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荊街備忘録14
情報の伝達、ってのは、実は文明の肝になる技術のひとつだというのは疑いない。
昔々、もうずいぶん古い歴史を辿ってもその手の話は事欠かない。壁画、文字、それを記した媒体としての碑文、紙や羊皮紙を用いた書簡、印刷技術。
そうやって記録した情報を、今度はどうやって伝えるか。狼煙でも音でも、伝書鳩でも矢文でも駅伝式から発展した郵便システムにしても年代に応じて常時最新、最適化した形で進化し続けている技術で、その延長上に電話があったり電子ネットワークがあったりする。それだけの話なのだが。
「・・・のはわかるんだけどよ」
「便利すぎるのも考えものだよなあ」
なぜか完全に動かなくなった各々の端末を片手に俺とケンジは途方に暮れていた。
ここに来た途端、正体不明の電波障害かなにかか、お互いの端末の機能が停止した。電池切れというわけでもなく、動かない。
その時点で俺は警戒というか、もう帰りたかったんだけど、ケンジは割とあっさりしていたもので、別に問題ないだろ、と言い切った。
なんというか、ある程度年のいったやつの方が、こうした道具に拘らずに平然としてられるってのは確かにある。別になくてもどうともできる自信というか、経験があるせいだろうか。
カミセイ大公園。要するにカミセイ区にある敷地はそれなりに大型ではあるが特に何の変哲も無いごく普通の公園だ。
休日には家族連れなんかが遊びに来たりキャンプめいたこともできたりするらしいんだが、平日の夕暮れ時は人影もまばらだった。
ハザマ世界の謎を追っている最中に合流した『あっち側で行動している仲間』の一人であるケンジに付き合ってここを訪れた俺は、初めて来たはずなのに初めてに感じないというある意味予想どうりの展開に別の意味で頭を抱えていた。
「・・・ってことはここで何かあったってのはわかんだけど、わかりたくねえなあ」
「まあ、オレ様としちゃ最悪の予想は外れたけどな」
「最悪って?」
俺の言葉にケンジは片方の眉をあげる。「あっちの世界のここでオレ達に『なんかあったけど、結局なんとかなった』って事だよ」
「なんとかできてなかったら?」
「こりゃ憶測だが」言葉を切ってから、続ける。「今こうして『ここに来た記憶を持ってる』って事自体できなかったんじゃねえかな」
ケンジの推測はこうだった。自分たちは確かにこの街で定期的に展開される『ハザマ世界』の中に放り込まれている。
それらはイバラシティの住民の中から、そしてそこと違う世界の住民の中からもある程度の人数が選ばれ巻き込まれている。
そこで起こっていることは言わばイバラシティを模してはいるが完全に隔絶した時間の中での出来事であり、それぞれ独立して存在している。
しかし完全に不干渉というわけでもなく、ハザマ世界での出来事、行動によってはイバラシティでの自己やその周囲にも影響を与えるーーー
「じゃなかったら俺もお前も面識もねえハズなのに、こうしてお互いを見知ってて落ち合えてるわきゃあねえ」
「まあそうだけどさ」
「ただ、解せねえのは」ケンジが視線を細める。「もうひとつの世界の住民、ってやつが、こっちの世界にもいるのかって話だ」
そう言って意味深な表情で周囲の公園を見回す。
「単に街中の住民の一部が定期的に別世界に放り込まれてますって話だったら、集団妄想でもなんでもテキトーな解釈をでっちあげられるんだが」
「うーん、それはそれで大問題では」俺の言葉を流し、ケンジは続ける。
「実際なにがしかの別の勢力が潜伏してますよ、って話だったら、それはそれで国防問題だろ、一介の探偵の手には余るんだよ」
「まあなあ」言いかけて、ふと我に帰る。「・・・ってアンタ、そっち系の調査の依頼受けてたのか?」
「ノーコメントだ」どうとでも取れる言い回しで軽く流してから、腕を組む。「まあ実際オレもおめーに実際会って見るまでは半信半疑だったんだが、ハザマで出会った奴がこの街にもいるんだってことは分かった。ただ、ハザマに呼ばれた奴の中にいる『別世界のやつ』も、同時に紛れ込んでるとしたら・・・」
この街の中に、本来この街にはいなかった人物が混ざっている。
それはいったい、どういうことなんだろう?
一つの自治体にとって、人口の増減なんて普通にある話だ、毎日いろんな人がやってきて、また去っていく。同じ日に住み始める人もいれば、同じ日に出ていく人もいる。単に住んでいるってだけじゃない、遠くから働きに通ってたり、あるいは遊びに来たり。ある時から一斉に人間が増えたり、また減ったりすればそれは確実に数字に出るだろうし、流石に目にもつきやすいはずだ。
「ここ数ヶ月、ちょっと物騒というか、ピリピリした雰囲気になって来た、みたいな話はあったけど」
「無関係じゃねえだろう。とにかく、このテのキナ臭い匂いはいただけねえやな」
街がどこか別世界に通じていて、町中の誰が別世界の住民なのかわからない状態。
しかも、俺たちがハザマ世界の記憶を基本忘れていたように、恐らく当人たちにも異世界の住民だった自覚がない可能性すら考えられるのだ。
たとえは悪いが、この世とあの世が繋がってしまっていて、もう死んでる人間もそれに気づかず一緒に暮らしているような。
もしくは異世界、並行世界といったものの接点が発生してしまっていて、お互いがどちらが『元』の世界なのか曖昧になった状態。
そしてハザマ世界での時間は双方に確実に影響を与えていて、その世界での行動如何では問答無用にお互いの属する世界での存在に影響を与えてくるのだ。
俺がハザマ世界での記録を(かなり苦労しながら)なんとか持ち帰ってつなぎ合わせて来れたのも、どうやらハザマ世界で相応にうまく立ち回った故の成果だった。ハザマ世界の俺がずっと何もしなかったなら、こうしてケンジに会うことも、実際行ったこともないような公園の記憶を持っていることすら不可能だったはずだ。
そしてそれは、別世界の存在にとっても同じだとしたら?
「時系列的には、ハザマ世界での時間の方が、現実の時間より早い・・・少し先の『未来の話』って事なのかな」
「どうだかな、前とか後とか関係なく、あっちでの出来事次第では問答無用にこっちに降りかかってもくる、って事かもーーー」
そう言って、俺たちは顔を見合わせた。
ハザマ世界での出来事が、自分たちをここに導いてる。じゃあ、現実のイバラシティで俺たちが出会った事で、ハザマ世界での出来事に何か影響があることは考えられないだろうか?
「・・・なんか、あんま長居しないほうがよくねえか?」
「同感だ、一旦戻るか」
すっかり暗くなった公園を慌てて後にする。俺もケンジも口には出さなかったが、あの公園でわずかに感じた気配、それは明らかにかつて覚えのある、ハザマ世界で感じた時のそれとよく似た何かがそこにこごっていた気がしたのだ。
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[844 / 1000] ―― 《瓦礫の山》溢れる生命
[412 / 1000] ―― 《廃ビル》研がれる牙
[464 / 500] ―― 《森の学舎》より獰猛な戦型
[156 / 500] ―― 《白い岬》より精確な戦型
[340 / 500] ―― 《大通り》より堅固な戦型
[237 / 500] ―― 《商店街》より安定な戦型
[160 / 500] ―― 《鰻屋》より俊敏な戦型
[97 / 500] ―― 《古寺》戦型不利の緩和
[41 / 500] ―― 《堤防》顕著な変化
[17 / 400] ―― 《駅舎》追尾撃破
ぽつ・・・
ぽつ・・・
白南海
黒い短髪に切れ長の目、青い瞳。
白スーツに黒Yシャツを襟を立てて着ている。
青色レンズの色付き眼鏡をしている。
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白南海 「・・・・・ん?」 |
サァ・・・――
雨が降る。
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白南海 「結構降ってきやがったなぁ。・・・・・って、・・・なんだこいつぁ。」 |
よく見ると雨は赤黒く、やや重い。
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白南海 「・・・ッだあぁ!何だこりゃ!!服が汚れちまうだろうがッ!!」 |
急いで雨宿り先を探す白南海。
しかし服は色付かず、雨は物に当たると同時に赤い煙となり消える。
地面にも雨は溜まらず、赤い薄煙がゆらゆらと舞っている。
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白南海 「・・・・・。・・・・・きもちわるッ」 |
チャットが閉じられる――