15
「小暮さん、荷物が届いていますよ」
煌都が寮に戻ると、事務の女性からそう告げられた。
いたって事務的なやり取りのはずなのに、妙に興味深そうな視線が気になっていたが、荷物を受け取って納得する。
某国の国防総省からの国際便である。
──メーカー直送って言ってたけど……メーカー?
煌都は疑問に思いつつも、ノリの軽かった父親のチャットを思い出し、気にしないことにした。
マニュアルも全部外国語であり、おまけに専門的な単語だらけだ。大卒レベルの語学力でも、専攻が違ったら歯が立たなさそうだった。
──しょうがないな、分からないとこは直接聞こう。
思いながらも、どちらかというと「実物」を早くいじりたくて仕方がない。
実物は、頭部を完全に覆う形のヘッドセットとゴーグルだった。
バッテリーは充電式だが、部屋の電源だとプラグの規格が合わないので、PCのコネクタ経由でどうにかする。
視線制御式のポインタが搭載されている。同期すべき観測システムが登録されていないので、とりあえず無意味にポインタを視線で動かして遊ぶ。
煌都は実質的な視力を失っているが、眼球は普通に動かせる。周囲から違和感を感じさせないために、ふだんは眼球の動きと異能で得る視界を合わせるようにしているので、問題なく機能させることができた。
──うん。これなら問題なく使えるな。
ゴーグルも望遠機能が付いていて、異能を調整せずとも遠くが見える。
──最大倍率20倍? うーん、天体観測用じゃないよなこれ。
天体望遠鏡だったら20倍は相当な低倍率だ。肉眼で見えないような天体を探す用途には絶対に使われない。
──あ、そっか。これ、軍事用か……
特にマニュアルを読まなくとも煌都は気付く。これは大型兵器の照準システムとの連動を目的とした観測機材だと。
──マニュアルを読んでもいいけど、先に操作をマスターしたいな。
むろん建前で、本音は「新しいおもちゃ」でたくさん遊びたい子供の心理である。
異能を使うにせよ、望遠機能の補助があったほうが効率はいい。毎晩きちんと座標を追っているので、夜になれば見つけるのは難しくないはずだった。とはいえ位置関係からして今日は夜にならないと見えない。
したがって、今のところポインタを《精密に》動かす練習に専念する。
倍率を上げるほど視界が狭くなるためにポインタの制御は難しくなる。窓から見える山並から、木一本、そして葉一枚。さらにその葉脈一本……と、どんどん細かく拾えるようにはやっているが。
──どこまで精度が必要なんだろうなあ。普通の観測はもう衛星軌道上で追えてるだろうから、たぶんオレの異能が必要なのってもっと精密なことなんだと思うけど。
夕食の時間になったので一度「遊び」は中断し、食事しつつ父親にメッセージを送る。
「機材届いたよ。どうすればいい?」
返事はない。向こうは宇宙空間なので地上と同じ生活時間とは限らない。
──そういやシフトとか聞いてなかったな。
「とりあえず今は視線制御のポインタいじって遊んでるけど、たぶんそっちの機材と同期させるんでしょ? マニュアル分厚すぎて探すの大変そうだからやり方教えてくれない? そうすればたぶん今夜から同期できるんじゃない? それじゃまた後で」
言いたいことだけ送って食事に戻る。
とはいえようやくアルバイトが始まるのだ。新しい「おもちゃ」が届いたのもあって、ワクワクするのは当然だった。
「お。届いたか。よかったよかった。あそこ民間に配送するとなるとけっこう信用ならないとこがあってな。ちょっと心配してたんだが」
「それで、どうすればいいの?」
「マニュアルのほうに機材のシリアルナンバーがあるはずだ。344ページの真ん中へんにないか?」
「なんでそんな中途半端なとこに」
「製品の使用目的上、なるべく分かりにくくしている、らしい。オレも同じ文句言った」
「つかこれ軍事用だよね? いいの?」
「メーカー直送だぞ? 悪かったら届かないよ。ただ用途を追跡されてる可能性はあるから女湯覗いたりとかには使わないほうがいいだろう」
「そんなことしないけど」
「女湯は冗談だが、練習のためにいろんなもの探してみるにせよ、軍事衛星とかそういうのを探すのはやめとけ。命は大事にしろよ。陽子が悲しむ」
「偶然見えても無視するように努力するよ。そうだ、なんで離婚したの? この前聞きそびれたけど」
「直接的な理由は『オレが家庭より仕事を取ったから』だけど、ようは相手の気持ちを考えてあげられなかったってことだろうなあ……今さらだけど陽子にも真夜にも申し訳ないことしたとは思ってる」
「オレは?」
「よく分からん。あの時期は滅多に家に帰れなかったからオレもいまいち煌都の印象薄くてなあ。ただ目に関してはオレの不注意だったからそこはすまんと思ってる」
「……そういういい加減なとこがお母さんにダメ出しされたってことか」
「だな。真夜から聞いたが煌都はオレに似てるってさ。お前も注意しろ、女の子の気持ちをちゃんと考えてやれ」
「大丈夫だよ」
「だから心配なんだ……オレもそう言ってたからな……お、来た来た……こっちで登録した。これでゴーグルの画面切り替えでうちの望遠鏡からの映像も見えるはずだ。確認してみてくれ」
「これかな……? うん。見える。って、これアンゴルモアだよね? もう見つけてあるのにオレがなんかやることあるの?」
「オレの異能を使う場合、三角測量でしっかり座標を確定させるのが重要でな。なんのかんのと観測誤差があってまだ使えないんだ。うちは72時間以内に今の軌道から移動するんで、コウトにはイバラシティからの観測データとうちからの観測データとの突き合わせをして欲しいんだ。三点目は『つきかげ』なんだが、人気者なんで使用時間枠の競争が激しくてすぐには使えない。使用許可が出たら連絡する」
「わかった。なんか楽しくなってきた」
「まあな。不謹慎だけど、やっぱりこういうの面白いんだよなあ」
肉眼では見えないが、煌都の異能はアンゴルモアを捉えている。静止衛星軌道上にある望遠鏡からの映像に切り替えて確認しながらさらに倍率を上げていくが、ふだんよりも修正が楽だった。もう一方からの画像で自分がどこを見ているかが客観的に確認できるからだ。
──なるほどね。だから三角測量か。
三角測量は位置天文学でも重要なものだ。これができれば理論上は誤差をゼロにできる。視点が一つ増えただけでもこれだけやりやすいのだから。
自分の異能の効率的な使い方を発見して、煌都は気分良くアルバイトの初日を終えた。
--月--日(--)
今ここにいるオレとイバラシティにいるオレは同じなのだろうか。
同じようだが違う気もする。
違うとしてもそれが何なのか。そこが問題だ。
オレたちは、一体誰なんだ?
12月××日(×)
ミトリヤちゃんと釣りに行く予定。だった。
何故なんだ。
何が悪かったんだ。
12月19日(土)
万人が幸せになるのはむつかしい。
無責任だけど10年後に期待しておく。
いや、10年じゃ足りないかもしれない。
でもまあ、いつでもいい。オレはやる。
12月23日(水)
終業式。明日から冬休みだ。
12月25日(金)
クリスマス。いちまちゃんとデート!!!!
姉ちゃんに相談して気合い入れていろいろ考えた。
幸せにしたいし幸せになりたい。
そのくらいは望んでもいいよな?
01月01日(金)
新年。
ケンと丸場を誘って髪長神社に初詣に行く。
01月08日(金)
始業式。休みはもう終わってしまった……。

[866 / 1000] ―― 《瓦礫の山》溢れる生命
[445 / 1000] ―― 《廃ビル》研がれる牙
[500 / 500] ―― 《森の学舎》より獰猛な戦型
[194 / 500] ―― 《白い岬》より精確な戦型
[397 / 500] ―― 《大通り》より堅固な戦型
[310 / 500] ―― 《商店街》より安定な戦型
[221 / 500] ―― 《鰻屋》より俊敏な戦型
[160 / 500] ―― 《古寺》戦型不利の緩和
[90 / 500] ―― 《堤防》顕著な変化
[137 / 400] ―― 《駅舎》追尾撃破
[5 / 5] ―― 《美術館》異能増幅
[128 / 1000] ―― 《沼沢》いいものみっけ
[100 / 100] ―― 《道の駅》新商品入荷
[196 / 400] ―― 《果物屋》敢闘
[28 / 400] ―― 《黒い水》影響力奪取
[58 / 400] ―― 《源泉》鋭い眼光
[32 / 300] ―― 《渡し舟》蝶のように舞い
[58 / 200] ―― 《図書館》蜂のように刺し
[39 / 200] ―― 《赤い灯火》蟻のように喰う
[8 / 200] ―― 《本の壁》荒れ狂う領域
―― Cross+Roseに映し出される。
「うぎゃああぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!」
「ひぎゃああぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!」
突然の絶叫と共に、チャットが閉じられる――