
私には、たくさんの兄弟姉妹がいる。
言葉の通りに、兄と弟と姉と妹がいる。
過去形ではないし、未来形でもない。現在時制だ。
血のつながっている間柄ではない。
けれど寝起きを共にし、本当の兄弟のように育てられた。
俗な言い回しで言ってしまえば、「同じ竈の飯を食った仲間」だ。
Conseil Européen pour les Recherche de la Vie.
《欧州生命科学研究理事会》。
欧州内外の22か国から、7千名を超える研究者が送り込まれた合同研究機関。
異能の調査研究において、間違いなく世界最大にして最高峰の頭脳集団だ。
その存在を知る人は、四つの頭文字をとって《CERV》と呼んでいる。
私が11歳から6年もの月日を過ごすことになった、大きな大きなお家の名前だ。
CERVのラボには、異能保持者の子供が多く集められていた。
ほとんどは先天性の発現者で、物心つく前に発現して連れてこられた子もいる。
誰もが異能を持て余していた。生活能力を著しく損なう事例ばかりだった。
私たちの共通点は、望まぬ贈り物を与えられて生まれてきたこと。
その代償に、何かかけがえのないものを奪われてしまったこと。
望まぬ十字架を背負い、怪物のように怖れられて生きてきたこと。
そして、もしも。
奇跡が起きて、異能を手放せたなら、ごく普通の人間になれるかもしれない。
そんな望みを捨てきれずにいること。
願いはみんな感じ。
………人間になりたい。せめて人間らしく生きてみたい。
いつかその日が訪れることを信じ、望みをかけて待ち焦がれていた。
私たちはそして、支え合うことを知った。時にぶつかり、時に傷を舐めあいながら。
みんな独りじゃ辛いから、身を寄せ合うようにして家族になったんだ。
CERVのラボで暮らす子供たちは、いつも「外」の情報に飢えていた。
外からやってきた子がいれば質問攻めにあったし、真新しい噂は一瞬で広まった。
私のときもそう。
箱入り娘として生きてきた11年と少しの人生の、薄味な社会経験を何度も何度も語り続けた。
私だけは、みんなが知らないことを知っている。
思い出話をするたび誰もが目を輝かせる。無邪気な優越感が私の舌を軽くした。
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透 「………それがどんな結果を招くかなんて、思いもしないままに」 |
どうして先生たちが「外」の話をしないのか、少し考えればわかったはずだ。
私の罪は、憧れを植え付けてしまったこと。
叶うことのない願いを、残酷な希望を与えてしまったこと。
見果てぬ世界に思い焦がれた子供たちを、絶望の淵に突き落としてしまったこと。
誰も私を責めなかった。
感謝してたよ。私の話は楽しかったって。
人間になった後の暮らしを思い描く、ささやかな手がかりになっていたから。
兄弟姉妹のほとんどは、大人になるまで生きられなかった。
幼いココロとカラダには過ぎた力が、宿主の肉体さえも滅ぼしてしまったから。
無垢なる刃が人を傷つけ、時には生命さえも奪ってしまったから。
生命の灯が消えていく瞬間に立ち会ったことも、一度や二度じゃない。
みんな最期のその時まで、人間になることを夢見続けていた。
いつか当たり前の暮らしを送れることを信じつづけて、理不尽な死を迎えた。
生まれてきた意味を知ることさえも叶わないままに。
………ラボの図書館でみつけた本に、こんな一節があったのを思いだす。
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透 「『ただ憧れを知る人だけが、苦悩することを知っている』」 |
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透 「『歓喜は遠く、私はひとり彼方の空を仰ぎ見る』」 |
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透 「『私を愛し、知る人は遥か彼方に』」 |
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透 「『想うたびに目が眩む、この身の内が燃え上がる』」 |
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透 「『ただ憧れを知る人だけが、苦悩することを知っているのだ』」 |
――――――。
そう。
いつの日か《グレイゴースト》の仕組みが解明されて、消去できる可能性もあった。
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透 「けれど、私は待てなかった」 |
研究所の外には、果てしなく広い世界があることを知っていたから。
普通の社会の、普通の人の、普通の暮らしがあることを知っていたから。
いつか透明人間でなくなったとしても、そのとき私はおばあちゃんになっているかもしれない。
研究が実を結ぶことを待つだけの日々に、私は耐えられなくなっていた。
………それに、私だけは特別だった。
パパにお願いさえすれば、望めばいつでも外に出られた。
私を可愛がってくれた年長組。同い年の幼馴染に、私を慕ってくれた年少組の子たち。
より良い明日を信じて、心を砕き続けた先生たちも。
――――みんな見捨てて、ひとり逃げ出すことが許されていたんだ。
研究所には、私よりずっと辛い境遇に置かれた子供たちがいた。
化物の烙印を押されながら、人間になることを望む子供たちがいた。
残酷な夢を見せられて、外の世界に思い焦がれる子供たちがいた。
ごく一人握りの子供だけが延命措置に成功して、大人になれる見込みがあった。
だから私は、みんなを連れていくことにした。
生きたくても生きられなかった子たちの分まで、背負って生きることにした。
外の世界に、どんな理不尽が待っていても構わない。
化物と恐れられたっていい。ぐうの音も出ないくらい、人間らしく振舞ってやる。
私たちが見てきた地獄に比べれば、怖れることなんて何もない。
私には、幸せになる義務があるんだ。
証明してみせる。生まれながらの化物でも、普通の幸せが掴めるのだと。
CERVのラボを後にしたのは、17歳の冬の日のこと。
実家に帰ることになって、幼少期を過ごしたふるさとの街へと舞い戻った。
地元の高校に編入されることも決まった。一年遅れて、一年生からのスタートだった。
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透 「ごめんくださーい!」 |
1年1組の教室には、白波白楽という女の子がいた。

[852 / 1000] ―― 《瓦礫の山》溢れる生命
[422 / 1000] ―― 《廃ビル》研がれる牙
[483 / 500] ―― 《森の学舎》より獰猛な戦型
[161 / 500] ―― 《白い岬》より精確な戦型
[354 / 500] ―― 《大通り》より堅固な戦型
[251 / 500] ―― 《商店街》より安定な戦型
[182 / 500] ―― 《鰻屋》より俊敏な戦型
[118 / 500] ―― 《古寺》戦型不利の緩和
[44 / 500] ―― 《堤防》顕著な変化
[111 / 400] ―― 《駅舎》追尾撃破
[5 / 5] ―― 《美術館》異能増幅
―― Cross+Roseに映し出される。
エディアン
プラチナブロンドヘアに紫の瞳。
緑のタートルネックにジーンズ。眼鏡をかけている。
長い髪は適当なところで雑に結んである。
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エディアン 「・・・・・・・・・うわぁ。」 |
Cross+Rose越しにどこかの様子を見ているエディアン。
白南海
黒い短髪に切れ長の目、青い瞳。
白スーツに黒Yシャツを襟を立てて着ている。
青色レンズの色付き眼鏡をしている。
ノウレット
ショートの金髪に橙色の瞳の少女。
ボクシンググローブを付け、カンガルー風の仮装をしている。やたらと動き、やたらと騒ぐ。
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ノウレット 「こんちゃーっすエディアンさん!お元気っすかー??」 |
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白南海 「・・・・・・チッ」 |
元気よくチャットに入り込むノウレットと、少し機嫌の悪そうな白南海。
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エディアン 「あ、えっと、どうしました?・・・突然。」 |
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白南海 「ん、取り込み中だったか。」 |
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エディアン 「いえいえいえいえいえー!!なーんでもないでーす!!!!」 |
見ていた何かをサッと消す。
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エディアン 「・・・・・それで、何の用です?」 |
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白南海 「ん・・・・・ぁー・・・・・クソ妖精がな・・・」 |
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ノウレット 「コイツがワカワカドコドコうるせぇんでワカなんていませんって教えたんすわ!」 |
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エディアン 「・・・・・・・・・」 |
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エディアン 「・・・何かノウレットちゃん、様子おかしくないです?」 |
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白南海 「ちょいちょい話してたら・・・・・・何かこうなった。」 |
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エディアン 「え・・・・・口調を覚えたりしちゃうんですかこの子。てゆか、ちょいちょい話してたんですか。」 |
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ノウレット 「問い合わせ含め58回ってところっすね!!!!」 |
ノウレットにゲンコツする白南海。
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ノウレット 「ひいぅ!!」 |
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白南海 「いやそこはいいとしてだ・・・・・若がいねぇーっつーんだよこのクソ妖精がよぉ。」 |
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エディアン 「そんなこと、名前で検索すればわかるんじゃ?」 |
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白南海 「検索・・・・・そういうのあんのかやっぱ。教えてくれ。」 |
検索方法をエディアンに教わり、若を検索してみる。
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白南海 「――やっぱいねぇのかよ!」 |
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ノウレット 「ほらー!!言ったとおりじゃねーっすかー!!!!」 |
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白南海 「だぁーまぁー・・・れ。」 |
ノウレットにゲンコツ。
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ノウレット 「ひいぅぅ!!・・・・・また、なぐられた・・・・・うぅ・・・」 |
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エディアン 「システムだからっていじめないでくださいよぉ、かわいそうでしょ!!」 |
ノウレットの頭を優しく撫でるエディアン。
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エディアン 「ノウレットちゃんに聞いたんなら、結果はそりゃ一緒でしょうねぇ。 そもそも我々からの連絡を受けた者しかハザマには呼ばれないわけですし。」 |
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白南海 「・・・・・ぇ、そうなん・・・?」 |
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エディアン 「忘れたんです?貴方よくそれで案内役なんて・・・・・」 |
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エディアン 「あー、あと名前で引っ掛からないんなら、若さんアンジニティって可能性も?」 |
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エディアン 「そしたらこちらのお仲間ですねぇ!ザンネーン!!」 |
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白南海 「・・・・・ふざけたこと言ってんじゃねーぞ。」 |
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白南海 「まぁいねぇのは寂しいっすけどイバラシティで楽しくやってるってことっすねー!! それはそれで若が幸せってなもんで私も幸せってなもんで!」 |
こっそりと、Cross+Rose越しに再びどこかの様子を見るエディアン。
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エディアン 「さてあいつめ・・・・・どうしたものか。」 |
チャットが閉じられる――