
「吸うかい?」
「いりません、私一応まだ未成年ですし」
男は首を横に振る、不機嫌そうと言うより真面目な返答に呆れる様に──
一本だけ出した煙草を咥え、火をつけると煙が空を舞う。
中性的な顔立ちをした男性、悠里はその煙草の香りに不快そうな顔は決して浮かべなかった、くしゃみは出そうになるが一つ一つ指摘してはキリがないから、特に指摘する理由もなかったから。
「で、彼女の監視につけていた奴等が薙ぎ倒したの君だよね?何の益があってそんな事したんだい?ヒーローごっこか?」
「確かに私ですが、ヒーローごっこではありません。
職に誇りはありましたが今や神職ではない私が不審者を薙ぎ倒した事で咎められる謂れはありません」
今、この瞬間にももたれている木に片手が触れている様子に男性は溜息を吐く。
例の監視対象から聞いた人物像よりも過激的かつ能動的だと。
この場にいるのは男性同士とはいえ、少なくとも悠里と違い男性は良い年の荒事に慣れた人物なのだからそう言う状況になったとてその異能でどうにか出来る保証もないだろうにと。
「君ね、暴力あれば警察は動く。しかも…だ。
君に何かしたわけでもするわけでもない人をそうしたんだ…こちらがそう出たら君がただ不利なだけだよ。彼女に惚れてるのか?」
「それ位知っています、そして私の恋愛感情はとっくにたった1人に捧げています」
「なら尚更解せないな、理由がない」
「アレは一応血縁としても私の姉という事になっているんです、それにもし貴方達が調子に乗って祖母に手でも出そうものならと考えたから行動に移しました。
それ以上に理由が必要ですか?ストーカーがいるからと通報しなかっただけその場で済んだから良かったと私としては思って頂きたいのですが」
「…理由は納得した…が、随分と強気だな。
こちらの研究機関の話は彼女から聞いてるのだろう?やろうと思えばこちらは色んな手を使える」
それは挑発ではなく、悠理を本人なりに心配しての警告。
直接的にいえば、下手をすれば始末されかねないぞという言葉。
「人を殺められる人が、よく私に警察がどうのとか言えますね…」
「人の命の在り方が変わるかもしれない…という話だからな。本来は君みたいなただの子供の耳に入る話じゃないよ」
「…私ね、知らないんですよ」
「…?」
「彼女が介入しただけでは済んでないの、おかしいですよね。
彼女の異能は珍しい物でも決してない…少なくともこの町では…という話だから今に至るとは言え…
そんな異能の研究機関の話なんて私、知らないんですよ」
「大々的に宣伝されてるはずがないからな、知らないのも当然だ」
「そうじゃないですよ、私は貴方達の様な異物を知らないと言ってるんです」
「…」
静かに煙草が地面に捨てられ、踏まれる。煙が未練がましくまだ少し舞いながらも砂に混ざる灰。
ゆるりとした動作で男性のジャケットからは、ある物が取り出されて悠里に向けられる。
拳銃だ──
「…異能の街において銃は珍しくないだろう、彼女も本物の代わりを持たせてる」
「異能がある事と人殺しが軽くなる事は別です。命ですからね、人権とは私や貴方みたいな人間にも適用されます、命に貴賎はありません。
後、認めたのですか…?」
「いや、認めるも何も何が基準かすら分からないからね。
だが…その発想に至るのはどのみち危険だと考えたからこうするしかない」
悠里は極めて温和な人間で、天気の良い日に縁側でお茶を飲むのが好きな様な人間。
それが、彼を取り巻く環境が変わってからはこんな側面ばかりを見せている、自分が変わる様な思いもない。恐れがない。
強いていうなら、自分は思ったよりも頑固な様だと考える程度だろう。
「助けが来るとか思ってないか?君がもし女の子なら俺も助けただろう」
「思っていませんよ、それに…私が女の子であっても変わらないです。
貴方なんかに命を握られるのは耐えられませんから。馬鹿にしないでください」
「俺にも娘がいる、君と歳は近い」
「知ってます、情があるように見せるのならば最初からそれを向けないでください。
撃つなら撃ちなさい、撃てないなら私の前から立ち去りなさい。
貴方の迷いだらけの銃弾では私を殺せても貴方も死ぬだけです」
木を慈しむように撫でていた手が離れる──
「…悠里、死ぬ前に君の苗字位は聞いてやろうか」
微動だにせず、人気の少ない夜の河川敷で悠里は小さく笑みを浮かべる。
月光の下でその薄紫の髪を翻して──
「教えてあげない、実の娘さんに監視なんかつける様な人、私嫌いですから」
銃声が、夜を裂くように響く──