
勝利。
その報酬は次の一時間が始まる前に、即座に支払われる。
『王と名の付く割に大したものではない。単に相性が悪かった、あるいは良すぎた……それが一番よい回答かも知れんな。ボクらはエンブリオについて君からの又聞きでしか知らないが……』
「長い話は結構。要するに“ただの”エンブリオだということが分かれば、十分すぎる」
向こうで何日経っているのか定かではないが、大日向たちの持っているデータと“不死王”のデータはありとあらゆる方面から比較され、重ね合わされ、そして解析に掛けられた。
彼ら曰く大したことがなく、問題が存在しているとするなら、それこそ根のように張り巡らされたつながり以外にはない、と言っても過言ではないらしい。彼らにとっては。
こちらからしてみれば、腐臭、異臭を漂わせ、花畑を枯らし……と見ているので、身構えてしまうのだが。
『データは小分けにしてある。必要なところだけ使うがよい』
「どうも。目次を作るのが一番面倒なので助かるよ」
彼ら――一色迦楼羅とグノウ・スワロルドもまた、独自のルートで方法を手に入れている。それを全て受け取り(正確に言うと、全てコピーするだけして返した)、ここしばらくずっと、演算装置として働いている。
まず一つ。どこまで根が張り巡らされているか、その把握。複雑怪奇なものだとしても、それがどこまで巣食っているかを把握することそのものは、正直他の何よりも簡単だ。この手のもので最も困るのは、取りこぼしが存在して、そこから再び呪いが溢れ出ることだ。現代医療でもよくある話だが、これは医術の話ではない。
そして一つ。彼らが手に入れていたものは、その複雑な呪いに対するアプローチの方法だった。一番自信がないところがご用意されてしまった以上、どうせならおまけをつけてやりたい気持ちもある。――例えば、呪いを根治するのではなく、克服して共存する、という方法とか。生きている以上、人間には未来が存在する。未来の芽を摘むよりずっと、未来の花壇を育てるほうが得意だ。恐らく。
『ところで、実際に取ったもののデータはもらえるのか?大変気になっているんだが……』
「それは個人情報だから回答はあとで、ってことで」
『良い。ボクは詳しいことは何も知らないが、検討を祈っておこう』
少し歩を進めると、声が途切れる。おもむろに本体を開くと、インクが目まぐるしく走り回り、リアルタイムで記録が進んでいた。
(俺からは何も出せない)
指の腹でそっと見開きのページをなぞると、そこからページがはらりと溢れた。
(精度を高めるためにも、丸め込むためにも、どちらにも力を割く必要があって……これを組み立てるヒマは本当にない。……だから、フェデルタと……それから、迦楼羅くん)
ぱたぱたとページを折り畳んで折り目をつけ、爪ですっと引っ掻くと一部に切れ目が生まれる。
それを再び折り直し、完成したのは一枚の紙のみからなる簡素な本だ。――いわゆる折本と呼ばれるもの。
(俺が組み立て。力は残りの二人に任せるとしても、一度俺に馴染ませる必要はある……)
いくつものことを並行して考えている。が、元より頭脳労働は得意で、化生となってからはなおのことだ。記載されてさえいれば何でもできる、自分を本として認識し、冷静な視野があればあまりにも容易い。それを得るまで、随分と長くかかってしまった……いや、むしろ一日と少しでこれなら相当速い。
自分には源流とするような力は元からあまりないが、誰かのものをコントロールしろと言われたら簡単だ。組み上げているものを壊さないよう、こちらで水道の栓を握るだけのこと。タンクとしてはあまり褒められたものではないが、栓を調節することについては自信がある。ミクロ以下の実験を生業としてきたのだ。
――要するに、彼らが見つけてきたものは、未完成の設計図だった。それを完全なものにする仕事を引き受け、そして可能なら想定を超えるものへと昇華させる。それが今のメインストリームであり、付随していくつかの問題が発生している。故に、並行して考え続けていた。
問題の一つは、そもそも呪いがどこまで“染みている”かを把握することが困難を極める。これに対しては、どこかでこちらからストッパー……抗体の応用で、呪いそのものに対して働きかけることで、足を止めさせる。理論上は可能だし、抗体はとっくに産生し終えている。本人から呪いの欠片とも言うべき体組織を得たのはそれも理由の一つだった。
もう一つは、この狭間では十全な解析が行えない可能性があった、ということだ。過去形で表している通り、イレギュラーとして狭間へとアプローチを仕掛けてくる存在と手を組むことで解決した。こちらの一時間は、向こうにとっての十数日に値する。それだけあれば、機材の揃っている専門家の手にかかれば、丸裸にしてなお足りないくらいのデータを持ち込んでくれるはずだったし、実際にそのようになった。階層分けされたインデックスつきのデータは、自分でやるよりずっと参照しやすい。
最後。設計図が完成したとして、自分にはそこに入れるだけの力がなかった。より正確に言うなら、自分の持ちうる全ての力は、解析参照、そして微細なコントロールに全てが当てられている。外付けの発電機や充電池が必要で、それも幸いなことに――候補者は二人いる。
(フェデルタは慣れてるからいいとして。迦楼羅くんの力の本質を、俺はよく知らない)
あのメルンテーゼで戦える、つまりエンブリオを使役できるだけの力があったのだから、素質はあるはずだ。何より、部外者だけが関わり、解決するというのは、自分の性に合わない。
(……そこからだな……)
この折本は、彼らから力を注ぎ込んでもらうための漏斗のようなものだ。
一度集め、可能なら均一に整え、そして注ぎ込む。その方法を取る理由の一つが、炎は無秩序であるからだ。炎は無秩序で“分かりやすい”が、光は果たしてどうなるか、無縁のまま過ごしてきたので分からない。とにかく、注ぎ込むときに発生する可能性は全てを排除する。それだけのことだ。
「より良く……より良く、かあ」
物理的にかじった(啜った、の方が適切かもしれない)からこそ、分かることがある。
あの従者はそもそもが不健康で、とてもではないが褒められる肉体ではなかった。タバコの味がしたので嗜んだことがあるのだろう。要するに、このまま何もしなければ結果がどうあれ早死にする。
年の差はいずれ来る別れの象徴のようなものだが、その別れは可能なら、何事もなく――そう、平和な別れであるべきなのだ。全てを受け入れ、足掻き、笑顔で見送られるような。
妬みや恨みで身を焦がすより、ずっと健全な別れ方をした方が、彼らにとって、否。人間にとって最も好ましい、ということを、人間として生きてきて、よく知っている。
そうして思い出したように、再び本のページを千切った。それを筒状にして丸めて握り込むと、よく見る注射器の形へと変貌する。
(……ここまで世話を焼いてやる義理も何もないけど)
そう、本当になにもない。他人だ。他人が偶然手を組むだけになっただけの存在だ。
(不死王……その力、興味がないわけではない。俺が喰い殺して飼いならしてやったら、さぞ面白かろうね)
不躾で不遜で、驕り高ぶっていて、自分が優位に立っていると思っている存在に手を下す瞬間ほど、血が滾るのだ。それが人だろうと人でなかろうと、上から叩き潰すことが極上の時だ。
他人が思っているよりも、ずっと自分は性格が悪い。それを自覚しながら、燃え上がるような気持ちになっていた。今からどうやって現実を突きつけ、そして喰い殺すかを思い描きながら。
特に表の世界にいる理由もなければ、この狭間にいる理由もない。
とうに立ち去って何の問題もないものを、面白そうなことが始まりそうだから、という理由だけで立っていた。
「どう?面白くなる?」
「お前も手伝ってくれるなら面白くなるかもね」
「邪魔しかしねえな~。残念だけどちゃんと言われたこと以外はしませんよ」
大日向深知との契約はほぼ完了したに等しい。あとは受け取るものを受け取れば、どこへ行ってもよかった。
「それはよかった。はっきり言って邪魔だし」
「……あんたたち、これからどうすんの?」
分かっていることを言葉に出して聞いている。彼ら――スズヒコとフェデルタは、死ににいく。彼らは怪物であることを憂いて、あるべきところへと還ろうとしている。クロシェットにはできないことをしようとしているのだ。
「……ここではない場所に行く。話はそれから」
「そう」
「その前に、ついでだから余計なものも彼岸に連れてってやるだけだよ」
目を細める。
何ら間違ったことは言っていないのだろうけれど、その言葉の裏側に、明確に悪意が潜んでいる。悪と断じれるだろうものに対してぶつける悪意は、正義として輝いて見えるのだろうけれども。
「……余計なお世話だとか言われなかったわけ?」
「あいにく言われてないね。結構楽しいし、あんたもできるでしょう?」
「ヤダよ。あんなゲロマズ解析にかけたくねえ」
本を閉じ、仲間の方へ向かっていく背中を見送る。ただただ、どうしようもないなと思っていた。ここを出れば他人、ここを離れれば繋がりは切れるどころか、自分たちの側から断とうとしているからこそ言えるような、傲慢な風貌の背中だ。
「……バケモノとしては立派だと思うんだけどねー」
「聞こえてるよ」
「あらー?それは失礼失礼」
もし自分と繋がりが断たれたら、どうなるのだろう。いや、どうにもならない。ここに到達する遥か昔に、自分たちは別個の存在であり、もう二度と生贄にすることも、されることもない。そのように定義し、定義され、そして歩く道は完全に別の方角へと向いた。
だからもう、ここにいる意味はないのだ。ないのだけれど。
(どうせなら、最期を“看取って”やりたい、なんていうのもまた傲慢の発想かな)
彼らはここでは果てないだろう。そして否定の世界でも果てないだろう。どこかへ旅立って逝く背を止めることはしないしできないしするつもりもないが、それを覚えている人(厳密に言うと人ではない)が一人はいてもいい。
永遠を生きていくというのはそういうことで、故に自由で枷がある。だが、自分で望んで枷を負うことくらいは許されてもいいはずだ。星に焦がれたように、星から目を離せなくなったように、花はただ咲き誇る。
「なんか追い払うくらいなら力になるよ、適当にね」
「……気持ち悪いな。不死王に中った?」
「ナメてんのか?」
そう、ただ見つめているだけだ。もう何もかもに手を貸さず、全てを見届けるためにここにいる。見届ける意味はどこにあるのか、と問われたら、それは自分の中に定義されている。だから答える必要も、迷う必要も、変える必要もない。
赤黒い空に星は見えないが、答えは自分の中に輝いている。光り輝き続けているものを追いかければ、いずれ答えに到達する。永遠という自由と枷が存在している限り、無限に答えを追い求めることができる。
「……邪魔しなければ何でもいいよ。できたら口を閉じていてくれ」
「へいへい。別に放っといてくれて結構、本当に何もする気はないからね」
沈黙が満ちる。
ページを捲る音。物語の終焉は、近い。

[807 / 1000] ―― 《瓦礫の山》溢れる生命
[438 / 1000] ―― 《廃ビル》研がれる牙
[477 / 500] ―― 《森の学舎》より獰猛な戦型
[198 / 500] ―― 《白い岬》より精確な戦型
[406 / 500] ―― 《大通り》より堅固な戦型
[326 / 500] ―― 《商店街》より安定な戦型
[265 / 500] ―― 《鰻屋》より俊敏な戦型
[191 / 500] ―― 《古寺》戦型不利の緩和
[116 / 500] ―― 《堤防》顕著な変化
[145 / 400] ―― 《駅舎》追尾撃破
[5 / 5] ―― 《美術館》異能増幅
[149 / 1000] ―― 《沼沢》いいものみっけ
[100 / 100] ―― 《道の駅》新商品入荷
[307 / 400] ―― 《果物屋》敢闘
[47 / 400] ―― 《黒い水》影響力奪取
[210 / 400] ―― 《源泉》鋭い眼光
[92 / 300] ―― 《渡し舟》蝶のように舞い
[106 / 200] ―― 《図書館》蜂のように刺し
[96 / 200] ―― 《赤い灯火》蟻のように喰う
[46 / 200] ―― 《本の壁》荒れ狂う領域
[81 / 100] ―― 《珈琲店》反転攻勢
[100 / 100] ―― 《屋台》更なる加護
[71 / 100] ―― 《苺畑》不安定性
[11 / 100] ―― 《荒波》強き壁
[100 / 100] ―― 《小集落》猛襲
[24 / 100] ―― 《落書き壁》リアクト
[54 / 100] ―― 《変な像》揺らぎ
[10 / 100] ―― 《白い渦》不幸
[100 / 100] ―― 《黒い渦》不運
―― Cross+Roseに映し出される。
白南海
黒い短髪に切れ長の目、青い瞳。
白スーツに黒Yシャツを襟を立てて着ている。
青色レンズの色付き眼鏡をしている。
エディアン
プラチナブロンドヘアに紫の瞳。
緑のタートルネックにジーンズ。眼鏡をかけている。
長い髪は適当なところで雑に結んである。
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白南海 「貴方は、何処に居たいですか? ・・・ねぇ。」 |
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エディアン 「早くお家に帰りたいです私は。貴方は違うんですか?」 |
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白南海 「俺はそうですがね。そうでない奴もいるだろうな、とね。」 |
ヴゥ・・・ン・・・・・
チャット画面に何かが新たに映し出される。
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エディアン 「今度は何です・・・?」 |
『次のワールドスワップのロスト候補者は53名。
――必要数を達成。次の発動が決定されました。』
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白南海 「・・・なんだこりゃ。」 |
少女
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少女 「決まっちゃいましたね。」 |
少女が現れる。
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エディアン 「え、アダムス・・・!?」 |
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少女 「はい。a・d・a・r・n・s、一部繋げて・・・アダムスという名称になっています。」 |
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白南海 「おいおい・・・・・待て待て、わけわかんねぇぞ。」 |
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少女 「おふたりとも、ご案内役ありがとうございました。 ワールドスワップの都合いる必要はあるようですが恐らくこの先、最後まで案内は要りません。」 |
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エディアン 「あら、そうなんですか?」 |
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白南海 「やっと解雇かよ。」 |
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少女 「そして、私の試作・・・・・ いえ、マッドスマイルさん。」 |
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少女 「ありがとう。でも今回はもう無理、次のワールドスワップで会えたら嬉しい。 そのときこそ、私を壊してほしい。無くしてほしい。」 |
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少女 「私も・・・伝え方を他に考えたい。 次こそは巻き込まれる人が少ないといいわね。そうでないと・・・私の希望もないわ。」 |
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少女 「そして今見ている皆さん。私の意思ではないけれど・・・巻き込んでごめんなさい。 ・・・・・とても言い訳にはならないけれど。」 |
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少女 「それでは、さようなら。 せめてこの果てに少しでも多くの幸せがありますように・・・」 |
チャットから消えるアダムス。
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エディアン 「行ってしまいましたね・・・・・」 |
 |
エディアン 「さて・・・・・どうしましょうねぇ。」 |
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白南海 「解雇だろ?もう自由にやらせてもらいますよ。」 |
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白南海 「よっしゃ!団子でも食ってくるかー。」 |
白南海もチャットから消える。
 |
エディアン 「・・・・・ふっしぜんな笑顔だこと。」 |
チャットが閉じられる――