［基本］OK.　［戦闘］OK.　［スキル］OK.　

　精神から肉体へ至る卸風に乗って、懸命に感覚を探る。これはその旅路の話だ。
　握った掌を離さぬようにと自我を握りしめる内、俺は一面の闇の中に流れ着いた。


「渉」


　視線の先に居る、顎髭を生やした目つきの悪い青年が俺を呼ぶ。光を集めたように姿がくっきりと浮かんで見えた。


「ここは──」
「さてな。気分はどうだ？　しっかり自分のコト、復習できたか？」


　走馬灯のように見た様々な記憶。それを指しているのだと察した。


「あれって、あんたが？」
「いや。俺も見えてはいたが。お前の知り合いがくれたあのペンダント、どうもお前を繋ぎ止めるのに一役買っていると見た。随分と良い縁に巡り会えたらしい」


　ペンダントに何か仕掛けてあったのだろうか。思えば、あのペンダントをくれた少女は普段から掴みどころがなく底知れない部分があった気がする。


「ま、それより大事なことがあってよ」


　青年は一歩、一歩と足音も無く俺に近づく。


「俺とお前がもう一度話せた。これは、俺に与えられた最後のチャンスだと思う」
「は……？」
「ここまで留めてくれたんだ。やっぱ、足掻くだけ足掻いておかねえとな。莉稲にも申し訳が立たねェや」


　莉稲。混濁した意識の中でも輝きを失わない、恋しい名前。


「莉稲……」
「そうだ。お前の世界一大事な女だよ」
「俺の……。俺、は……」
「お前、自分が誰なのかくらいもうわかるよな？　名前言ってみろ」


　口を動かしてみた。もう揺るぎなく掴み取った名がそこにある。


「俺の名前は、卯島渉」


　名を口にした瞬間、霧がかった頭の中が硝子を割られたように白む心地がした。はらはらと纏わり付いていた思考の泥が削ぎ落とされていく。
　青年が満足気に頷いてみせる。


「そうだ。それでいい。お前は卯島渉。じゃあ、お前の前に居るのは偽物だ。そいつはお前をこれから取って食おうとしてる。……やっつけてくれるよな？」
「え……」


　その誘うような問いは、容易には飲み込み難い決断だった。
　彼の主張自体は正しいのだと知っている。俺が自己を守ろうとするなら、そうするべきだと。俺の一部となったアンジニティの怪物が、今度は俺を食い尽くそうとしているのだから抵抗すべきだと。
　けれどその問いに頷けず、首を横に振った。


「大丈夫だよ、渉。元に戻るだけだ」


　諭す青年と俺との前に、ひと振りの無骨な剣が突き刺さる。闇の中でひやりと鈍色の光を放っていた。


「莉稲を家に帰してやるんだろ？」
「できるわけ、」
「頼む、俺を止めてくれよ」


　青年──鰐淵さんは優しげに言う。
　刃に彼と瓜二つの顔が映っていた。対峙する彼とは対照的に頼りなく、情けない表情をしている。


「だって……止めるってことは」
「喰われてるお前が助かるって事だよ」
「あんたは？」


　青年は笑みを湛えたまま答えない。


「あんた、今度こそ居なくなる気だろう。鰐淵さん」


　詰めるように声をあげると、目の前の彼はからから笑った。


「“鰐淵さん”ってのは、すぐ消えてもおかしくなかったインスタントな存在なんだぜ？　今更居なくなったトコでなんッもおかしかねェ」
「違う。あんたは確かに居た。何者でもなかったかもしれないけど、ハザマで俺を助けようとしてくれた！」
「だからなんだよ。俺はお前じゃない。お前を食おうとしてる化け物だ。……同情とかすンなよ。莉稲のためならお前はなんだって出来るハズだろ」


　しびれを切らせたように鰐淵さんが剣の柄を握った。


「びびンな、渉。これは所有権の奪い合い。お前がやらなくちゃならねェことだ。お前が自分を譲り渡す気なら……」


　声を低くし、卯島渉の顔をした鰐淵さんが構える。


「俺は、お前に成り代わっていずれ莉稲も食う」
「……ッ！」


　咄嗟に腰を落とした。頭上を風切り音が通り過ぎる。
　逃げるように距離を取った。動かなければ首が飛んでいた。開いただけまた距離が詰められる。ギラついた目をした鰐淵さんが迫る。


「お前の家族も！　ダチも！！　全員だ、全部食い尽くす！！！」


　動悸が身体中を支配していた。このまま躱し切るには限界がある。向こうは止まらない。肉薄せんばかりの勢いで鰐淵さんが駆ける。
　やるか、やられるか。俺は至ってシンプルな状況に追い込まれていた。
　このままこの身を預けることもできるだろう。そうすれば彼は生き長らえる。
　けれど、今俺を焚きつけようとしている彼がそれを望まないことを知っている。
　そして俺は、願ってしまった。
　もう一度帰りたいと。もう一度やり直したいと。もう一度彼女の傍へ行きたいと。もう一度、自分の力で生きたいと。
　やるしかなかった。俺は未来を選んだ。バネのように身を起こす。


「あああ……ッ！！」


　斬られる覚悟で刃向かう。リーチのある武器に対して、圧倒的に無防備な拳を振り抜いた。
　互いの動きが、静止する。


「……う」


　刺し違える近さ。
　呻き声が漏れる。
　彼の手にしていた筈の得物はそこに無く。
　俺の手は意志に応えたように現れた無骨な剣を握り、鰐淵さんの体を貫いていた。


「……ありがとうな、頼み聞いてくれて」


　瞠目する俺と対照的に鰐淵さんは口角を上げる。鰐淵さんの姿が、端から崩れるように欠けていく。
　言葉が、出なくなった。
　鰐淵さんは受け入れきっていた。きっと最初からこうしてほしかったのだろうと思わせられた。鰐淵さんの振り回した太刀筋は丸腰の俺如きが避けられる程度のもので、しかし避けようとしなければ死ぬ凶刃だった。
　俺の選択を、彼は待っていた。
　強ばり硬直したような呻き声の中で、彼は窃笑するように息を吐く。


「短い間だった、が。俺を卯島渉にしてくれて、ありがとう」


　息を荒らげる俺の耳元で、彼がうっそりと囁く。彼の手が俺の背をゆっくりと撫ぜる。
　不安がる子どもをあやすように。


「お前は、凄い力の持ち主だ。どんな酷い目に遭っても、何度間違えても、皮を剥がれて見窄らしい素兎（しろうさぎ）にされても。最後は、自分を取り戻せるンだぜ」


　彼はただ、笑っていた。声が笑っていた。
　これでいいのだと、噛んで砕いて諭すように。
　闇の世界に光の亀裂が入る。
　火照った体が感覚を取り戻していく。涼風が吹き、地に足が着く。水を被ったように頭が静まり返る。


「俺が、お前の才能に……名前、付けてやるよ。
　──素兎の英雄譚《スペシャルアクター・ヒーローショウ》。格好良いだろ？」


　叫ぶことも、嗚咽を上げることもできなかった。
　感覚がみるみる戻っていくのに、そのどれもが叶わない。
　自我が鮮明になるにつれて胸に大きな風穴が空けられる。呼応するように触れた彼の身体が崩壊する。


「あとは観客席に行かせてもらうからよ」


　彼の欠片が、亀裂から差す光に乱反射して視界を白く眩ませた。見えなくなった彼に、形のない声で叫ぶ。彼の名を、叫ぶ。


「……頼んだぜ」


　安堵したような声を最後に、心魂の海から吹く颪に乗って俺の意識は突き抜けて行く────

---

　瞼が開く。赤い空の下、塵が舞う。


「お帰り」


　胡桃色の目をした幼馴染が、いつもみたいに俺の帰りを迎えた。
　辺りを見た。
　傍らにもう一人の自分の姿はない。
　自分の持つそれと揃いのペンダントだけが残されていた。
　それを拾い上げて、二つのペンダントを胸に寄せる。


「ただいま」


　いつもの挨拶を返す。慣れ親しんだ男の声が、喉を通って行った。

ENo.541 マテバ とのやりとり


ENo.1033 斎 とのやりとり

ItemNo.35 ヘテロダイヤモンド を食べました！
　体調が 1 回復！（19⇒20）
　今回の全戦闘において 敏捷42 快癒49 風柳56 が発揮されます。
　今回の結果でのスキル熟練度が伸びやすくなった！

灯火瑠奈(2) とカードを交換しました！

空高く （スカイハイ）


グッバイワールド を研究しました！（深度0⇒1）
グッバイワールド を研究しました！（深度1⇒2）
グッバイワールド を研究しました！（深度2⇒3）

◇通常獲得：各CP･FPが5増加した！

うさ子(266) は リアファル を入手！
ナキドリ(516) は 尾花 を入手！
煙次(719) は 尾花 を入手！
サキ(768) は 尾花 を入手！
サキ(768) は 金の光焔 を入手！
煙次(719) は 蒼の光焔+1 を入手！
うさ子(266) は 黒の光焔 を入手！
うさ子(266) は 水の光焔 を入手！

特に移動せずその場に留まることにしました。

声が響く。