
深雪が拗ねている。
俺がメガネなんてどうでもいいって言ってから、ずっとぷんすかぷんすかしている。
「いやなんでだよ」
いじけたような顔で俺とすれ違う深雪の背を見送りながら思わず声が出た。
「なんでなの?」
深雪の背を見送る俺の背にマグノリアが声をかけてくる。
さぁねと俺は肩をすくめてみせるがため息が漏れると同時に
「メガネがそんなに大事なもんかね」
と呟いていた。
耳聡く俺のつぶやきを拾ったマグノリアが俺の手首を掴む。
「深雪様にメガネは嫌いとでも言ったの?」
「言ってねーよ。メガネがアイデンティティとか抜かすからメガネなんてどうでもいいだろって言っただけだよ。」
するとマグノリアは「まぁ!」と驚いた顔をした。
そして眉をひそめる。
「ユカラがどう思っていても、深雪様がアイデンティティとおっしゃるくらい大切にしている個性を否定したら怒るに決まっているでしょう?」
「……………。」
なるほど、わかりやすく、そして言い訳もできない説得力だ。
「でも俺だって考えなしに言ってるわけじゃないし。」
「なら話は早いじゃない。」
マグノリアがニコリと微笑むと俺の背をぽんと叩いた。
さっさと深雪の部屋に行けということだろう。
「…分かったよ。」
この妹にはどうも敵う気がしなくなってきた。
深雪の部屋の前に立つとノックをしながら声をかける。
「深雪。」
居ないのか?
いや、確かに部屋に入ったはずだ。
てことは無視か。
「深雪。マグノリアに言われて来た。」
あまりやりたくない方法だがここはマグノリアの助けを借りることにする。
案の定、マグノリアの名前を出すとドアが開いた。
ふくれっ面の深雪が俺を見上げている。
「…なに?」
「とりあえず中いれろ。」
深雪の返事を待たずに強引に入り込むが深雪が俺をとめることはなかった。
部屋の中にある小さめのテーブルセットの椅子に座ると、他に椅子が無い深雪はベッドに座る。
「あのさぁ…」
「どーぞお話して。私の分身だから。」
俺の話を遮り深雪はメガネをはずしてテーブルの上に置く。
こいつ…。
「あのな…」
「ユカラがなんと言おうが眼鏡は私が小さい頃からの大切な相棒であり分身なんだかんね。だから眼鏡に話してよ。」
取り付く島もない様子の深雪に苛立ちを覚え始め俺は自然と舌打ちをした。
「そこまでメガネにこだわる意味が分からない。」
深雪はぎゅっと唇を噛むが、俺の方は見ずにくちを開き始めた。
「分からないだろうね。ユカラはイケメンだし身体能力も高いくせにそういうの鼻にかけないっていうか気にしてないから。」
「…?なんの話だよ。」
突然俺の話をされ意味が分からず首をかしげる。
「アズちゃんみたいに可愛くてスタイルも良くてアイドルしてた様な女の子と違って、私は何もかも普通におさまった取り柄のないヤツだからメガネがあまり普及してない世界でのメガネキャラって個性を、結構大事にしてたんだよ。」
深雪の話を噛み締めて考える。
は?
「メガネしか取り柄がないって?」
「うん。」
当たり前に頷く深雪に、俺は気付けば椅子から立ち上がりベッドに座る深雪の腕を掴み押し倒していた。
「ぎゃあ!え!?ちょ、ユ、ユカラ…」
深雪も全く予想していなかったであろう事態に先程までのふくれっ面はすっかり消え失せ、目を丸くし顔を赤くして慌てている。
そんな深雪の唇を自らの唇で塞ぐと、深雪は身体をこわばらせながらもそれを受け入れる。
唇を離すと深雪は潤んだ瞳を俺へむけた。
いい顔だ。
俺はもう一度唇を重ねると強引に深雪の口を割り、やや濃厚に舌を絡めた。
「んっ、ん、…っ、………はぁっ、はぁ…」
再び俺たちの顔が離れると、乱れた呼吸を整えるように何度も深雪は息を吐いた。
「メガネなんて無くてもこうやって俺を掻き立てることが出来てる。」
深雪の手が俺の服をぎゅうっと掴む。
俺は応えるように深雪の首筋に吸い付く。
「ふあっ…、ぅ、んんっ」
耳元に直に聞こえてくる甘い声に脳が痺れる様な錯覚を起こしかけるが、ぐっと奥歯を噛むと深雪から離れる。
「メガネの深雪ばっか見てきたから確かに俺にとってもメガネは深雪の一部かもしれない。でも無くても深雪は深雪だ。俺にとっての深雪は“こいつ”だけだし、モノは所詮モノだ。」
深雪を起こし、包み込むように抱きしめ耳元で、はっきり伝わるように、そう言った。
「でも、傷つけたなら、悪かった。…まだ怒ってんのかよ。」
そう問うと、まだ呆け気味の深雪はかすかに首を横に振る。
「もう怒ってない…。」
「ならいい。用件はそれだけだ。」
立ち上がりドアへ向かい、振り返る。
「深雪。」
「はい。」
「その首の痕、見るたびにちゃんと今の話思い出せよ。」
「首の…ってちょ、教師がこんなのつけていったら学校中に噂が広まるじゃん!」
慌てて手鏡で確認し痕を手でおさえ困っている深雪の姿を見て、俺はニヤと笑う。
「あと、可愛かった。」
「…………え…」
「俺にもああいう衝動があるんだな。知らなかった。」
「ど、どういう意味?」
「最後までやっちまおーかと思ったけど抑えられて良かった。」
「………!!!!」
ぷしゅっとプルタブが開いた時のような音が聞こえてきそうなほど、深雪の顔が赤く染まる。
その顔に満足し部屋を出ると、掃除をしているマグノリアと目があった。
親指を立てて見せるとマグノリアはにまっと笑う。
思えば、プールの時にアズに感じた一瞬のざわめきも、こういう衝動だったんだな。
「…次にああいうのがあったら、どうすっかな。」
衝動に身を任せるには早い気がする。
俺の心は次のステップへ進めるほど定まっていない。
ま、なるようになるだろ。
翌朝、マグノリアから深雪が風邪をひいたようで今日は学校を休むし風邪をうつしたら悪いから部屋から出ないと聞いた。
アズは心配していたが、俺はふと思い立ち最近使い始めたスマホで深雪にメッセージを送る。
―教師がズル休みしていいのかよ―
するとすぐに返信が来る。
―身体が熱っぽいのはホントだしユカラのせいだよ―
コイツ煽るの案外上手いんだな。
妙な関心をしているとアズがもう行こうと声をかけてきたので今行くと答える。
―分かったよ、帰ってきたら見舞う―
もう一度深雪にメッセージを送りスマホをポケットにつっこんだ。
学校に着いてからスマホを確認すると
―ばかやめろ明日も休むぞ―
そんなメッセージに俺は笑った。

[860 / 1000] ―― 《瓦礫の山》溢れる生命
[431 / 1000] ―― 《廃ビル》研がれる牙
[492 / 500] ―― 《森の学舎》より獰猛な戦型
[171 / 500] ―― 《白い岬》より精確な戦型
[369 / 500] ―― 《大通り》より堅固な戦型
[274 / 500] ―― 《商店街》より安定な戦型
[193 / 500] ―― 《鰻屋》より俊敏な戦型
[134 / 500] ―― 《古寺》戦型不利の緩和
[47 / 500] ―― 《堤防》顕著な変化
[116 / 400] ―― 《駅舎》追尾撃破
[5 / 5] ―― 《美術館》異能増幅
[1 / 1000] ―― 《沼沢》いいものみっけ
[24 / 100] ―― 《道の駅》新商品入荷
[72 / 400] ―― 《果物屋》敢闘
―― Cross+Roseに映し出される。
ザザッ――
暗い部屋のなか、不気味な仮面が浮かび出る。
マッドスマイル
乱れた長い黒緑色の髪。
両手に紅いナイフを持ち、
猟奇的な笑顔の仮面をつけている。
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マッドスマイル 「――世界の境界を破り歩いてはその世界の胎児1人を自らの分身と化し、 世界をマーキングしてゆく造られしもの、アダムス。」 |
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マッドスマイル 「アダムスのワールドスワップが発動すると分身のうち1人に能力の一部が与えられる。 同時にその世界がスワップ元として選ばれる。スワップ先はランダム――」 |
女性の声で、何かが語られる。
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マッドスマイル 「・・・・・妨害できないようね、分身。」 |
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マッドスマイル 「私のような欠陥品でも、君の役に立てるようだ。アダムス。」 |
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マッドスマイル 「・・・此処にいるんでしょ、迎えに行く。 私の力は覚えてる?だから安心してね、命の源晶も十分集めてある。」 |
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マッドスマイル 「これが聞こえていたらいいけれど・・・・・可能性は低そうね。」 |
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マッドスマイル 「絶対に、見つけてみせる。」 |
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マッドスマイル 「そして聞こえているだろう、貴方たちへ。 わけのわからないことを聞かせてごめんなさい。」 |
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マッドスマイル 「私はロストだけど、私という性質から、他のロストより多くの行動を選ぶことができる。」 |
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マッドスマイル 「私の願いは、アダムスの発見と・・・・・破壊。 願いが叶ったら、ワールドスワップが無かったことになる・・・はず。」 |
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マッドスマイル 「・・・これってほとんどイバラシティへの加勢よね。 勝負ならズルいけど、あいにく私には関係ないから。」 |
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マッドスマイル 「アダムスは深緑色の髪で、赤い瞳の小さな女の子。 赤い服が好きだけど、今はどうかな・・・・・名前を呼べばきっと反応するわ。」 |
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マッドスマイル 「それじゃ・・・・・よろしく。」 |
チャットが閉じられる――