
ひとつ分かったことがあるとするなら、自分は思っていた以上に銃火器には詳しくない、ということだった。物理干渉、より正確に言えば摩擦係数のことを完全に舐めていた。
それを得手にして、得物として振り回している人間が言うのだから、そうなのだろう。紙か、それとも人体か――否。ここでははじめから紙としておく。自分の痛みは当然、切り捨てる。それも必要なコスト、処置、あるいはハッタリだ。
『二回、大きく羽織がはためいたら』
『もっと分かりやすくしてくれ。なんか言ったあととかよ……』
『…………じゃあこれでどうだ。俺が“死だけではなく”と言ったら』
熱源がまず、先にやってくる。そして、銃弾ひとつ分が通るだけの穴が開く。それに追随して、本命が来る。とはいえ、言葉にすると余裕がありそうに見えるが、実際に発生することは一瞬だ。過熱、赤熱した弾丸が通り抜けたら、そこに追い撃ちを掛けるのがクロシェット。被弾を“演出”して一度倒れたら、二人の銃火器使いから狙われていることになる。
――そもそもここまでコストを掛ける必要があるのかと言われたら、あんまりない。ただ、自分の柔らかいところを的確に抉ってきたことは確かで、であればここで殺さなければ次はないと思った。仮に死のない、死を与えることが難しい相手でも、それ以上、それと同等のものを与えなければ気が済まなかった。
あの娘を持ち出してくるとは、自分にとってはそういうことなのだ。
一度置いていき、二度助け、三度目はもうない。そう定義していたはずなのに、そこにある。そこにある、そこに引きずり出されていることが許されない。誰がどのようにやったかはともかく、それを利用しようとする奴のことだけは許さない。逆鱗に触れられた、と言えば、そうだ、と答える。
「来たか~。ぶっちゃけトンズラか何か、するかと思ったよね」
「人を何だと思っている?」
「人でなしさ」
荒れた大地の上に、乱雑に水をばら撒くように言葉が放たれ、即座に怒りによって蒸発する。
喧嘩を売るようなポーズで、その男は切り立った峰に立っている。不自然なほどのバランス感覚、それからその下にいる女。青い手、薄緑の髪、剥離する貝殻のような装甲。
「降りてこい。人の娘にそこまで取り付いて、許されると思っているのか」
「おーおー、死人のくせによく回る口があると来た!よっぽどお気に召さないかい?お気に召すまで捏ねくり回してもいいんだぜ?」
「いい加減にしろ」
言葉こそ荒げていたが、内心は冷静だ。怒りに狂う父親を演じている。
何故単なる狙撃を是としなかったか、フェデルタには話していない。要するに面倒くさい話で、それに確実にダメージを与えるのなら、“同時に二人以上が傷を負わせる必要があり、さらにそれを見届ける人間が必要である”。と、別の世界から降りてきたクロシェット――大日向深知の伝言だ。それをこなすことで、自分たちの要望、あるいは悲願であるこの世界、否定からの脱出の可能性に少しでも近づいていくのだ。仮に、ワールドスワップとやらがどのような結果になったとしても。
「……降りてこい。俺が直々に殺してやる」
「ふーん……怒ってるかい?だろうなァ。俺はそういう人間のこと、大好き」
直々に殺すためというより、【哀歌の行進】のことも利用しているに過ぎない。同じ高さに降りた瞬間から、全てが計算づくで動き始める。そのための仕掛けを延々と考えていた。
この盤上に乗った瞬間、口車に乗った瞬間、全てがそのように動き始める。
「……不愉快だ」
「冷静沈着って聞いてた前情報とはなんだか全然違うな。それともだから否定されたのか?」
「黙れ!!」
演じている。
否定された当時、その頃の狂気を。狂気の様は記録されている。人が憎く、人以外も憎く、殺し合い、罵り合い、憎み合い、喰い殺した、数多の狂気。目の色が変わるとはまさにそのもので、【哀歌の行進】を睨みつける視線はどす黒い。
「アハハハ!狂気、狂人、もっと好きだぜ、こんなところじゃなかったらデートでも誘ってた」
「降りてこい!さもなくば引き摺り下ろす!!」
言うが速いか、飛んだ。腰椎のあたりから展開されるページ群は翼のような形状を以て、その身体を宙に浮かせることができる。長い尾が【哀歌の行進】がいた場所を薙いだときには、位置はとっくに入れ替わっている。
「……」
「降りてきな。まさか、降りてこいって言っておいて、降りてこないわけがないよなあ?」
めりめりと音を立てて、その足の構造が変わっていった。踏み潰すものの構造として明確に変化したものが上空から襲いかかる。半分ほど人の姿を捨てた男を見て、【哀歌の行進】は面白そうに笑った。
「必死だな。必死だね、何がそこまでそうさせるんだ?」
「黙れ。次はお前を焼く」
足先から変容。細い人の足を取り戻して、【鈴のなる夢】は宣言する。
「――おまえに、与えられるのは、“死だけではなく”!!」
乾いた音。間近にあったはずの胸元から、飛び出してくる尖鋭物。いや、これは。
それがほぼ同時に、二か所から聞こえていた、ということに気づいたときには、もう遅い。膝をつき、崩折れた男の顔は確かにこちらを見ている。――肉の焦げたにおいではない。これは、紙だ。
「――」
「おらよ!!言われた通りにやってやったぜ、先生」
「二人では殺せないが、かと言って四人の中から三人を選ぶ余裕はない。ならどうする?」
次発装填。そして、構える。弩の先が対象をブレずに捉え、軽い音がした。命の奪い合いにしてはあまりにも軽い、けれど、確かな傷。
何故二人で殺せないか、それはこの【哀歌の行進】が持つ認識阻害の能力に拠る。その影響を浴びると、【哀歌の行進】は敵として認識できなくなる。二人組までなら、一人を捕らえてしまえば、後はもう一人を執拗に追い回し、嫌がらせをし、間接的に悪影響を与え続ける。そうして、【鈴のなる夢】が呼び込んだ【望遠水槽の終点】の認識を阻害した。
数が増えればそれだけ有利で、そして傷をつけたことを認識していられる。さらに、クロシェット・アストライアー・スケープゴートという男もまた、――【鈴のなる夢】と同じ性質を有している。
「追加戦士ってわけさ。じゃ、今死ぬか、後で死ぬか、選んでくれや」
「……思ったより、というか全然痛くなかったな。突き破られて気持ち悪いだけだ。……フェデルタ」
「人を何かの便利屋みたいに思ってねえか?」
銃口が向けられる。
庇うように、それが飛び出してくることは想定内だった。硬いものに銃弾が当たって跳ねる音。女の目の色はもはや深い藍色ではなく、意味するところは【哀歌の行進】の支配下にある、ということだった。
ここにいるのは、幸せな結末を迎えたあの子ではない。
ここにいるのは、自分の存在によって引き寄せられた、どこかの可能性――否定された可能性。
そんな可能性は殺さなければならない。
もう誰とも、もう二度と、もう絶対に、会わないために。ここで繋がりを断つのだ。
「あなたのことを信じているから」
項垂れた肉体が肥大する。ひとの手足がひとのものでなくなり、骨格が変化していき、ひときわ大きな獣竜がそこに顕現する。大きな大きな爪と牙、そして角――微かな痕跡はそのたてがみの色だけだ。
それは咆哮する。そうして、向かい合った娘だったものを踏み潰さんと動いた。
「――ッ、おい!流石に聞いてねえ!!」
「黙ってついてこい、おっさん!まずは向こうだ!!」
――初めに望んだのは変化だった。
そして、次に望んだものもまた、変化だった。故に、変化こそが、変容こそが相応しい。もうこれ以上のことはない、ずっとそう思い続けていた。けれど、先のことなんて何も分からない。ただ、自分たちは最期を定め、そこに向かって歩き始めたのだ――あまりにも、遅い決断だったのかもしれないが。
それを悔いることはない。
「オオォォォォ……グルゥゥウウアアアア!!」
立ち上がった小山のような青い獣竜は、原型を留めることすらやめた“だったもの”を喰らおうとしていた。
これに似た景色を何度も見た。いつも見下されていた。今も見上げているが、違うことがあるなら、そのあぎとはこちらに向かって開かれてはいない。
「――チッ……捨てだな、これ以上は」
「おう待ちな、こっちもタダ働きとは行かないわけ」
適当に撃ってくれ、と言い残して、クロシェットは【哀歌の行進】と距離を詰める。
クロシェットが【鈴のなる夢】と同様の性質を持っているということは、即ち、彼もまた、同じように――小山とまでは行かないが、その口を開くことができる、と言うことを表している。
「足止めでいいのか」
「十分!」
肩から先がずるりと伸びて、伸びた首の先の牙が確かに【哀歌の行進】の一部を引っ掛ける。小回りの効く全長五メートルにも満たない獣が、身体を構成している物質を抉り取った。
傷ついている、手負いであるという認識が、【哀歌の行進】の全ての歯車を狂わせる。
「くっ……!!」
「後悔しろ!って伝言だよ、オオヒナタってやつからな」
「――ッ」
刹那、脳天を銃弾が捕らえていく。
撒き散らされたものは血でも脳漿でもなく、どす黒い色をした影だった。
鮮明な意識の中で、人――だったもの、を食らっている。
人、いや。最初から人ではなかった。可能性とは、こんなに悲しい味のするものなのだろうか。それでも、今、今超えておかなければ、受け入れることも、離れることもできない。
受容、そして変容、変化。これで自分たちは一歩先にコマを進めたはずだ。
飲み下す。それからは、本当に何も感じなかったし、知っていること以外の情報がなかった。ただ、悲しいという感情だけが増幅されてそこにあった。悲しいと、そう思っていたらしい。
もし、この形で手を下した相手のことを取り入れようものなら、即座に破棄する予定でいた。けれど、本当に知っていることしか存在していない。
自分が置いていった。自分が死んで、この世から逃げた。そして、迷い込んだ世界で、“何も起こらなかった”。
――それだけは嘘の記載だ。いや、これが可能性の分岐、ということなのだろう。何も起こらなければ、ただ救われないだけの女がそこにいた。そこにいた、ということすら、誰にも覚えていてもらえなかったかもしれない。
けれど、それは否である。
自分たちが見つけた。初めは偶然だったかもしれないが、それ以降は必然だった。そして、手を引いて、手を下した。そして、幸せに暮らしました、という物語の終わりを見た。だからこの可能性は、存在してはならないのだ。
全てを引き受けると選択したのなら、最期まで、別の可能性であっても、責任を持つ。今、そう決めた。もしかしたら、さらに別の可能性が存在しうるのかもしれないが、自分の目の届く範囲のものには手を差し伸べるべきだ。
咲良乃スズヒコはそう思っているし、フェデルタ・アートルムも、きっと同じようなことを言ってくれると思っている。根本的な在り方が違っていたとしても、共にあれば互いの思考をそれなりには理解できる。きっと自分は、見た目よりもずっと頑固だと思われているに違いない。
役目を終えた巨大な肉体が、静かに萎んで、人の形に戻っていった。

[821 / 1000] ―― 《瓦礫の山》溢れる生命
[444 / 1000] ―― 《廃ビル》研がれる牙
[481 / 500] ―― 《森の学舎》より獰猛な戦型
[200 / 500] ―― 《白い岬》より精確な戦型
[410 / 500] ―― 《大通り》より堅固な戦型
[328 / 500] ―― 《商店街》より安定な戦型
[263 / 500] ―― 《鰻屋》より俊敏な戦型
[189 / 500] ―― 《古寺》戦型不利の緩和
[111 / 500] ―― 《堤防》顕著な変化
[146 / 400] ―― 《駅舎》追尾撃破
[5 / 5] ―― 《美術館》異能増幅
[146 / 1000] ―― 《沼沢》いいものみっけ
[100 / 100] ―― 《道の駅》新商品入荷
[299 / 400] ―― 《果物屋》敢闘
[41 / 400] ―― 《黒い水》影響力奪取
[203 / 400] ―― 《源泉》鋭い眼光
[89 / 300] ―― 《渡し舟》蝶のように舞い
[99 / 200] ―― 《図書館》蜂のように刺し
[90 / 200] ―― 《赤い灯火》蟻のように喰う
[46 / 200] ―― 《本の壁》荒れ狂う領域
[76 / 100] ―― 《珈琲店》反転攻勢
[100 / 100] ―― 《屋台》更なる加護
[56 / 100] ―― 《苺畑》不安定性
[5 / 100] ―― 《荒波》強き壁
[100 / 100] ―― 《小集落》猛襲
[21 / 100] ―― 《落書き壁》リアクト
[43 / 100] ―― 《変な像》揺らぎ
[0 / 100] ―― 《白い渦》不幸
[11 / 100] ―― 《黒い渦》不運
―― Cross+Roseに映し出される。
Cross+Rose越しにどこかの様子を見ているエディアン。
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エディアン 「どこに行ったかと思えば、ほんとあいつは・・・・・」 |
白南海
黒い短髪に切れ長の目、青い瞳。
白スーツに黒Yシャツを襟を立てて着ている。
青色レンズの色付き眼鏡をしている。
エディアン
プラチナブロンドヘアに紫の瞳。
緑のタートルネックにジーンズ。眼鏡をかけている。
長い髪は適当なところで雑に結んである。
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白南海 「・・・ん?光の玉の行方でも追ってんのか?」 |
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エディアン 「え?・・・あ、はいそうですそうです!」 |
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白南海 「・・・わっかりやすい反応しやがって。」 |
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エディアン 「へ?なんです?いやほんと、光の玉追ってたんですけどぉー。」 |
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エディアン 「なーんか、童話とかの存在というか、そんな変なのが湧いてません?」 |
いくつかの映像が映し出される。
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白南海 「変なのってもなぁ・・・・・ここに出てくるの変なのばっかじゃねーか。」 |
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エディアン 「それはそうなんですけど・・・・・ジャンル違い?というか。」 |
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白南海 「まぁ異物感あるっちゃあるがぁ・・・」 |
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エディアン 「そう、なんか変なんですよねぇ。」 |
不思議そうにするエディアンを見て、軽くため息をつく白南海。
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白南海 「誰かさんが言ってたろ。ワールドスワップが発動すると分身に能力が与えられる。 突然与えられたらそりゃ能力なんて不安定なんじゃねーすかー。」 |
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エディアン 「そんなもんすかねー。」 |
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白南海 「そんなもんっすよ。・・・てかどーでもいいわ。」 |
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白南海 「んで、結局なに眺めてたんだよおい。」 |
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エディアン 「え、そんなに気になります?私のことー。」 |
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白南海 「知るか消えろ。」 |
チャットが閉じられる――