ダァン!…‥‥フシュルルル・・・・
――ドジョウの亡骸をFRAME『梟』が踏みつける。
椥辻弥琴は頭を振りながら、ほぅとため息をついた。
流れ込む記憶の衝撃にも慣れ――やはりどこか他人事ではあったが――やるべきことを更新し、思考を整理したところだった。
しかし今回はいつにも増して他人事のようで、口元に手を当てて考え込んでしまった。
「エーヴァちゃんと……私が…?ほんまかいな……いやいやいや」
ほんまにいうてる????私なに???ききき、
キ、
は????
ふ~~~~ん?椥辻さんってそういうことするんやぁ…?いやええけど???ふ~~~ん???
いかんせん今の自分とイバラシティの自分では異なる面が多すぎるせいか、脳内弥琴に詰られ、しかし頬を緩ませ――
『おい』
ハザマ
現実に引き戻される。視線を戻せば、ちょうどドジョウを丸呑みするところだった。
『……。このまま我が力をつけていけば、貴様の炎では釣り合わなくなるぞ』
「教えてくれるやん」
『我は貴様のことが好きだからな』
「……。そりゃおおきに」
――モテ期来とるんか?……けど…
『貴様が向こうで異能を使えばいい。彼方では我は干渉できぬ故、貴様が操作することになろうな。』
滑稽な眼鏡でもかけて使えばよかろう。
「ふーん…?ええのんそれで?」
『構わぬ』
イバラシティ
視界が揺らぐ。元の世界に戻る――そして次の同期が始まる――
我の全力と貴様の全力が釣り合うのが、最も善い結果を生むからな――
「はい、お疲れ様なんだ。私も多分あっちに行くと思うから、今日付けで解散だね」
黒衣たちにそう告げ手を振った。一人になったのを確認し
端末を操作しつつ、ため息と共に体を伸ばす。
悉嵜焉
京都晴仁会の退魔師。『八咫烏』と呼ばれている。32位。
黒衣でもある。
――……
「――以上が"百鬼夜行"における『殺界』の報告になります」
「御苦労」
神祇賢仁職
京都晴仁会において上位退魔師と同等の地位にある最高決定機関。
会においてのあらゆる方針を決定する。
しわがれた声が飛び交う。あるものは想定を上回る運用結果に声を弾ませ、あるものは思惑が外れたことに悪態をついていた。
『八咫烏』はといえば、その間跪き頭を垂れ――
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悉嵜 「(疲れたから早く帰らせて欲しいんだぁ~~~……)」 |
「『八咫烏』」
「は、はい」
報告書の束を高そうな机に放った老人に呼ばれ、少し慌てて返事を返す。賢仁伯の一人で、名前は確か……。
「"ワールドスワップ"に増援……それと『殺界』の監視に関してだが……」
「引き続き、逐次報告しろ。……特に報告の任については、知られてはならん」
「……といいますと?」
『殺界』の監視を、だろうか。しかし上位の退魔師もおおく派遣されていると聞く。非現実的な要求に思えた。
「『不浄巫女』の周りはきな臭くてかなわんからな。……特に最近は臭う。――情の匂いだ」
うんざりした様子で賢仁伯がそう呟けば、何人かが声を荒げて同意する。
若造ばかりだ。蝙蝠の羽音が煩くて仕方ない。野分に任せればよかったものを――現地陣への雑言が囁かれる中で、椅子に深く身を沈めたままの者もいた。
「…その点、お前は心配いらぬからな」
「くれぐれも、
殺さぬようにな、第32位――『八咫烏』」
深謀遠慮――あるいは狡猾か。老いさらばえど光消えぬその瞳から目をそらす。あぁ。という納得と共に、眩暈にも似た感覚を覚えた。
「……仰せのままに」
・・・・・・・・・・・・・・
深く頭を垂れる。彼らは私のことを理解っている。理解ったうえで、
スパイをしろってことなんだ。
目を通しておけ、と手渡される文書の束を、冷たくなった両手で恭しく受け取った。
「では、失礼します」
下がってよいぞと言われたので、ありがたくそうさせてもらうことにした。
やはりため息と共に、身体を伸ばす。彼らのことを恨んだことはなかったが、それでも晴れやかとは言い難い気持ちになるのは事実だ。
道ですれ違う職員に軽く挨拶を返し………果たしてうまくできていただろうか。
――間違えるな。
頭の中で言い聞かせる。
――想像しろ。自分が殺した骸ではなく、その奥に立つ者の瞳を。
――想像しろ。世界の失望と怒りを。
――想像しろ。銀お爺様に首を跳ねられる未来を。この身を滅ぼす断罪の光条を。
荷造りのために自室に戻る。時計の針はまだそう遅くない時間を指しているが……このご時世にアナログでしたためられた文書へ目を通すには、やや睡眠時間を削る必要がありそうだった。
休む時間がないことに、安堵のため息が零れた。いいんだ。どうせうまく眠れないし。
――安心するな。お前はまだ、間違えていない。
指先が積んでいた資料の束に当たり、音を立てて崩れる。あとには何も残らない。惨状だけ。
片付けようと手を伸ばす自分がなんだか可笑しくて、涙が出そうになる。
「間違えるな、間違えるな……みんなと一緒に、正義のために……っ」
もう一度、想像する。自身を裁く光を、己の正しさを疑わぬ黄金の瞳を。
――その光景はとても恐ろしくて、少しだけ落ち着くものだった。鼻をすすって気を取り直し、よしと両手を握る。……もう少しだけ頑張れそうな気がした。
「あ。……付箋とか。はっとこう……こんなに多いと読む人も大変だろうし」
――――……
春先の夜が明ける頃、駅のプラットフォームにキャリーケースの音が響く。
吸い込む空気はまだ冷たくて、マフラーを持ってくればよかったな、と少しだけ思った。
コーヒーの空き缶をごみ箱に投げ入れ、腕時計をみる。始発を待つまばらな人影をよそにグリーン車両へ向かうのはちょっと気分がいい。
「……っし、じゃ、いきますか」
鈴の音を鳴らし、改札を抜けた。
悉嵜焉
京都晴仁会の退魔師。『八咫烏』と呼ばれている。
特に親しい相手に抱いてしまう、強い殺戮衝動を持つ。
スパイや暗殺もお仕事。