
『二人組を作ってください』
昔、その言葉がキライだった。
授業でグループを作らないといけない時、必ず問題が起きた。
どこにでも"余りモノ"は居る。
けれど、ヨナと関われば次はその子が仲間外れ。
上手く抜け駆けできなかった子の中には、ヨナと一緒がイヤで泣き出す子も居た。
"難"を逃れた他の子たちは少し離れてそれを見ているだけ。
そのうちヨナは、輪に入るということをやめた。
先生にそうしたいと言ったとき、ダメと言われなかった。
理由も聞かれなかったし、通知表の生活態度に響くこともなかった。
大人にとっては、厄介ごとが減った…というところだったんだろう。
大人も子供もヨナを同じ人として扱ってはくれない。
球技の練習は壁を相手にひとりでやった。
理科の実験だって全部ひとりで。できなかったら、そこでおしまい。
だからぜんぶひとりでできるように頑張った。
調理実習や水泳の授業は、出ずに自習をしていた。
時間が経つにつれ、キライな言葉はどうでもいい言葉になっていった。
ヨナには"輪に入るべきじゃない"という知恵だけが残った。
ヨナは運動会も林間学校も修学旅行も知らない。
プログラムも旅のしおりも、一度だけ目を通してゴミ箱に捨ててきた。
これは当たり前なんだ。姉様たちだってきっとそうだったから。
期待しなければ失望することもない。
希望がなければ絶望することもない。
そういえば捨てていた運動会のプログラムにもダンスの時間があったけ………
誰かと踊ったことだって、もちろん無い。
もしかしたら、最初で最後のチャンスだったのかもしれない…。
はじめに闘乱祭があると聞いた時、正直ヨナは面倒だと思った。
行くつもりだって無かった。
気が変わったのは、ヒナと新が応援団長をすると知ったから。
ウォンとマナブくんが応援に行くと言ってくれたから。
競技にも出たけれど、ケガもしたし翌日から体調も崩して……今思っても本当に散々だった。
慣れないことをするからだって自分の浅はかさを少し恨めしく思ったけれど
行って良かったんじゃないかって今は思ってる。
きっとこんなこと…もう二度と無い。
あの日ふたりが宣誓しているところを遠くから見て
眩しくて力強くて、離れているのに大きく見えて
歓声や拍手がやけに遠くに聞こえて視界が少しぼやけた。
誇らしくて、寂しい。
生きている世界が違うって、そう思った。
ふたりはとても仲がいい。
ヨナも一緒に居ることを許されたのは幸運だったんだろう。
でも…その中には入れない。
ヨナは新のようにはなれないから、借り物のニセモノが精いっぱい。
あの日人の目に映ったのはヨナではなくて早乙女 陽の"オマケ"。顔のない人形。
ヒナの気持ちが同情でも、それを悲しんだり、ましてや傷つく資格なんてヨナには無い。
ヨナはふたりとは違う。
もし男の子だったら、ふたりと同じでいられたのかな。
そんなどうしようもないことを考えて
どうにもならない現実ばかりが伸し掛かった。
ベッドに伏せて静かに泣いていると、気まぐれにトバリはやって来て
ヨナの頬をざりざりと舐めたり腕の中で丸くなって一緒に眠ったりする。
ああ…ここなら大丈夫。家族がいるから…まだ頑張れる。
ヨナにもちゃんと居場所があることを思い出させてくれる。
─── 夏が近い。
プールも開放されて、水泳部も本格的に活動が始まって。
それでもヨナはずっとプールに入らず基礎的なトレーニングしかしていない。
泳ぐのは好きだし、泳ぎたいと思わないわけじゃない。
でも人と一緒に泳ぐ勇気が無かった。
人に嫌われる自分の姿を見られることも、自分とは違う人の姿を見ることも、気が進まない。
それでも分け隔てなく接してくれる人たちばかりだから
少し気は引けるけれど"そのまま"を選んでしまっていた。
みんな仲がいいけれど、ヒナは高国くんと鐵さんのことをとても大事にしている。
ヨナから見ても、ふたりは特別なんだと思った。
だから、その輪の中に入ってはいけない気がしてる。
特別な関係を羨ましく思いはするけれど
邪魔をしないよう少し離れたところから見ているのが、きっと一番いい。
ちょっと寂しく感じるけれど、ヒナの居場所を見るのは好きだった。
ヒナに居場所があることを嬉しいと思った。
そしてやっぱりほっとするんだ。
自分の手の届かないところに居るということに。
"普通"でいる。
そう決めて、学校に行くことにしたはずだった。
なのに、結局ヨナは輪の中に入ったふりをずっと続けている。
羊たちの中で、自分が狼だということがばれてしまわないように。
また柵の外から眺めるだけになってしまわないように。
これでもたくさん変わったの。
ヨナが居なかった方がいい世界から、居ても居なくてもいい世界へ。
世界にとっては、ちっぽけで、退屈で、取るに足らない変化なんだろうけれど。
『男の部屋に泊まりに行くのはやめとけ』
水族館に行った時に、ヒナはそう言ってた。
それは八奈見さんが女の子だから…だったんだよね。
だったら、どうして………?
特別で対等な存在にもなれない。
好きな人は他にいて、その上ヨナは女の子とも思ってもらえていなくて。
それならヨナは………。
やっぱり、人じゃ、ないから………?
ヒナは優しいから、そんなことないって言ってくれるんだろう。
胸が波打つくらい嬉しくなるような言葉を囁いて
悲しくなるほどうんと優しくして
苦しくなるほど甘くて切ない夢を見せ続けてくれるんだろう。
だから聞けない。言えない。
それに縋ってばかりだから、ダメなんだってわかってる。
本物にもなれない、特別にもなれない。
それでも近くに居ることだけは許されているんだから、ヨナにとっては上等な現実。
ヨナに求められているのは、従順であること。
懐いて、愛らしく尻尾を振って、疑わずに愛情を注ぐこと。
ヨナにトバリがそうしてくれるように、居場所であり続けること。
それが一番ヨナが信じず、希望せず、納得のできる答え。
でも、ヨナの知っているヒナはそんな人じゃない…。
これまでのことだって、きっと納得できる理由があるって信じてる。
自分の中で"こうであるべき"という結論と、信じていたい気持ちが衝突してる…
優しくされるたびに嬉しくて、好きでいるだけで満足していたくて
嘘をついているみたいで、ちくちくと痛む胸を掻き毟りたくなる。
この気持ちに行き着く先なんて無い。無駄だってわかってるの。
ひとつはっきりしているのは、ヨナがどう思おうと関係が無いということ。
ヒナは他に好きな人がいる。この事実だけは、どうしたって揺るがない。
ヨナも先生みたいに、幸せを祈って笑っていられたらいいのに………
きっと、ヒナも喜んでくれるよ。なのに…どうしてこんなに悲しくなるの。
好きという気持ちがこみ上げて零れていく。
このまま、純粋にヒナの幸せを願ったこの気持ちも濁っていってしまうの……?
期待しなければ失望することもない。
希望がなければ絶望することもない。
胸につかえてしまうだけなら、そんなものは……いらない。
向日葵が咲いたら、一緒に見に行く約束をしたの。
やりたい事をぜんぶやろう
おいしいものをたくさん食べよう
めいっぱい楽しんでたくさん笑おう
満開のひまわり畑を駆け回って
蝉の声と夏の風に乗せて
言いたい事もぜんぶ言うの
そして
夏が終わったら、この恋も終わりにしよう ───
そう 決めた