
大日向研究室はにわかに騒がしくなっていた。
狭間から齎された情報と、交渉の余地。それに食いつかないトップではなく、何より幸いなことにそれは専門内のことだった。
数値計算ラボラトリのデータベースに二ノ平が籠もりきりになり、それらしい情報を不定期に送ってくるのを全員で総当たりしたり、“紫筑大学の”図書館のデータベースを当たったりしている。とにかくここを逃すな、絶対に逃すな、そういう圧があった。
「思っていたより人間の心があるんですね……」
「ヒトが怪異に変じた場合ではよくある事象ですよ。逆にその“中途半端に残った人の心”があらゆるものに作用し、厄介なことを引き起こす場合があります」
伝承の悪王の記載を一瞥し、閉じる。不死王と名を冠してこそいるが、その振る舞いからはあまり“王らしさ”は感じられないらしい、ということ。決して“ノーライフキング”という名前は偽りではなく、故に生かしていて、そして殺そうとしているということ。断片的に得られた情報を繋ぎ合わせ、限りなく近いものを探す作業は骨が折れるが、ある意味で本質に限りなく近い。
「けど、わざわざ助けるというか……そんなことするほど、切迫してるんすか?」
「……さあ……一つ分かることがあるなら、恐らく彼には別の目的が明確に存在し……そして、」
西村はほんの少し首を傾げた。
ここにいてはいけない足音がする。
「……西村せんぱ」
「シッ!!」
紀野の手を引き、すぐそこの倉庫の扉を開けて飛び込む。絶対に口を開けるな、と前置きした上で、部屋の外の様子を識ろうとした。
――最悪だ。どのくらい最悪かと言うと、神頼みを今からでもしたいくらい。
「……」
「……【哀歌の行進】だけど……どうしてここに」
「!!」
「……手を出してはいけない。私たちでは普通に刺し負けるか逃がす相手」
それは当然のように、兄の姿で――今の一海の姿で、大日向の居室へと向かっていく。携帯持ってる?という小さな声に、紀野は頷いてスマートフォンを差し出した。
コンコン、とノックの音がした。通さない理由はなかった。
「失礼します」
「西村か。珍しいな」
「そうでしょうか。まあ、来た理由としては珍しいかもしれませんね」
後ろ手で扉が閉められ、背の高い男が椅子に座った女を見下ろした。女は眼鏡を直すと、見つめていた書類をそっとテーブルの上に置く。
「それで、何だ?言ってみろ」
「はい。端的に言いますね」
ひとつ、足音。
「――」
「取り引きをしませんか?」
男の影から無数の弓矢が飛び、飛び退った女を壁に磔にする。瞬時に【知識の坩堝:ご都合主義】が発動し、閉鎖血管系を開放血管系に切り替える。ほぼ同時に痛覚も鈍麻する。
のんきにしているが、始めから気づいていた。西村一騎は紀野いずもとともに作業に当たっていて、しばらくここには来ないはずだった。仮に来たとしても西村が一年生の紀野を放置することはまずなく、共にどこかへ移動するはずだ。二人ともおとなしくしているから、気づいたかか、気づいていないかの二択だ。
この大学は、全てが大日向深知の管理下だ。情報として全てを掌握するとさすがにパンクするから、自分の研究室だけをその対象としていた。ここには西村姓の人間は二人いるが、その片方は未だに封印され続けている。
口の中に溜まった血を吐いた。
「敢えて聞こう。お前は何だ?」
「……そこそこ命の危機だと思いますけど、ツラの皮が分厚いのかなんなのか……そうですね。バレてるっぽいしもう取り繕いもいらないか」
頭を数度振る。髪型がゆらりと変わり、血のような色の毛束が本来耳のある位置から生えてくる。
それ以外の構成要素はおおよそ『西村一騎』だった。
「どうも。カミサマも適度に飽きるようですよ、【哀歌の行進】です」
「……」
神が飽きた、という言葉で、おおよそ何が起こっているのかは理解できた。
異変を聞きつけたのだろう学生たちが、この部屋のドアを開けようと試みている音が聞こえる。当然ながら無駄だ。物理で壊したとして、次に待っているのは結界、そして世界の断層。下手に開ければ無様を晒すことになる。
「独自ルートで聞いたんですけど~……あなたたちも“ノーライフキング”を追いかけてるんじゃなくって?」
「それを聞いてどうする?」
「だから、取り引きをしようって言ってんですよ。俺はあなたたちと違って、縦の移動は得意ですからね」
ドアを叩く音がする。
縦の移動ができるという意味は大きい。要するに呼ばれてもいない場所に勝手に現れてはこうやって場を掻き回し、そして逃げていく。何故執拗に狙われているのか――など、語るまでもないが、この怪異は執拗に大日向研究室に襲撃を掛けてきていた。
「情報をあげてやってもいいんですよ、って言ってるんです。もちろん、対価は――もう俺のこと追いかけて来てもらうの、やめてもらえません?」
「……」
自分が有利だと思っている顔をしている。大日向はそう思った。吊り上がっていた口角がすっと下がる。
結界と世界の断層を引き裂く音。【哀歌の行進】が咄嗟に振り返ると、見覚えのある顔がそこにいた。
「……後ろを見ても同じことが言えるかな?」
そこにいたのは女だ。似たような顔をした女。その隣にいる小さな少女。
考えられうる限りで最悪の組み合わせで、思わず肩を竦めた。どうにかできるか?と問われれば、かなり厳しい。一対多になるのが、まず何よりも分が悪かった。
「いやァ、これは撤退だ。残念というか……けれど俺は諦めていない。なんなら俺があの不死王に先に触れてもいいんだぜ?」
「それは無理だろうな。お前に正面切ってやり合うつもりがあるのかと言われたら別だが」
「ハハハ!冗談は止してくれ。じゃあ、また」
消える背中に向かって飛んできた炎から逃げるように空間の隙間に逃げ込み、【哀歌の行進】は姿を消した。いや、狭間に移動したのかもしれない。
大日向が息をつくと、救急箱を持ってきたクレールより早く、少女――混沌たる御火籠の炎が動く。
「飽きたわけではないのよ。あなたならうまくあしらうと踏んだだけ」
「……は、そうか。いずれにせよ説明は求めるぞ!」
巻き戻るように傷口が塞がっていく。開放血管系である意味がなくなった瞬間に体内を閉鎖血管系に戻して、大日向はいつもの日常であると言わんばかりに、血に濡れた白衣を丸めて捨てた。白衣の予備はいくらでもあるが、着替えの予備はそうも行かないくらいで、誤差だ。
「ところでこれまだ俺と一海はアレしたまんまなんすか……?」
取り残されたような声で、女がぽつりと呟いた。
西村一騎と西村一海は二卵性の双子で、二卵性にしてはよく顔が似ていた。性格も分かりやすく真逆で、兄妹です、双子です、と言うと、実に納得しやすい。二人とも平均より体格がよいところまでそっくりなのだから、血は争えないものだ。
そして、二人とも異能遺伝学に綺麗に従うように、相反する名をつけるべき能力を持っていた。それが【書き尽くす炎】と【識り尽くす氷】だ。お互いにどちらかと言えばサポート向きの能力で、二人で組ませればそれなり以上の成績を出せるだろうと見ていた。しかし、その筋書きは早々に捨てられることになった。
【右手の幸運】という、誰も知らない能力がある。
誰も知らなければ、何も解き明かされていない能力があった。
「そう……私がなんとなく……多分、その力?で、気づいたから。わざと解き放ったわ」
「……」
「どうしてそんな難しい顔をしているの?うまく捌いているから、とくに問題はないでしょう?」
「そういうところだよ」
大日向の部屋から叩き出され、学生室に放り込まれた西村(兄)と混沌たる御火籠の炎は、のんきにお茶を飲んでいる。どうしようもないと言えば全くその通りで、神がそこにいようがいまいが、彼らのやることは大して変わらなかった。必要があるとすれば西村兄妹くらいのものだが、妹の方が何一つ状況を気にしてくれないので、妹の身体に兄の魂が収まったままだ。
「……ま、どういう手を使ったかくらい聞いてもいいだろ。飽きてきた」
「あ!それはあたしも気になります!」
「簡単なことよ。肉体に魂を戻したの」
「いや戻ってませんけど……」
「……戻したのよ」
不服そうな顔をしている西村のことを意にも止めずに、少女は淡々と話し続ける。
その間にどんどん机上のお菓子が減っていることに気づいて、西村はそっと席を立った、
「するとね。あなたたちには双子特有のつながりがあるから、あいつもすぐに気づくのよ。ここがどうなっているか、ここがどんな世界か、今あなたたちは何をしているか――」
「待て待て。わざと情報を握らせたってことか?」
「? そうだけど……同じ方向を向いているなら、きっと有利になりにいくだろうと思ったの。そしてそうなった……いえ、“そうした”。これは、【幸運】の力ね」
誰も知らない門外不出、紫筑大学の中ですら秘匿事項になっている超弩級のチート。大日向深知を以てしてなお、未知数だと言わせる程度の脅威度、計測不能の範囲と強度。
「……【幸運】……?」
「……神様のちょっとした啓示だわ。そうなったらいい、そうしてほしいとお願いした……それだけ。あっさり来てくれて助かったわ」
「神様ってそんなこともできるんすね!?」
視線が合った。この中で最高学年だからという理由で存在を知っているクレールと、【幸運】の張本人の西村だ。学外どころか学内秘をべらべらと目の前で喋られているので気が気ではない。
「そうね……たくさん甘いものを食べてきたから、できるわ……」
「甘いもの」
「お供え物みたいなものよ」
この一時は(紀野の勘が鈍いせいで)何とかなりそうだ、ということを視線で確認し、西村はチョコレートのアソートを机の上の籠にどさどさと入れた。入れた側から神がつまんでいく。
「お供え物……なるほど……」
「そう……だからちょっとすごいこともできる。……そういえば、大日向先生はもう良いのかしら?」
「何か用でもあんのか。怪我はしたにはしたけど、どうせあの人のことだから何か付けて仕事してるだろ」
そう、と穏やかに笑った顔の向こうに、一瞬確かに邪悪さを見た。純粋な悪、あるいは混沌。面白そうなことに手を貸そうとする性質。
この一柱は、とにかく人に優しかった。面白そうな人間にずっとくっついて回っては、それを見るのが生きがいのような神だ。
「人に優しすぎるってミライに怒られそうね……」
「もう十分すぎるくらいだろ。こんなに寄ってくる神様の方がよっぽど怖い」
「あら。やっぱり、ちゃんと勉強している人はそう言うのね。けどきっと先生は面白がってくれると思うわ?」
チョコレートがもうひとつ消える。
鮮やかな空の色――否、高温の炎の色の眼が瞬かれ、そして緩やかな弧を口元が描く。
「神様だからこそできるズルを提案しにきたのよ」
あなたたちはここから“メルンテーゼ”には行けないでしょう?と、神は笑っていた。
しばらく目を見開いていたのはクレールの方で、がりがりと頭を掻いて、自分のマグカップを手に取る。
「嫌な予感しかしねえ」
「そうかもね」
犠牲はつきものだ。それが果たして、誰のためのものであったとしても――

[826 / 1000] ―― 《瓦礫の山》溢れる生命
[447 / 1000] ―― 《廃ビル》研がれる牙
[491 / 500] ―― 《森の学舎》より獰猛な戦型
[198 / 500] ―― 《白い岬》より精確な戦型
[402 / 500] ―― 《大通り》より堅固な戦型
[323 / 500] ―― 《商店街》より安定な戦型
[246 / 500] ―― 《鰻屋》より俊敏な戦型
[182 / 500] ―― 《古寺》戦型不利の緩和
[103 / 500] ―― 《堤防》顕著な変化
[145 / 400] ―― 《駅舎》追尾撃破
[5 / 5] ―― 《美術館》異能増幅
[141 / 1000] ―― 《沼沢》いいものみっけ
[100 / 100] ―― 《道の駅》新商品入荷
[277 / 400] ―― 《果物屋》敢闘
[35 / 400] ―― 《黒い水》影響力奪取
[147 / 400] ―― 《源泉》鋭い眼光
[77 / 300] ―― 《渡し舟》蝶のように舞い
[93 / 200] ―― 《図書館》蜂のように刺し
[67 / 200] ―― 《赤い灯火》蟻のように喰う
[43 / 200] ―― 《本の壁》荒れ狂う領域
[66 / 100] ―― 《珈琲店》反転攻勢
[100 / 100] ―― 《屋台》更なる加護
[55 / 100] ―― 《苺畑》不安定性
[0 / 100] ―― 《荒波》強き壁
[0 / 100] ―― 《小集落》猛襲
[0 / 100] ―― 《落書き壁》リアクト
―― Cross+Roseに映し出される。
・・・・・ヴオオォォォ・・・ッ!!
チャットに響く走行音。
アルメシア
金の瞳、白い短髪。褐色肌。
戦闘狂で活動的な少女。
鎧を身につけハルバードを持っている。
ヴォンヴォンヴォンヴォンッ
 |
アルメシア 「・・・・・・・・・最高、だッ」 |
アルメシアがバイクで登場する。
白南海
黒い短髪に切れ長の目、青い瞳。
白スーツに黒Yシャツを襟を立てて着ている。
青色レンズの色付き眼鏡をしている。
エディアン
プラチナブロンドヘアに紫の瞳。
緑のタートルネックにジーンズ。眼鏡をかけている。
長い髪は適当なところで雑に結んである。
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白南海 「・・・・・・・・・最高、だッ」 |
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白南海 「・・・じゃねぇよおい!チャットで爆走すんなうっせぇぇ!!」 |
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エディアン 「これはこれは、アルメシアさん。良い馬を手にしましたね。」 |
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アルメシア 「そうだろう!癖のある跳ね馬だが、御せれば最高の馬だぞこれは!!」 |
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白南海 「鎧姿にバイクとか・・・・・素直に馬はいなかったのか馬は。」 |
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アルメシア 「馬では限界があるだろう?進化とはこういうものと私は思う!」 |
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白南海 「はぁそうっすか、いや絶対違うけどな。」 |
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エディアン 「そういえば、アルメシアさんはマッドスマイルさんのこと知ってます?」 |
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アルメシア 「マッド・・・?何だそれは、人の名なのか?」 |
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エディアン 「ふむ、ロスト同士はお知り合いじゃないんですね。」 |
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白南海 「そもそもロストってのはどういう・・・・・・ぁ、この質問はやばいん――」 |
――ザザッ
チャットが閉じられる――