
ユカラくんの部屋に来て私は、しょぼくれていた。
もともとユカラくんと浴衣で夏祭りデートをしようと約束していたんだけど……。
「深雪とマグノリアも?」
「うん…」
「それでね、一緒に浴衣買いに行った時に一番近いお祭りの日を見たら、今年はもうそこしかなくて…深雪ちゃんもマグノリアちゃんもじゃあそこだね楽しみだねって。」
「俺と2人で行くって話は…まぁ出来ないよね、それじゃ。」
そうなのだ。
夏祭りに行くのを決めたタイミングが遅すぎた。
そりゃ、私とユカラくんで2人行く約束をしていると伝えれば、遠慮はしてくれるんだろうけど……。
あんな高い買い物させておいて、それはできない!!
私も深雪ちゃんとマグノリアちゃんともお祭りに行きたいし……。
そうなると4人で行くのが無難だよね。やっぱり。
分かってるんだけど。
やっぱり、すごく、残念。
デート、したかったなぁ。
デートしたかったよ。
2人きりで秘密の思い出作りたかった。
気分はお葬式である。
好きな人のお部屋に2人きりなのにもかかわらず、ウキウキソワソワとかできる気分にもならない。
大きなため息をついた。
そこに。
「…昼間は2人だけで行くか。」
「え?」
「夜のほうが定番みたいだけど昼だってやってるんだろ?昼は俺とアズだけで行こう。」
ユカラくん?
そうか、その手があった。
「でも浴衣着て私達だけ早く出たら変に思われるよ?」
深雪ちゃんに知られたら、ちょっと悪いなぁ……。
「現地で着替えるとか適当にやりようはあるだろ。アズは俺と行くの?行かないの?」
「行く!!」
行きます!!行きたいです!!
荷物が大変なことになるだろうけど行きます!!
こうして昼のお祭りデートが決行されることになった。
当日。
魔法具のバックがあると本当に便利だね………。
忘れてたよ。浴衣一式全部余裕で持ってこれたよ。
試着室のあるトイレで私服から浴衣に着替えて、メイクゾーンで着崩れしてないか確認して、髪を結って変身完了である。
狭い空間でパパッと着替えるために、昨日まで何回も着付けの練習したけどね!
ユカラくんとデートするために頑張ったよ私!
偉いよ私!
さて、待ち合わせの時間にギリギリになっちゃうかも。
急いでトイレを借りたファッションビルを出て早歩きをする。
慣れない下駄で靴擦れしないように、足袋を用意して正解だったなぁ。かなり歩きやすい。
祭り会場は沢山の出店と親子連れで大変な賑わいを見せていた。
時計を見ると、すでに待ち合わせ時間になっていた。
急がないと。
待ち合わせ場所に近づくとユカラくんの姿が見えた。
わ。浴衣姿、カッコいい……。周りの女の子たちの視線を浴びているような気がする。
このままだと、ナンパとかされちゃう??
急いでユカラくんに駆け寄った。
「ユカラくんっ、待たせちゃってごめんね!」
残念でした。相手がいるんです。
近寄らないでください。
と、でも言うかのようにわざと大きな声で言っちゃった。
わざとらしかったかな?
ユカラくんと目が合う。
「アズ、浴衣、すごくいいね。」
「ほんと?嬉しいっ。」
疲れと不安が一瞬で吹き飛んだ。
おめかし頑張ったぶん嬉しいなぁ。
「色合いがとてもアズに合ってるし、柄も華やかで可愛いよ。あと…」
「うんうん。」
「そうやって喜んでるアズが可愛いね。」
「ふえ!?」
顔がぼん!と赤くなった。
その様子にユカラくんが笑いだす。
最近、可愛いってたくさん言ってもらえるけど、全然慣れないよ……。
わたわたしてるとユカラくんはものすごくナチュラルに私の手を取った。
「行こう。」
私も頷いて、ユカラくんの手を握り返す。
少し歩いてみると屋台の多さに改めて驚いた。
萌ちゃんのところにホームステイした町のお祭りより大分大きいお祭りなんだなぁ……。
道沿いにずらりと並んだ屋台はどれも違う食べ物を扱っているわけではなく近くで競合していることもあるようだ。
金魚すくいやクジ引きなどもいくつかあり子供達が楽しんでいる。
「家族連れが多いんだな。」
「うん、昼間だからじゃないかな。夜は子どもだと眠くなって帰りとかつらそうだし。」
「逆にカップルはそんなに多くないみたいだ。」
「やっぱり夜がメインだよね。花火も打ち上がるもん。」
ふぅん、とユカラくんが頷く。
花火、最後に見たのいつだったかな……。
実家だったっけ……。
おじいちゃまが騎士団の見晴台に連れてってくれて、すごく近くで見たんだったなぁ……。
「アズは花火って見たことある?」
「うん、何回か見たことあるよ。」
「そっか…どんな感じ?」
「夜空に大きな花が咲いた感じかなぁ。でも綺麗なだけじゃなくてね、音や身体に響く振動が臨場感すごくて感動するよ。今夜の花火もすごく楽しみ!」
ユカラくんにわかりやすく伝えられたかな?
「アズは俺をその気にさせるのが上手だよね。いつも思ってたけど。」
「その気って?」
「アズが俺の興味を広げてくれるってこと。」
ほんと?
はじめて出会った頃のユカラくんは、いろんなことへの興味が薄かったから、興味を持ってもらいたくて、色々頑張って説明してきたけど……。
そう言ってもらえると、泣きそうなぐらい嬉しい。
「そっか、嬉しいなぁ…えへへ。これからも一緒に色んなこと体験しようね。」
泣かずに笑えてるかな?
ユカラくんがにこりとほほえんで頷いてくれたから、うまく笑えてたみたい。よかった。
その後、深雪ちゃん達との合流後に差し支えない程度に色々なものを食べてみたり楽しんだ。
夕刻、合流時間まであと1時間位。
空は茜色になり客層もだんだんと変わってきたようだ。
ユカラくんと私は神社の片隅の石段に座り休んでいる。
「アズ、大丈夫?」
「うん大分疲れもとれてきたよ。」
これからまだ4人で祭りを回ることを考え早めに休憩して疲れをとっている。
ユカラくんは立ち上がると飲み物を買ってくると言って、行ってしまった。
10分ぐらいかかるかな……スマホでも見て時間潰そうかな……。
あ、でも日陰は涼しくて気持ちいいなぁ……。
神社の空気は優しいし、木にもたれると落ち着く〜。
まぶたがゆっくりと落ちていった。
……………。
「んぅっ…」
突然のひやりとした感覚に身じろぎして、はぁっと息を吐いた。
「……アズ、起きて。」
目を開けるとユカラくんが隣にいた。
さっきの冷たいものはユカラくんが手にしているペットボトルだったらしい。
「ん…ユカラ…くん…私、寝ちゃってたんだ…」
「待ち合わせまであと15分くらいだよ。」
え、そんなに寝てたんだ……。
目をこすりながらも木から背中を離す。
すると、ふらりとよろめいてユカラくんにもたれかかってしまった。
「あ、ご、ごめんね。まだ頭がちゃんと起きてなくて。」
やだ、なんだか恥ずかしいな。
「いいよ大丈夫。だから早めに起こしたんだし。」
「うん…ちゃんと起きないとね。」
早いとこ、ユカラくんの腕の中からも出たほうがいいよね……。
「手伝うよ。」
「え…」
何を?
「ひゃんっ!ユ、ユカラくん…っ」
理解できないうちに、突然ぞくりとする感覚と、耳元で、ちゅっという音の響きで身体が跳ねた。
今、耳、耳にキスした??
一発で目が覚めたけど、身体がすごく中から刺激されたみたいで一気に熱くなった。
この前のプールの時からユカラくんに触れられると、なにかおかしい。
「なんだ、もう大丈夫そうだね。つまんないな。」
「ど、どういう意味…あんっ!」
ユカラくんがなんだかいたずらっぽい顔をしてるなぁ、と思ったら、私の肩に添えていた手をするりと滑らせ今度は首筋をなぞられた。
うう、私、こんなにくすぐったがりだったかな?
「もうちょっとアズのそういう顔や声を堪能していたかったって意味。でももう時間切れだな。」
「…ユカラくん…」
私は変な声が出てしまうから恥ずかしいんだけど。
でも、なんだろう?
私…………。
………………嬉しい??
そしてもっと触れて欲しいって感じてしまっている??
……………なら。
ユカラくんに背に手をまわした。
「ユカラくんになら…いつだって…」
とても、恥ずかしいけど。
私のことを求めてくれるなら、いくらでも応えてあげたい。
そして、たくさん触れて欲しい……。
はしたない奴って思われちゃう、かな??
俯いていると、ユカラくんが抱きしめ返してくれた。
「危険な誘惑だな。ケダモノになるかもしれないよ。」
!!
け、けだもの!?
それって……。
キスよりもっと先のこと、されちゃうってこと……?
…………。
ちょっと怖いけど、好奇心の方が強い、かな?
「そういうユカラくん、想像つかないけど…絶対嫌いになったりしない自信、あるよ。」
「俺も想像つかなかった。」
むしろ、もっと好きになってしまうんじゃないかな。
すごく、ドキドキする。
考えてるうちに、引き剥がされてしまい、ユカラくんは石段から立ち上がった。
……引き剥がされなかったら、もっととんでもないことを口走ってしまった気がするから良かったかも。
「そろそろ行こう。その辺で会って少し出店を見てたって言えば一緒にいても大丈夫だろ。」
「うん。」
「今日のデート、楽しかった。誘ってくれてありがとう、アズ。」
「私もすっごく楽しかったよユカラくん。またデートしようね!」
ユカラくんが笑ってくれた。楽しいって言ってくれた。そのことがとても嬉しい。
デートの余韻に少し浸りながら、私たちは待ち合わせに向かった。
言いかけそうになったことは、次の機会に大事にとっておこう。
*深雪ちゃん(840)の日記より