09:錐 [スイ]
【 Type:E 】
Section-B
伊予島
現役セレブサバゲーマー66歳。戦闘、は、
井の中の蛙は大海を知らない。
空の深さも知ることはない。
されど望めば、大海もまた蛙の住処となるのだ。
雫
元裏社会住人の世話役55歳。非戦闘員。
井の中の蛙は大海を知らない。
空の深さを知るに留まり、それで満足する。
大海を知れば、蛙は恐れ戦き狂い死ぬだろうから。
『 本当に"異能"なのか? 』
 |
雫 「…まるで『逆転クオリア』ね」 |
自分が見ている色と他人の見ている色は、はたして同じか?という思考実験。
まるで同じとは言わないが、この居心地の悪さはどことなくあの感覚に似ている。
 |
雫 「あたしのCloak Roomは、はたして"異能"なのか
それは八重子のAAと"同じもの"なのか」 |
伊予島のAAは、はたして"異能"なのか。
知人達が持つ"異能"と、先程の対戦相手が使ったあの"異能"は、はたして"同じもの"なのか?
もしかして違うものではないのか。
それぞれが異なるものを指差し、それを異能だと言っているような。
まるで違う言語で、まるで別々の方向を互いに指差しているというのに、
互いに同じ言語で同じ方向を指差しているのだと、強引に認識させられているような、
そんな気さえする。
 |
雫 「……『異能』?」 |
ふと、恐ろしい疑問が脳裏を掠めた。
『 一体いつから、自分達はあれを"異能"と呼んでいた? 』
ずっと異能と呼んでいた?
 |
雫 「この街に来る前は?…前から? …これまで八重子と行った街々では?」 |
街々でも?
様々な街を旅してきた。
海中の街、花の街、常夜の街
色々あった。
色々あったが、"異能"とは呼んでいなかった気がする。
それが何だったかなど、今となっては断片すら思い出せやしないのだが、それでももっと別の、
色んな名前で、"それ"を呼んでいた気がする。
色んな、…その者達が持つそれぞれの力の概念で。
それぞれの街で定義されていた固有の名称で。
 |
雫 「……『海中の街』…?」 |
・・・
海中の街。……水の中?
そう、確かに水中だった。水中の街を訪れ、観光を楽しんだ。
馬鹿な、と頭の中に非難めいた声が上がる。
呼吸はどうしていた。言語は?装備は?経路は?
車で行ったはず。…行けるわけがない。
だが行っていたのだ、実際。
道なりに車を進め、普通に到着した。まるで隣の街を訪れるかのように、ごく自然に。
行けるわけがないのに?
何故行けていた?
 |
雫 ・・・・・ 「……行けるようになっていた?」 |
行けるわけがない場所へ?
此処こそが私の生きる世界!
 |
雫 「…世界?」 |
 |
雫 「『世界』?」 |
・・・・
途端に認識する。
世界の存在。分割世界。それらを行き来するという概念、行動。
"異世界"などというファンタジーの中でしか存在しない筈ものが、実際にはごく身近に存在していること。
その異世界を自分達は旅し、行き来していたということ。
そしてそれは何も珍しいことではないということ。
既に理解していたものの存在を、この時初めて雫は認識した。
・・・・・・ ・・・・・・
これらの言葉が持つ意味を誰に教わるまでもなく正しく理解し、かつ使用していたという事実を。
 |
雫 「 」 |
 |
雫 「そんなことより」 |
ならば常夜の街はどうだ。夜の国。
明かり一つ存在しない、広大な闇の
"世界"。
何を楽しんだ?何が見えていた?何も見えていなかった?…いいや、見えていた。
闇の中だというのに、自分達はあの街を思う存分観光してきたのだ。
 |
雫 「なぜ見えていた?なぜ楽しめた?なぜ体調を崩さなかった?」 |
光のない世界など、人間には生きて行ける筈もないのに。
街を出た時はどうだ?
 |
雫 「…久しぶりの光に眩しいと笑いはしたけれど、決して視力を失う事も退化する事もなかった」 |
身体強化。
肉体の
変化。
何処へでも行けるわ 私が生きるその場所
何処でだって生きて行けるわ 私が望むその場所
本来行ける筈のない所へ行けるように変化させていた?
生きて行けるように?
身体を?
 |
雫 「…身体を」 |
装備は?
 |
雫 「 装備も…?」 |
何処へでも行けるわ 私が生きるその場所
何処でだって生きて行けるわ 私が望むその場所
 |
雫 「……何処へでも行ける」 |
『行く』。
ハザマは独立した時空だ。
毎回飛ばされたタイミングでの格好・状態でハザマに来るのではなく、
一番最初にハザマに飛ばされた時の格好・状態でずっと過ごし続けるのだという。
極端に言えば、途中あの街で死んでしまってもこのハザマでは生きているのだと
そう白南波に聞かされた時、まるでコピーデータのようだと思った。
 |
雫 「このハザマに存在しているのは所謂コピー…"オリジナル"ではないナニか。 皆、"あちらの自分"から複製されたデータのような 」 |
そんな存在なのかも、と。
だから実際にはこちらとあちらを行き来している訳ではない。
情報を上書きするかのように、ただ記憶だけがアップデートされていく。
…それ故に、記憶が上書きされない自分達の状況を危ぶみもしたのだが。
 |
雫 「…もし仮に」 |
それは到底あり得る事ではないけれど。
 |
雫 ・・・・・・ 「その上でコピーではなく、実際に移動してきたのだとしたら?」 |
移動し、住み着いてしまっているのだとしたら。
 |
雫 「……そう」 |
 |
雫 ・・・・・・・・・・・・ 「そいつがハザマの住人かどうかなんて、見た目だけじゃ分からない」 |
自分達のCross+Roseには、今現在もはっきりと「イバラシティ」という文字が表示されている。
自分達の陣営だ。
そしてここはイバラシティ陣営のベースキャンプだ。アンジニティは入って来れない。
自分達は間違いなくイバラシティの陣営なのだと、Cross+Roseが証明してくれている。だが。
これこそが思考実験だ。
今ここに表示されている文字は、本当に「イバラシティ」という文字なのだろうか。
今ここで誰かに表示を読んで貰い、そこで「イバラシティ」という言葉を得ることが出来たとして、
はたして彼等が見た文字は、口から出た音は、自分が耳にした単語は等しく「イバラシティ」なのだろうか。
確かにこのベースキャンプにはアンジニティは入って来れない。だが、
・・・・・・・
ベースキャンプでも遭遇戦は起きるのだ。
当然だが、ハザマの住人には記憶の上書きなんてものは無いだろう。
ナレハテもかつては陣営側の存在だったそうだが、
あの状態を見る限り、上書きなど既に途絶え、元となったオリジナルももはや存在しているかどうか。
だとしたらそれはもう、
 |
雫 「まるっきりあたし等そのものじゃない…」 |
見た目こそ陣営側と大差は無いが、
存在そのものはナレハテやハザマの住人にこそ近い。
固定されたのだ。
どこに?
 |
雫 「ハザマに」 |
いつ?
 |
雫 「…最初に飛ばされ、白南波から話を聞かされた時に?」 |
なぜ?
 |
雫 「…「何故」…?」 |
何処へでも行けるわ 私が生きるその場所
何処でだって生きて行けるわ 私が望むその場所
 |
雫 ・・・ 「 八重子が、それを望んだから…?」 |
人は、
伊予島は、一人では生きて行けないのだ。
常に誰かの庇護を必要とする。
思考を放棄し、労働を知らない伊予島が生きて行くには、
特定の対象と何らかの関係を保ち、そこから物理的な援助を受けなければならない。
それは両親であり、夫であり、時には従者という形を持つ。
雛がそうであるように、伊予島の隣には常に保護者という名の存在があった。
 |
雫 「八重子…あんた…」 |
そうだった。
銃に限らずとも、伊予島にはそういった類の発言や行動が多かった。
どうにかして自分の価値を雫に示そうとする。
そうして何かしらの恩恵を雫から得ようとする。
 |
雫 「……銃を撃たなきゃ、あたしに捨てられるとでも思ったの…?」 |
そういう事なのかもしれない。
銃を撃たなければならなかった。
他に己の価値を証明する術を知らない伊予島には、
ハザマという独立した場所、戦争という状況、戦闘という必要不可欠な形で銃を撃ち、
それを雫に見せることで、保護者を自分の傍に繋ぎとめる必要があった。
だから望んだ。ハザマを。
だから固定された。ハザマに。
ハザマでなら胸を張って生きて行けるとでも思ったか。
自分にも価値があるのだと。
此処でなら、それを他者に認めさせることができるのだと。
実際には、雫は伊予島の銃の腕などさほど注目していなかった訳だが。
 |
雫 「…承認要求のバケモノが…」 |
自分も同類だという自覚があるからこそ思い至ってしまった。
愚かな、と。
 |
(そんなもの、) |
…そんなものがなくても
 |
雫 「……冗談じゃないわ、ハザマ側だなんて」 |
ハザマの住人は"狩り"の対象だ。
狩人ではなく獲物そのもの。
どちらの陣営にも狩られ、搾取されるだけの陣営。
 |
雫 「 」 |
 |
雫 「…いけない、ぼんやりしてた」 |
そんな事より、伊予島の異能だ。
もう少し深く考えてみよう。

[852 / 1000] ―― 《瓦礫の山》溢れる生命
[422 / 1000] ―― 《廃ビル》研がれる牙
[483 / 500] ―― 《森の学舎》より獰猛な戦型
[161 / 500] ―― 《白い岬》より精確な戦型
[354 / 500] ―― 《大通り》より堅固な戦型
[251 / 500] ―― 《商店街》より安定な戦型
[182 / 500] ―― 《鰻屋》より俊敏な戦型
[118 / 500] ―― 《古寺》戦型不利の緩和
[44 / 500] ―― 《堤防》顕著な変化
[111 / 400] ―― 《駅舎》追尾撃破
[5 / 5] ―― 《美術館》異能増幅
―― Cross+Roseに映し出される。
エディアン
プラチナブロンドヘアに紫の瞳。
緑のタートルネックにジーンズ。眼鏡をかけている。
長い髪は適当なところで雑に結んである。
 |
エディアン 「・・・・・・・・・うわぁ。」 |
Cross+Rose越しにどこかの様子を見ているエディアン。
白南海
黒い短髪に切れ長の目、青い瞳。
白スーツに黒Yシャツを襟を立てて着ている。
青色レンズの色付き眼鏡をしている。
ノウレット
ショートの金髪に橙色の瞳の少女。
ボクシンググローブを付け、カンガルー風の仮装をしている。やたらと動き、やたらと騒ぐ。
 |
ノウレット 「こんちゃーっすエディアンさん!お元気っすかー??」 |
 |
白南海 「・・・・・・チッ」 |
元気よくチャットに入り込むノウレットと、少し機嫌の悪そうな白南海。
 |
エディアン 「あ、えっと、どうしました?・・・突然。」 |
 |
白南海 「ん、取り込み中だったか。」 |
 |
エディアン 「いえいえいえいえいえー!!なーんでもないでーす!!!!」 |
見ていた何かをサッと消す。
 |
エディアン 「・・・・・それで、何の用です?」 |
 |
白南海 「ん・・・・・ぁー・・・・・クソ妖精がな・・・」 |
 |
ノウレット 「コイツがワカワカドコドコうるせぇんでワカなんていませんって教えたんすわ!」 |
 |
エディアン 「・・・・・・・・・」 |
 |
エディアン 「・・・何かノウレットちゃん、様子おかしくないです?」 |
 |
白南海 「ちょいちょい話してたら・・・・・・何かこうなった。」 |
 |
エディアン 「え・・・・・口調を覚えたりしちゃうんですかこの子。てゆか、ちょいちょい話してたんですか。」 |
 |
ノウレット 「問い合わせ含め58回ってところっすね!!!!」 |
ノウレットにゲンコツする白南海。
 |
ノウレット 「ひいぅ!!」 |
 |
白南海 「いやそこはいいとしてだ・・・・・若がいねぇーっつーんだよこのクソ妖精がよぉ。」 |
 |
エディアン 「そんなこと、名前で検索すればわかるんじゃ?」 |
 |
白南海 「検索・・・・・そういうのあんのかやっぱ。教えてくれ。」 |
検索方法をエディアンに教わり、若を検索してみる。
 |
白南海 「――やっぱいねぇのかよ!」 |
 |
ノウレット 「ほらー!!言ったとおりじゃねーっすかー!!!!」 |
 |
白南海 「だぁーまぁー・・・れ。」 |
ノウレットにゲンコツ。
 |
ノウレット 「ひいぅぅ!!・・・・・また、なぐられた・・・・・うぅ・・・」 |
 |
エディアン 「システムだからっていじめないでくださいよぉ、かわいそうでしょ!!」 |
ノウレットの頭を優しく撫でるエディアン。
 |
エディアン 「ノウレットちゃんに聞いたんなら、結果はそりゃ一緒でしょうねぇ。 そもそも我々からの連絡を受けた者しかハザマには呼ばれないわけですし。」 |
 |
白南海 「・・・・・ぇ、そうなん・・・?」 |
 |
エディアン 「忘れたんです?貴方よくそれで案内役なんて・・・・・」 |
 |
エディアン 「あー、あと名前で引っ掛からないんなら、若さんアンジニティって可能性も?」 |
 |
エディアン 「そしたらこちらのお仲間ですねぇ!ザンネーン!!」 |
 |
白南海 「・・・・・ふざけたこと言ってんじゃねーぞ。」 |
 |
白南海 「まぁいねぇのは寂しいっすけどイバラシティで楽しくやってるってことっすねー!! それはそれで若が幸せってなもんで私も幸せってなもんで!」 |
こっそりと、Cross+Rose越しに再びどこかの様子を見るエディアン。
 |
エディアン 「さてあいつめ・・・・・どうしたものか。」 |
チャットが閉じられる――