……ぼく、何度もメッセージ送ったのに」

　視線を上げる。気になるのか、また前脚を舐めている彼に、少しの恨みがましさを込めて呟く。

「先生、臆病じゃないですか。この姿見たら、逃げ出すかと思って」
「そんなこと……びっくりは、したけど。声聞いたら……やっぱり藻噛くんだったし……
　……脚、痛むの？　馬のことはよくわからないけど、ちょっと見せて」

　もう少し近づいて、前脚の傍にしゃがむ。
　蒼い毛皮には薄い斑模様が入っている。目立った傷などは見当たらない。


「……そうですね。そんなことは、なかった」

「動けないって言ってたけど、どの方向にも動かせない感じ？」

「先生は、俺が思っていたより勇敢でした。それとも、勇気を振り絞ってくれたんですかね」

「触るのは流石にまずいかな……って、聞いてる？　藻噛くん」


　問いかけに返る答えが噛み合っていない気がして、顔を上げる。




「どちらにしろ、先生が来てくれて、俺本当にうれしいんです」











　濡れたように光る赤い瞳と目が合った瞬間、体が強く後ろに引かれた。


　がちん、と硬いもの同士がぶつかる音を聞いた。
　ぶちぶちと何かが引き千切れる感触があった。


　凄まじい力で引っ張られて、背中から地面に叩きつけられる。
　一瞬息が詰まって、遠のいた意識が激痛で引き戻されて、横倒しになってぼやけた視界の中で、それを見た。


　赤い肌の人型と、蒼毛の馬。
　ふたつを合わせたような半人半馬の怪物が、生白い腕を咥えて、噛み砕いて、呑み下すさま。
　舌なめずりをしながら、簾のような海藻の鬣の間からこちらを見る怪物の貌は。



　悲しいほどに、藻噛くんによく似ていた。



*******



　近づきすぎだ馬鹿。

　最初距離を取っていたと思ったら、案の定のこのこと近づいていく斑目に、くららは内心で悪態をついた。
　勿論、くららは少し腕を伸ばせば引き寄せられる位置についてはいる。

　しかしこの馬――イバラシティの藻噛叢馬と同じ存在であることは、くららも疑うつもりはないが。
　おとなしそうな目で斑目を見下ろしながら、両耳は周囲の音を拾うように忙しなく動いている。
　斑目が一人で来たかを確認しているのだろう。本人には聞かず、自分の耳で。
　仮に問われでもしたら、大方駆けつけることに夢中でくららの姿が見えないことに気付いていない斑目が余計なことを言い出すことは予想がつくので、それはそれで都合が悪いのだが。

　相手を信用していない、くらいならまだいい。
　無害そうなものを装って、油断した相手が近づくのをじっと待つような。どう転んでも取り逃がさない距離まで来たところで襲いかかる、そんなタイプの捕食者だとしたら、これほどちょろい獲物もないだろう。
　くららは恐らく、こいつは後者だろうと思っている。
　くらら自身、海に入って以来同じ生き方をしてきたからだ。

　だから斑目が襲われたこと自体には、それほど驚きはなかった。
　そのために周囲の景色に擬態して、すぐに反応できるように待機していたのだから。

　しかし、馬の首が解けるように人型の半身に変わったのは、想定外だった。

　振り下ろされた長い腕の一撃は、斑目の胴を引き寄せて躱したが。
　そいつは爪で地面を掴み、そのまま距離を詰めてきた。
　巨大な口が宙に投げ出されていた斑目の左腕に食いつき、骨もろとも噛み千切った。
　まだ足りないとばかりに再び口が開いたのを見て、くららは斑目を放り投げた。
　一瞬前まで白髪頭があった空間で、がちんと顎が噛み合わさる。





　届かないと見てとると、そいつは馬の体を起こし、噛み切った後放り出していた斑目の腕を拾いに行った。
　重い蹄の音。弱っているように見えたのも、演技だろう。

　その隙に、落っこちて仰向けに転がったまま呻く斑目の傍に寄る。腕の一本を使って左腕を強く巻き、止血をした。

「……もがみくん……」

　左腕を動かそうとする斑目を押さえつけて、敵の様子を窺う。
　藻噛叢馬である怪物は、腕をすっかり呑み込んでしまうと口の周りをべろりと舐めて、ゆっくりと顔を上げた。

「くららァ……おまえもこっちに来てたとはな」

　擬態を解いたくららの姿を認めると、藻噛は赤い単眼をにやりと細めた。

「おまえはどっち側だ、なんて今更聞かないが。
　この争いはどうやら侵略側の勝ちだ。あの街はじきに、アンジニティと住人が丸ごと入れ替わる。
　俺は念願叶って、やっとあの惨めな世界から抜け出せるというわけだ。
　……しかし、そいつみたいな貧弱なやつは、あんなところじゃ生きていけないだろうなァ」

　研究室で毎日聞いていた声が、まるで違うもののようにべらべらと喋る。
　けれど、声に重なるように時折混じる音――ごぼごぼと喉の奥で鳴る、泡の混じった水の音は。
　あの時殺してしまった青年の断末魔に、似ているような気もした。

「ねえ先生。俺に喰われた方が、きっと楽ですよ」

　ぺた、と人に似た掌を地面につけて、藻噛はくららと斑目を見下ろした。

「……もがみくん、」

　斑目はか細い声で何事か呻いている。
　二の腕の半ばから失われた左腕と、無事な方の右腕を必死で持ち上げて、何かを伝えようとしている。

「遺言ですか？　聞くだけ聞いてもいいですよ」

　藻噛は面白がるように耳を上下に動かした。

「……た、」

　ぱくぱくと口が動く。

「たべちゃ、だめだ……おねがいだから、ぼくをたべないで」

　涙と汗で顔をぐちゃぐちゃにしながら、斑目は絞り出すようにそう言った。
　藻噛が首を傾げる。

「残念ですけど、命乞いは聞けないですね」

　確かに、それは命乞いに聞こえただろう。
　けれどくららには心当たりがあった。
　藻噛が知らない、斑目水緒の異能のこと。

　斑目水緒の異能は、毒を無効化などしない。解毒の作用は一切ない。
　半世紀弱の人生で体内に取り込まれ続けた毒は、外に出ることなく、その体に蓄積されている。
　あらゆる体液、毛髪、筋肉、内臓――そして、とりわけその骨は。


　大型の生物すら僅かな量で死に至らしめる、猛毒を帯びている。


「もがみくん、もがみくん、おねがいだ」


　怪物がぴたりと動きを止める。


「ぼくは、ぼくの異能で……だれもころしたくない」


　見開いた怪物の眼球から、染み出すように赤い血が垂れて――落ちた。

ENo.158 退魔師の師弟 とのやりとり


ENo.273 闇 とのやりとり


ENo.1386 ボルドール とのやりとり


ENo.1600 みづち とのやりとり

ItemNo.16 天ぷら盛り合わせ を食べました！
　体調が 2 回復！（18⇒20）
　今回の全戦闘において 貫撃10 器用10 深手20 が発揮されます。
　今回の結果でのスキル熟練度が伸びやすくなった！

ItemNo.15 月夜茸 から水衣『毒の骨片』を作製しました！
　⇒ 毒の骨片／水衣：強さ245／［効果1］疫40 ［効果2］－ ［効果3］水纏19


オプスキュリテ(938) とカードを交換しました！

ダストデビル （ダストデビル）


◇通常獲得：各CP･FPが5増加した！

タウラシアス(173) は 天上蓮 を入手！
ナックラヴィー(502) は 純菜 を入手！
タウラシアス(173) は げそ を入手！
ナックラヴィー(502) は ものすごいお肉+1 を入手！

特に移動せずその場に留まることにしました。

声が響く。