
簡潔に言うとひどい目にあったが、所詮は通過点だった。そこにそれ以上いる義理はない。
我ながら運がいい、とも思った。力が馴染んでいるのを感じている。そして、それを律せていることも。故に立ち、故に思考し、故に焦がすことができる。
「ではデータを送るよ。俺たちはちょっとナメてたね」
『髪!』
「……」
『そうですね』
しばらく会っていない彼らは、自分たちの少し後ろを進んでいる――いや、いた。今はもうその気配はない。拠点に戻ったのだろう。もうすぐそこに見えているチェックポイントを踏んで自分たちも帰還する、それでこのちぐはぐな組み合わせも終わりだ。
『あと、しっぽと羽根と…耳!!』
「……」
それがただの子供ではなく、利己的に頭の切れる子供だという情報を、今更掴んでいた。
学校行事。そういうものにはまるで無縁の生活をしてきたから、向こうの俺が楽しそうにしているな、ということ以外の感想を持たなかった。なるほど従者と主人というのは的を得ていて、彼らはそういう挙動をしていた。高校生だと言う割に子供っぽく、知能を疑いたくなったことは数知れずだが、それも個体差なのだろう。子供っぽい主人だと思っていたが、それは単純に他の子供と触れ合う機会がなかったからなのかもしれない、だとすればまあ、納得できる範疇だ。
「お楽しみのトコ悪ぃんだけど、スズヒコで間違い探しすんのは後でな」
熱源が近づいてくる。
最近特に“熱い”。何があった、と問いかけるのは、もう少し後にさせてほしい、と勝手に思っていた。
吉野暁海の記憶が、不可思議なことを告げていた。到底ありえないことを告げていた。その処理を先にしなければ、と思っていた。
「っつーか、変わったっつーなら――」
視線の先。眼鏡を掛けた目付きの悪い男――従者、グノウ・スワロルド。
見ないうちに随分と“らしく”なったものだ。何時間か前の話、彼は頼みがあると言っていた。
『もし、傷が……この呪いが私を食い破って出てきたら、私を殺してくれると約束してください』
それは果たして、本当に彼の望みだろうか?聞き入れ、頷き、定期的に連絡を取り合いながら、ずっと思っていた。今ならもう少し真面目に取り合うことができて、そしてカマをかけることだってできる。そのくらいの余裕が生まれていた。
要するに一人だけ問題から一抜けし、自分の抱えている問題と言ったら、この世界から出られないこと以外に存在していない。ここで死ぬのではなく、何としてでも外に出なければならない。それ以外の問題は――脱ぎ捨て、すべて食わせてしまった。
「……まあ何にせよね、生憎暇と持ち合わせがなくてね。そちらで頑張ってくれ。俺たちはちょっと靴探しに行ってくるから」
『わかりました。では――』
ジャミングでもされたかのように通信が阻害され、そして切れた。
不快以外の何物でもない。切るタイミングというものがあるはずだ。
「……やれやれ……」
手を握り込むと、その動作だけで通信用のインターフェースが閉じられ、そして格納された。便利なものだ、と思う。同時に何となく危うさを感じてもいた。
言い残し、言い逃げ。あるいはログとしての再生。もし、最期の一言をこれに託されたら。それだけで自分は嫌だ、と感じる。最期に逃げた側のくせに何をとも思うが、だからこそ何も遺さずに死んだ。何も遺さないことが幸せかもしれないと、真剣に考えていたからだ。
それより今、何よりも気になることが一つあった。
流れ込んできた吉野暁海の記憶。その中に、あってはならないものがある。絶対にあってはならない、特異的なもの。絶対に排除したい異物。
(――吉野暁海……それを“何故”手に入れた……!!)
それこそ物語のような話だが、そこにはかつて本の世界があった。本の世界に集まった、もしくは集められた人々は、物語を読み進め、そこに発生している異変をひとつずつ解決していった。黎明期にあってはそのような物語をはいくつも生え、いわゆる本筋のみならず、様々な物語が様々な場所から集った。
――戯書。本の世界。死した自分が何らかの奇跡により呼び寄せられ、そして必然を成した場所。
吉野暁海が手にした本には、確かに覚えがあった。ずっと古く昔の話、特筆するほど特別なものではなく、プレゼントとして親が自分に与えた一般的な図鑑だ。そうして与えられた本の何冊かを、確かに自分の故郷から持ち出した記憶はある。自分にとって、それらは進むべき道を定めた大切なものだからだ。あまりに普遍的すぎて、別にどうでもいいものだと言えばそうなってしまう。けれどもそれはそうではなかった。
真っ白なページ。進まない物語。ページを捲る、捲る、物語は続いていく……
(何故それが……そうなっているんだ……!)
白紙の本。それは、本の世界の入り口だった。過去形なのはすでにあの世界は完全に閉じていて、どうやっても――少なくとも自分の思いつく限りの方法では、再び入り込むことはできなかった。それをわざわざご丁寧に、自分の知る装丁で渡したやつがいる。
「先生、随分と剣呑な顔だ。どうかした?」
「すっとぼけているといくらお前と言えど首を刎ねるよ。その程度で死んでくれればよかったのにね」
今のパライバトルマリンの持ち主は、どうしてか探究心が強く、自分の存在を理解しているような挙動をし、そしてそのように吉野暁海という端末に働きかける。例えばあの本もそうだ。間違いなく分かっていて、そしてわざと渡している。それ以外のことを見出すことができないくらい、意図的に。
「そうだね。だからここにいるんだろうけど」
「全くだ」
沼地を歩いて汚れたブーツの泥を払いながら、音も立てずについてくるその生き物を見た。
徹底的な不干渉、正確に言うのなら観察。その挙動を貫き続け、素知らぬ顔で危険があれば隠れ潜み、決して戦力になろうとはしない。言ってしまえば不愉快な距離感だった。尊大な態度であろうと、共闘して最低限役に立つのであれば気にしない。気にしている暇はない。だからこそ、余計に鼻につく。
「……それで……何が目的?お前の今の持ち主は」
「次に拠点に戻ったときに話すつもりでいたんだけど……」
「もうどこも変わらないさ。どこにいようと襲われる。どこにいようと逃げ場はない。一息ついた安息はどこにも保証されていない」
「そう。じゃあいっそ誰もいないほうが気楽?」
「それはそっくりそのまま返すよ」
人気はまるでない道だった。誰より早く通り抜けることを選択したのだから当然で、しばらくはこの沼地と友達だ。尻尾を半分ほど突っ込んで、沼の底を攫うように歩いていた。
思えば、どこへ行ってもそんな、泥臭い歩き方をしていたように思う。先が見えないなら、手探りで進むしかない、そんな日々をどこでもやっていた。探ることは苦ではなかった。身体に染み付いている。
だからこそ、探ってしまう。電気石の名を冠した不可思議の向こう側の人間のことを。
「先生……いや、」
「大日向深知」
「そう。……あ、そっか、先生には記憶が来るんだっけ?」
「そうだよ。そうでなきゃ何も知らずに歩いていただろうね。だからこそ腹立つというか、ムカつくんだけど」
こちらでの一時間ごとに、圧縮された記憶が流れ込んでくる。日付の間隔はまちまちで、随分と詰め込んできた時間もあれば、そうでない時間もあった。幸いにして自分はそういう記録を整理することには特化していて、一度本を閉じてから開けばそれでよかった。何の感傷もなく、客観的に、全てを受け入れられる。ただの記録にしか過ぎないからだ。
記録ではなく記憶として全てを受け入れている他の大勢が、どのような思いでいるか、まるで興味がなかった。昔からあまり他人には興味がなかったし、群れる気質でもなかったからだ。
その中に、唐突にねじ込まれた『本を受け取る記憶』が何より気持ち悪かったのだ。一体どうやって手にしたのか、どうしてそれを選んだのか。探られている、探されているという事実を突きつけられたにほぼ等しい。――まだ推測でしかないが。
「大日向先生は……何でだろう?そういえばぼくもあんまり知らないな。けどあの人たちは、はじめから先生のことを知っていたように見えた」
「……予め調べてあった?」
「さあ。ぼくはとにかく、“先生”を探して……コンタクトを取れと。それだけだった。咲良乃スズヒコ、じゃなくて……先生って言ったんだよ。だから信用していいかな、って」
眉根にシワが寄る。
良くも悪くもパライバトルマリンの種族は清廉であり、世間知らずだ。例えるなら天使のようなものが一番近い、と言っていたのは確か本人だ。
「……もう少し人を選ぶことを覚えろ」
「待って待って。これでもぼくの前の持ち主よりは全然マシだよ。ぼくを雑に放り出すんじゃなくて、必要な知識、もの、こと、全部揃えてくれた」
「前の持ち主。……前の持ち主はどうしてお前を手放した?」
「買われたからだよ」
なるほど、売り物にするには特に相応しい。他人事ながらにそう思った。どんな物好きが拾ったのか知らないが、いい商売をしている。相変わらず他人事のように思っているが、その商売の結果自分が探られているのだ。
「……そう。それで、お前を使って俺を探し始めた?」
「いや……たぶんもっと前から、調べてると思う。ぼくは最終兵器だって言われてたんだ。大日向先生は、ハザマのこと知ってるし、来たこともあるみたいだし……」
「……ああ、なるほど」
少しずつ繋がっていく。一度来たことがあるのなら、世界の存在を把握していても何もおかしくはない。しかし世界を移動する力は基本的に限られたものの手にあり、そう自由のできるものではなかった。かくいう自分もふらつくように世界を移動して彷徨っていたことがあるが、長きにわたる滞在で力を得るか、現地が強大な力に満ちているかでなければ、すぐに次の場所に向かうことはできなかった。もちろん今もそうだ。
パライバトルマリンたちはそうではない。そもそもが世界の隙間を住処としているから、移動ではなければ話にならない。
「それで……送り込んで。俺と対話をさせて。その意図は」
「ねえ先生。先生は別の可能性って信じる?」
彼に目はない。目に見える模様はあるが、感覚器官として存在しているのは触角だけだ。
それでも強く引き止めるような視線を感じた気がして、沼地を掻き分ける足を止めた。
「……どういう意味で言っているかにもよる。俺が死ななかった可能性は間違いなくないから、俺の別の可能性は信じないけれど」
「言葉通りに捉えてほしいと言ったら?」
「言葉通りか。……考慮に入れてもいい、くらいには」
そっか、という小さな声を、確かに耳が拾った。
「ユーエがここにいるんだ。……それは、幸せなユーエじゃなくて。一人ぼっちのユーエ。一人ぼっちのまま大人になって、誰とも会わなかったユーエ」
「……」
ざわめき。
その物語は、この手で変えた。この手で閉じた。“そして幸せに暮らしました”で終わる、幸せな物語にした。そのはずなのに。
「……根拠はどこに?」
気づいたときには距離を詰めて、その身体を覆う膜を掴み上げていた。

[861 / 1000] ―― 《瓦礫の山》溢れる生命
[444 / 1000] ―― 《廃ビル》研がれる牙
[500 / 500] ―― 《森の学舎》より獰猛な戦型
[193 / 500] ―― 《白い岬》より精確な戦型
[397 / 500] ―― 《大通り》より堅固な戦型
[305 / 500] ―― 《商店街》より安定な戦型
[216 / 500] ―― 《鰻屋》より俊敏な戦型
[156 / 500] ―― 《古寺》戦型不利の緩和
[79 / 500] ―― 《堤防》顕著な変化
[134 / 400] ―― 《駅舎》追尾撃破
[5 / 5] ―― 《美術館》異能増幅
[128 / 1000] ―― 《沼沢》いいものみっけ
[100 / 100] ―― 《道の駅》新商品入荷
[182 / 400] ―― 《果物屋》敢闘
[28 / 400] ―― 《黒い水》影響力奪取
[48 / 400] ―― 《源泉》鋭い眼光
[22 / 300] ―― 《渡し舟》蝶のように舞い
[49 / 200] ―― 《図書館》蜂のように刺し
[0 / 200] ―― 《赤い灯火》蟻のように喰う
―― Cross+Roseに映し出される。
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カオリ 「ちぃーっす!」 |
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カグハ 「ちぃーっす。」 |
カオリ
黒髪のサイドテールに赤い瞳、橙色の着物の少女。
カグハと瓜二つの顔をしている。
カグハ
黒髪のサイドテールに赤い瞳、桃色の着物の少女。
カオリと瓜二つの顔をしている。
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カオリ 「・・・・・あれぇ?誰もいなーい。」 |
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カグハ 「おといれ?」 |
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カオリ 「そうかもね!少し待ってみよっか?」 |
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カグハ 「長いのかな・・・」 |
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カオリ 「・・・・・・・・・あーもう!全然こなーいっ!!もう帰ろう!!!!」 |
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カグハ 「らじゃー。ざんねんむねん。」 |
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カオリ 「むー、私たちみたいにどこかドロドロになってないかなぁーって思ったんだけどなぁ。」 |
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カグハ 「ドロドロなかま。」 |
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