
一時間が経った。なのに誰も来ない。ちょっと鬱陶しいときでも間違いなくきっかり一時間おきに来ていた二人が来ないことで、やることもない私はこの少し広い真っ白な部屋で一人考え込まざるを得なかった。
私はどうしてこんなところに閉じ込められているんだろう。いちかちゃんは『逃げたって戻る場所はない』と言っていた。それなら閉じ込めている理由はあるんだろうか。『私が生きていなければ困る』とは言っていたけれど、記憶を無くす前には自殺でもしようとしていたんだろうか。でも、それは最初のほうに『当たらずとも遠からず』と言われている。ということは、きっと自殺ではないんだろう。
考えられるのは、遠回しな自殺と重病。死ぬ気はないけれど生きる気力もない。それか、ここでなければあっという間に進行してしまうような病。放っておけばすぐに死んでしまうであろう状況があって、それはあの二人にとっては不都合だったんだろう。
そもそもレイさんは『私に借りているものがある』と言っていた。対していちかちゃんは『全部貰った』『そういうのは僕が根こそぎ貰った』とも言っていた。根こそぎ、ならレイさんの言っていた借り物もその中に含まれるんじゃないだろうか。
……根こそぎ、とは物なんだろうか。考えにくいけれど、記憶もその中に含まれるんだろうか。二人の登場の仕方もそうだけれど、会話の節々から現実的には考えられないような不思議な能力を持っているような感じがする。
けれど、確か初めの方に、レイさんは『記憶障害は能力のうちにはない』と言っていたような気がする。とすれば、記憶障害を引き起こす以外の特殊な力を持っているんじゃないだろうか。『この部屋は特別製』と言っていたし、この部屋を作り出すのもその能力の一つなのかもしれない。そしてこの部屋に入ったことで記憶をなくしたとは考えにくいから、副効果で記憶がなくなってしまうような能力も持っているのだろう。小説や漫画の物語でよくあるように一人一つそういう能力を持っているのだとすればこれで終わりだけれど、決めつけてかかるのは良くない。複数持っている可能性だってある。
あの二人だけがそういう能力を持っているのか、他の人も持っているのか。私は持っているんだろうか。持っていたとしても、ここから出られるようなものではないんだろう。もし出られるものなら記憶が戻っても構わないと言うはずがない。……いや、出られるものなのかも知れないけれど、それを含めて『根こそぎ』だとしたら、奪い返さなければ出られないのだろう。
もし奪い返せたとして、それが出られないものだったときのことは考えたくない。もしくはそんな能力は私にはなかったとき。そうなったら、どうやって脱出したらいいんだろう。そもそも取り返す手段すらわからないのに、たぬきの皮算用なんてしていいのだろうか。
考えが行き詰まってきたので、ふうと一つ息を吐いた。少しでも脱出の糸口が見えればと思ったけれど、まだなかなか難しい。他にどんな会話をしたんだったっけ。
そういえば宗教の話をしたっけ。私は神道を信仰していて、祟りに何かしらの引っかかりを持っていて。なぜだかとても大事なもののような気がしているから、氏子か神職だったんじゃないだろうかと考える。神棚を丁寧に飾っておく程度の信仰なら、こんなにこだわったり引っかかったりするはずがない。でも巫女と言うには少し歳が行き過ぎている気もするし、宮司や禰宜ほどの偉い職に着いていたのならば引っかかる程度では済まないような気もする。氏子も最近では珍しいから、それはそれで考えにくいのだけれど。どちらでもない、ということはないと思うけれど、どちらかというのも難しい。今決めつける必要もないのだけれど、どちらなのかわかれば記憶を取り戻す一助になるかも知れない。
神職であればお守りの一つでも身につけていそうだけれど、持ち物にそれはなかった。懐中時計、ハンカチ、カードケース。それが私の持っている物。懐中時計とハンカチはともかく、カードケースはなんなのだろう。普通に考えれば名刺かなと思うけれど、それにしては少し形が違う気がする。名刺よりも正方形に近いカードケースには、何が入っていたのだろうか。中身はどうしたのだろうか。すべて何かに使ってしまってなくなったのか、あの二人に没収されたのか。没収されたとしたら、残っていたアイテムよりも脱出に有用だったということになるんじゃないだろうか。どうにかして没収された物を取り戻せないだろうか。物を取り戻すのは、記憶や能力を取り戻すよりは簡単そうに思えるのだけれど。
決めた。次にレイさんかいちかちゃんが来たら、カードケースの中身について尋ねてみよう。いちかちゃんは色々と計画を立てているようで、あまりその計画から逸脱するようなことはしそうにない。一方レイさんはその計画をあまり守っていないようだし、失言も多いようだ。狙うならレイさんがいいかも知れない。
次に二人が来るのは8時だろう。それまでまだ少し時間がある。私は決意を固めると、椅子に腕ごともたれかかった。ほんの少しでも休んでおく。私の体の感じからして、そんなに体力はなさそうだから。

[787 / 1000] ―― 《瓦礫の山》溢れる生命
[347 / 1000] ―― 《廃ビル》研がれる牙
[301 / 500] ―― 《森の学舎》より獰猛な戦型
[75 / 500] ―― 《白い岬》より精確な戦型
―― Cross+Roseに映し出される。
ザザッ――
画面の情報が揺らぎ消えたかと思うと突然チャットが開かれ、
時計台の前にいるドライバーさんが映し出された。
ドライバーさん
次元タクシーの運転手。
イメージされる「タクシー運転手」を合わせて整えたような容姿。初老くらいに見える。
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ドライバーさん 「・・・こんにちは皆さん。ハザマでの暮らしは充実していますか?」 |
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ドライバーさん 「私も今回の試合には大変愉しませていただいております。 こうして様子を見に来るくらいに・・・ですね。ありがとうございます。」 |
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ドライバーさん 「さて、皆さんに今後についてお伝えすることがございまして。 あとで驚かれてもと思い、参りました。」 |
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ドライバーさん 「まず、影響力の低い方々に向けて。 影響力が低い状態が続きますと、皆さんの形状に徐々に変化が現れます。」 |
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ドライバーさん 「ナレハテ――最初に皆さんが戦った相手ですね。 多くは最終的にはあのように、または別の形に変化する者もいるでしょう。」 |
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ドライバーさん 「そして試合に関しまして。 ある条件を満たすことで、決闘を避ける手段が一斉に失われます。避けている皆さんは、ご注意を。」 |
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ドライバーさん 「手短に、用件だけで申し訳ありませんが。皆さんに幸あらんことを――」 |
チャットが閉じられる――